線香花火に込めた願い。綴side
本編軸とは、直接関係ない番外編になります。
登場人物のことをもっと知っていただけると嬉しいし、楽しんでいただけると、とても幸せです。
茹だるような暑い日が続く、大暑の頃——。小学生組が、待ちに待った夏休みに入ってすぐ。
「明後日から連休取れたから、今年は泊まりに行こうか」
晩御飯を食べた後——。リビングで調がいつもと変わらない口調で、何気なく言った。
「ほんと!?」
その言葉に、燎が目を輝かせる。
「あぁ、貸し切りにできる別荘を少し前に聞いてな」
食後のデザート代わりのうさぎさんりんごを大量に生み出していた調が、持っていた包丁から視線を上げた。
それから調の手によってうさぎさんになったばかりのりんごを、隣にいた悠へそっと渡す。
食べやすいように通常よりも細めに切られていて、調の気配りに抜かりはない。
「ありがと、しらべ」
それを受け取った悠は、にこりと笑う。そんな悠に調も笑みを返す。
「どこにいくの?」
お皿の上へ均等に並べられたりんごへ手を伸ばしながら、和が会話に参加する。
「それは着いてからのお楽しみかな」
調は新たなりんごを手に取りながら柔らかく笑い、また皮を向き始める。
「……ひとが、おおいところ……?」
今まで静かに話を聞いていた弥が少し遠慮がちに、俺の袖を掴んできた。
「完全に貸し切りのところだって言ってたから、俺たち以外はいないよ」
俺は調から事前に少しだけ話を聞いてたけれど、詳細までは教えてもらっていなくて、実際どんなところに調が行こうとしているのかはわかっていない。
だけど調が弥や悠の苦手な所を選ぶとは、考えにくい。
「ぼく、プールいきたい!」
弥と反対側の隣には桜がいて、足をぱたぱたとさせながら次のうさぎさんりんごがくるのを待ってる。
「プールもあるよ」
「ほんとー!」
調の言葉に目を輝かせる桜。
「ぷーる……?」
そんな桜とは対照的に、不思議そうに呟く弥。
「お風呂よりも広いところに水が溜められてあって泳いだり、浮き輪でぷかぷか浮かんだりして遊ぶんだよ」
燎がそう言うと、弥はさらに首を傾げる。
「お水のなかにはいるの……?」
「そうだよ、冷たくて気持ちいいんだ」
和もこちらにきて、ふわりと微笑む。
「みんな一緒だからきっと楽しいよ、弥」
辛い思い出を消すことはできなくても、幸せな思い出をたくさん増やすことはできるはず。
だから出来るだけ多くのことを経験してほしい。
◆
「じゃあ、出発するよ」
燎のそんな声を合図に、車はゆっくりと動き出した。
助手席には和、後部座席には葵、調、悠。そのさらに後ろに、俺と桜、弥、湊。
大きな車を今日のためにレンタルしたけれど、桜や悠も大きくなってきたから、少しだけ窮屈。
だけどそんなイベント感も、楽しくて。それにこれもきっと良い思い出になる。
お菓子を食べたり、待ちきれなくてビーチボールを膨らませたり、道中の車内はとても賑やかだった。
時々休憩も挟みつつ、アジトから車を走らせて二時間弱——。
着いたのは、自然に囲まれた大きな貸別荘。
「つづり! プールある!」
みんなで荷物を降ろしていると桜がプールを見つけ、そばへと駆け寄っていく。
「桜、待って!」
俺も慌てて、その後ろを追う。大丈夫だとは思うが、もし足を踏み外して溺れたりしたら……。
子供の溺水反応というのは、思っているよりも静かだと聞く。
それに水の中は、怖い——。
「つかまえたー!」
何とか追いついて、まだまだ小さな背中を抱きしめる。
「いい子だから、プールはもうちょっとだけ待ってね」
そのまま抱き上げて、二周くらいくるくる回ると、桜はきゃらきゃらと笑う。
「つづり、いっぱいあそべるのたのしみだね!」
「ふふ、そうだね」
桜は満面の笑みを浮かべ、首元にきゅっと抱きついてきた。
「桜は元気そうだけど一応、和に体調チェックしてもらっておこうね」
その一方で悠と弥は一足先に、和のチェックを受けていたから、俺は桜を抱っこしたままそちらへと歩き出す。
「和、桜のこともお願いできるかな? この通り、めっちゃ元気そうだけど」
「ふふ、りょーかい。おいで、桜」
和に桜を任せて、今度は悠と弥を連れて調たちの方へと戻る。
両方の手を小さな手とそれぞれ繋ぐ。きゅっと握られた手を少し揺らすと、二人とも嬉しそうに笑ってくれた。
玄関から室内へと上がり、悠と弥をソファへと座らせる。
「綴、これふたりに飲ませてあげて」
備え付けの冷蔵庫に食料を入れていた調の方へと向かうと、五百ミリリットルのスポーツ飲料と紙コップを三個渡された。
紙コップをテーブルの上に並べ、ほぼ均等になるように注ぐ。
「はい、どーぞ」
最近調が気に入って使っている、猫ちゃんやお星さまの描かれた可愛らしい紙コップを、差し出す。
「きょうのやつ、ねこちゃんだ……」
悠はこの紙コップがとても気に入ってるようで、いつも嬉しそうに見つめている。
いつからか調はお花やしろくまさん、某キャラクターなど様々なデザインのものをどこから買ってくるようになった。
