君に聞かせたい
次の日、僕は平井夏という人間の忘れ物の量に衝撃を受けていた。
「消しゴム忘れた!」
「ノート忘れた!」
「……あ、教科書もない。」
毎時間のように新しい発見がある。
そして、そのたびに彼女は決まって、
「貸してー! お願い! 今度こそ最後だから!」
と、両手を合わせて僕に頼み込んでくるのだった。
もちろん、その「最後」が最後だったことは一度もない。
僕の脳内処理装置は、すでに故障寸前だった。
「えへへ、ごめん。」
悪びれる様子もなく笑うものだから、怒る気にもなれない。
教科書まで忘れたと言うので、仕方なく机をくっつけて見せてあげることにした。
すると、彼女は教科書を開くどころか、僕の机に肘をついて顔を近づけてくる。
「ねえねえ、聞いて! 福岡に行ったときね――」
結局始まったのは授業ではなく、彼女の旅の思い出話だった。
「ねえねえ、聞いて福岡にいったときね―」
「モツ鍋初めて食べたんだ!」
「本当にー?良かったじゃん。」
「本当に! 写真もある!」
彼女は目をきらきらさせながら、福岡までの旅路を冒険日記みたいに語り続ける。
身ぶり手ぶりまでついて、まるで昨日のことをもう一度旅しているみたいだった。
今思えばなぜあれほど楽しそうに語ったのだろう。
「へえ。」
「うんうん。」
「それで?」
……気づけば、僕の方が話の続きを待っていた。
ふと顔を上げると、平井との距離が思ったより近いことに気づいた。
机をくっつけているせいで、肩が触れそうなくらい近い。
その瞬間。
僕は、周りの男子が僕たちを観察していることに気がついた。
その目は鋭く、少しでも変化があれば「わかっているな」と言葉を発してきそうである。
そんなこともお構い無しに、彼女の話は続いた。
「ねえ、次わさ 何話す?」




