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俺、養ってって言ったよね!?  作者: 黒絵曜
第一章 黄金の町モルディアナ
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トア視点 領主の正体

「んぅ……」


 目が覚めると、そこは知らない部屋でした。とても広く、たとえ同じ部屋に十人いても狭くは感じないでしょう。


 ピンクの壁。

 天蓋つきのベッド。

 夜景が拝めるバルコニー。

 所狭しと置かれたぬいぐるみ。

 本棚にはたくさんの童話が並べられています。


 メルヘンチックに飾り立てられた様式は、まるでおとぎの世界に迷い込んでしまったかのよう。

 つん、と鼻をつくような匂いがします。これはカトリーヌちゃんが振りかけていた香水でしょうか。


 身体を起こそうとして、両手両足が縄で縛られていることに気づきます。しかもそれはただの縄ではなく、魔力を編み込んで作られた頑丈な縄です。

 たしかこの呪文はわたしが得意とする《束縛(リガートゥル)》の更にその上を行く、高等魔法です。

 誰がこんなことをしたんでしょう?


「あら、トアちゃんは寝ぼすけさんなのねー」


 声のした方に顔を向けると、そこにはカトリーヌちゃんが微笑みを浮かべていました。


「カ、カトリーヌちゃん。助けてください!」

「助けてください、ですって?」


 くすくすとカトリーヌちゃんが笑い声を上げます。

 気のせいでしょうか。

 聞き慣れたその声が、別人のような冷たい響きを伴っているように感じました。


「トアちゃんはほんっとにおばかさんなのねー! まさか騙された張本人に助けを求めるだなんてねー!」


 えっ……。


「だ、騙すって? わたしたち、友達……でしょ」

「友達? そんなわけないの。あたしがトアちゃんに近づいたのは、あなたを攫うためだったのー!」


 思いきり頭を殴りつけられたような衝撃。

 友達じゃ、ない? わたしを、さらう?

 カトリーヌちゃんの言っていることが、わかりません。

 理解、出来ません。


「街歩いているときに、トアちゃんに食べ物あげたり、病人を装ったり近づいてくる人がたくさんいたでしょー?」

「は、はい」

「あれ全部あたしの下僕なのー」

「え……?」

「トアちゃんを誘拐出来なければ、全員処刑するって言ったら血眼になってトアちゃんを誘拐しようとしていたのー! 愚民どもがのたうち回る姿は滑稽で笑えたのよー! まあ、どのみちあいつらは失敗したから全員死刑だけどねー!」


カトリーヌちゃんが何かを話しているけれど、右から左に通り抜けていって、よく聞き取れません。


「うふふ、びっくりした? ショックで顔が青くなってるトアちゃんお人形さんみたいで可愛いのー! だから特別に理由を教えてあげるねー」


 カトリーヌちゃんは愛おしいものを見るような目で、呆然と固まるわたしの髪を撫でつけたり、櫛を通していきます。


 やめて。

 お母さん以外の誰にも触らせたことないのに。

 勝手に、髪に触らないで。

 ……そう口にしたいけれど、声が掠れて上手く言葉にできません。


 わたしに構わず、カトリーヌちゃんは話し続けます。


「あたしね、実は吸血鬼なの」


 吸血鬼?

 それってあの、人から血を吸って何千年も生き永らえるっていうあの吸血鬼?

 でも吸血鬼は日光を浴びたら燃え尽きて灰になっちゃうってお母さんが話していましたし、その割にカトリーヌちゃんは太陽の下を平気そうに歩いていましたけれど……。

 まさか――


「あたしを、ただの吸血鬼だとみくびってもらったら困るのよー。なんと、あの伝説の《陽の下を歩くもの(デイウォーカー)》なのよー」


 やっぱり!

 わたしの予感は的中しました。しかも悪い方の。

 《陽の下を歩くもの(デイウォーカー)》とはその名の通り、日照耐性を獲得した吸血鬼。

 その力を手にした個体は両手で数えられる程しかいないと言われているくらい希少な存在で、それに見合うだけの強大な力を手にしているそうです。


「あたしってね、美しいでしょう? これには秘密があるのー」


 そんな危険な吸血鬼が、陽の下で、人間たちに混ざって暮らしているそうです。

 普通の、どこにでもいる人間のふりをして。

 わたしの目の前にいるカトリーヌちゃんが、その仲間だと考えるだけでも背筋がぞっとします。


「ねえ、聞いてる? あたし、美しいよねー?」

「え、あっ。はい!」


 有無を言わせぬ強い口調に、思わず頷いてました。

 カトリーヌちゃんの機嫌を損ねたら今すぐ恐ろしい目にあいそうで。


「うふふ、よかったなのー! 普通は内緒なんだけど、トアちゃんだけに、あたしの美しさを教えてあげるのー!」


 その割には自分から話したくてたまらなそうですが、それはさておき。たしかにカトリーヌちゃんは綺麗で、すべすべしたお肌です。

 早寝早起きしたり、健康に良いものを食べているのでしょうか?

 こんな状況ですが、ちょっとだけ気になったりします。


「美貌を保つのはとても簡単よー。まず若くて処女……トアちゃんみたいな女の子を探して、部下に攫わせるのー。その子の吸ったり、血液を絞ったお風呂に浸かること。これがあたしの美しさの秘訣なの」

「え……」


 そんなことのために?

 何の罪もない人たちを攫って。

 その命を奪い続けているなんて。


「酷過ぎます!」


 わたしは叫んでいました。

 自分を縛りつける恐怖さえも忘れて叫んでいました。


「あなたは人の命を何だと思ってるんですか! 身勝手にも程があります!」

「そんなことないの。これは無駄な犠牲じゃないの。あたしをいつまでも美しい存在とするための糧なのよ。彼女たちはあたしの中で永遠に生き続けるの」

「本当にそう思ってるんですか! みんなこんなこと望んでいないと思います!」

「うふふ、たしかに最初は怖がっていたけれど、今ではきっとみんな感謝していると思うの。だってこのあたしの一部となれたのだからねー」


 駄目だ。……この人、ティーさん以上に話が通じません。

 そういえばティーさん今頃どうしているんでしょう。危ない目にあってなければいいのですが。


「ティーさんはどこにいるんですか?」

「そんな奴どうでもいいの。そんなことよりも、お腹もすいてきたしそろそろトアちゃんの血をもらうの」


 カトリーヌちゃんが近づいてきます。

 もうお互いの息が吹きかかる距離です。


「や、やめっ……」

「大丈夫なの。痛くはしないの」

「いや、そうじゃなくて……わたしの血を吸ったらだめです! わたしの血は普通じゃないんです!」

「身体から力を抜いて、天井の染みを数えていたらすぐに終わるの」


 身体を強張らせるわたしの前で、カトリーヌちゃんは大きく口を開けました。

 開かれた唇の隙間から覗くのは、剣のように鋭く尖った歯。

 逃れようにもわたしの身体はカトリーヌちゃんの魔法で身動きを封じられています。


 あれよあれよという間に、針のようなそれが、わたしの喉元へと吸い込まれるように伸びてきて。

 そして、ちくりとした痛みがやってきて。


 魂切るような絶叫が、響きました。

 叫んでいたのは、カトリーヌちゃんでした。


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