試練を超えて
辺りに散乱するペットボトルの数々。
うーん、このままポイ捨てしてしまっていいんだろうか。
ちょっとポイ捨ての域を超えてる気がしないでもないけれど……。
とその時、右手に鋭い痛みが走った。
「いってー……」
あぁ、ゴブリンに止めを刺した時の傷か。
俺は外套の内ポケットから、ジョイにもらった傷薬を探す。
ペットボトルに回復の能力も付けられないか試してみたんだけど、無属性ではほとんど意味がなく気休めにもならなかった。
そういった回復系は、主に光属性でしか効果を持たないらしい。
残念。
と言う訳で、しまっておいた傷薬を探しているんだけれど……
「あれ? これは……」
そこにいたのは、ここにいるはずのない一匹のスライム。
今日は一人で挑まないといけないからと、アンナ達に預けておいたはずなんだけど……。
咄嗟の時に投げれるようにと準備しておいたデコイボトルの1つに、いつの間にか紛れて入り込んでいたらしい。
自分でキャップ開けられたのかな。
「心配して付いて来てくれたのか?」
俺の問いにブルブルっと震えて答えるスライム。
そんな姿に思わず笑みが零れてしまう。
だけどたしかこの試練、一人でしか挑めないんじゃなかったのかな。
スライムがいるとかなりヌルゲーになってしまう気がするんだけど……。
よし。あとで精霊になんか文句言われたら嫌だから、今回は出来るだけ一人の力で頑張ってみるとするとしよう。
何故スライムが一緒に付いて来れたのかは謎だが、考えていても仕方が無い。
俺はとりあえず考えるのはやめて、先へ進むことに。
「っと、そうだ」
散乱していたペットボトルのことを忘れていた。
……。
「スライム君、ここのペットボトル全部食べてもらってもいいかな?」
俺の問いにブルっと震えてペットボトルを次々消化していくスライム君。
一人の力で頑張るって言ったばっかりだけれど……。
これはただのお掃除だから、ノーカンノーカン。
「そういえば、この世界に来たばっかりの時もおんなじことをしてた気がするなぁ」
異世界に突然やって来てしまった時、アンナと出会ってスキルを知って、調子に乗って怒られて、スライムに今みたいに食べてもらって……。
でも今は、前とは違ってアンナはいない。
俺の力だけで頑張らなくては。
まぁスライム君がいてくれたおかげで、大分心に余裕が持てる様になったのは内緒だ。
スライム君が消化し終わるのを待って、俺は再び奥へと進む。
道中様々なモンスターと出会う、かと思いきや、あれから一匹もモンスターと出会うことなく進んできている。
ジョイは難易度が下がるとは言っていたけれど、ここまで低くていいのだろうか。
まぁ簡単な分には良いんだけれどね。
俺は立ち止まることなくひたすら先を目指して歩く。
しかし歩けども歩けども、長い廊下が終わることは無い。
この空間に入ってから、不思議と体の疲れは感じない。
しかしずっと一人で歩いてきたため、流石にちょっと精神的に疲れてきた。
何となく歩みを止めるのはマズい気がして、疲れた気分を他のことを考えながら紛らわせる。
初めはこの世界に来てからの楽しいことを考えていた。
アンナと出会い、ドクやナーシャ達と出会い、そしてこの世界のいろんな人と出会ってここまで旅してこれた。
本当に楽しい時間だったなぁ。
そんなことを考えつつ、俺は更に足を進める。
それから更に時間が経った。
行けども行けども終わりは見えない。
しかし俺はひたすら足を動かし歩く。
歩いて歩いて歩いて歩いて……
段々と時間の経過も分からなくなって来た頃、俺はこの世界に来る前のつらい出来事を思い出し始めてしまった。
必死に考えることを避け続けてきた、目をそらしていたい自分の過去。
社会に疲れ、人に絶望し、そして自分の殻に閉じこもってしまった5年間。
このまま生きていて意味があるのか、俺なんていない方が良いんじゃないか――と考えては、怖くなって止めることを繰り返してきた。
母ちゃんの泣き顔や妹の疲れた顔が、今でも鮮明に思い浮かんでくる。
あの二人は今頃どうしているんだろうか。
俺がいなくて泣いてくれているだろうか。
それともいなくなって清々したと笑っているだろうか。
……どっちもきついなぁ。
今戻れるなら。と思ったりもするけれど、まだ今の俺では元の木阿弥になってしまう気がする。
今の俺がいるのは、アンナや他の皆が支えてくれているからだ。
俺自身、まだ人前に一人で立つ自信はない。
俺にも、いつか自分の足で立てる日が来るんだろうか。
「自信、ないなぁ……」
とその時、俺のつぶやきが聞こえたんだろうか。
内ポケットに入っていたスライムがブルんと揺れたのを感じた。
「励ましてくれているのか?」
――ブルン。
そんなスライムの姿に、沈んでいた気持ちがふっと軽くなる。
そして思い出す、先ほどの戦闘。
「そうだよな。俺、ちゃんと一人で戦えたんだ」
スキルの力を借りたとはいえ、俺、一人で戦うことが出来たんだ。
そう思うと、少しだけだが自信が湧いくる。
今はまだへっぽこだけれど、こうして少しずつ自信を付けて、いつか俺自身の足で立ち、そして自信をもって人前に立てるようになれば、いつか、俺も――
「そう、なりたい。――強く、なりたいなぁ」
自然と口からでた言葉。
今まで考えもしなかった言葉。
スキルとかそういう強さじゃなくて、自分自身の芯となる強さ。
そういう力が、
――俺は欲しい。
そう強く願った時、薄暗く永遠と続いていた廊下が一気に開け、視界にまばゆい光が飛び込んできた。
突然の光に目がくらむ。
一体何なのだろう。
敵……ではない気がする。
なんだかとても懐かしく、そして心が強く求めているそれ。
この結解に触れた時からずっと感じてきたこの感情。
この感情は……
そう考えていた時、俺の耳に一人の優しい女性の声が響いた。
「よくぞここまで来てくれました。待っていましたよ。
――魔王」