今回みたいなお出かけは勿論、ちょっとした水分補給とかでも使うと嬉しそうに笑ってくれるのが、調はきっと嬉しいんだと思う。
それに俺もそんな悠の様子を見ているから、調の作戦はめちゃくちゃ成功してるなぁ……なんて、毎回微笑ましい。
「……ねぇ、綴さん。ほんとに、ぼくたちだけ?」
飲んでいる様子をそばで見守っていると、弥が呟くように言った。
「うん、俺たちだけだよ」
そう言うと弥は、どこか安心したような笑みを浮かべる。
「桜が戻ってきたら、水着に着替えようね」
弥を安心させるように頬にふれてから、そのまま薄く滲んだおでこの汗を拭ってあげると、にこりと笑ってくれた。
弥は、あまり肌を見せたがらない。
だから気温が暑くなっても半袖を嫌がり、季節に関係なく長袖を着ている。
そしてその理由は、身体に残った夥しいほどの傷あとの存在。
弥を連れて帰ってきた当時、和の治療で綺麗に治せたものも多くあるが、月日を重ねすぎて上手くいかなかったものも同じくらい残っている。
弥本人はその傷のことをかなり気にしているようで、日々色々な治療や処置を行ってくれている和以外は傷を殆ど見たことはない。
「綴さん、ぼく……ながそでのがいい」
その日の洋服を決める時も、新しく買う時も、弥は決まってそう言った。
だから弥が夏でも着られる長袖の服を実店舗やネット通販などで色々と探してみたりするのが俺の習慣になりつつあって、弥のクローゼットは最近かなり充実してきている。
それから戻ってきた桜と悠を湊に任せて、俺は弥を別の部屋へと連れて行く。
「弥、長袖長ズボンの水着を用意してみたんだけど、これなら大丈夫そ?」
「……ぼくだけ、変じゃない?」
「変じゃないよ、みんな日焼けを防ぐために上は長袖だし、下は水に入ってると見えないからだいじょーぶ」
にこりと笑うと、同じように弥も微笑んでくれる。
「ここなら誰も来ないから、ゆっくりと着替えられるからね」
「ありがと、綴さん」
「俺、後ろ向いてるから何かあったら呼んでね」
そう言って俺は、弥に背を向けた。そのまま、ぽすん——と、ソファへ横になると少しだけ瞼が重く感じる。
「……綴さん」
それからしばらくして、控えめな声が聞こえた。
その声にうつらうつらとしていた意識が、はっきりと戻ってくる。
「……ん、弥……できた?」
「できたよ」
「ごめんね、一瞬寝ちゃってた……みんなのとこ行こうね」
そう言って手を繋いで、プールへと向かう。外へと繋がるガラスの扉を開けると、桜のはしゃぐ声が聞こえてきた。
すでに桜は湊や燎と一緒に遊んでいるし、葵もプールサイドに備え付けられたビーチソファの上でいつも通り読書を楽しんでいる。
和と悠は浮き輪に乗ってぷかぷかと浮かんでいて、調がそばでそんな二人の様子を見守っていた。
「弥、おいで」
不意に湊がこちらへ気付き、弥を呼ぶ。
「いっておいで、弥。何かあったら誰にでもいいからちゃんと教えてね? 約束」
「うん、約束……」
小指を差し出すとふわりと微笑んだ弥は、恐る恐るプールに近付いて、足を入れた。
「大丈夫そう?」
湊の確認に弥は小さく頷く。それから湊は弥の脇の下に手を入れて持ち上げ、その体を浮き輪へ乗せる。
初めは緊張で強張っていた表情も、ぷかぷかとした感覚が気持ち良いのか、次第に弥の顔は笑顔に変わっていった。
そんな弥の様子に、安心する。
「あ、つづり!」
不意に俺を見つけた桜がプールから上がって、一目散に走ってくる。
「つづりもプールはいる?」
しゃがみ込んで視線を合わせた先には、期待を乗せてきらきらと輝く、桜の瞳。
「うーん……ごめんね、桜……俺は今年も入らないんだぁ……」
冷たい水の中は昔を思い出してしまうから、どうしても抵抗感が拭えなくて。
湯船とかは平気ではあるけど、正直……あまり好きにはなれない。
「……そっかぁ……」
何とは言わないけれど、唇をむうっと突き出して残念そうにする桜の様子に、一緒に遊んであげられないことへの罪悪感が湧き上がってくる。
——うーん、どうしたものか……。
「桜」
そんな時、背後から静かな声が桜を呼んだ。
「こっちおいで」
声の主は、調。
桜は少し不思議そうな顔をしつつも、小さな足で素直に向かう。
調はそんな桜の視線に合わせるようにして、身を屈めた。
「耳、貸して」
調のそんな言葉に桜の目が一瞬、丸くなる。
「ないしょのおはなし?」
「そう、内緒話」
こそこそと調は桜の耳元で何かを話していて、そしてそれを聞いた桜の顔も、みるみる真剣になっていく。
「ほんと?」
「あぁ、本当だよ」
調の言葉を聞いた瞬間、桜は満面の笑みを浮かべた。
俺の方へと戻ってくるかと思いきや、そのまま和たちがいる方へと全力で走っていった。
少し呆然としながら、その背中を見送ると調が優しく笑う。
「ふはっ、素直な子だな。本当、誰に似たのか……」
「え、何言ったの?」
「星空模様の浮き輪を和が買ってくれてるらしいって伝えただけ」
調は何でもないことのように、言ってのけた。
「う、浮き輪……?」
「そう、浮き輪」
想像していなかった返答に、俺は瞳を瞬くしかできなくて。
だけどすごく安心してしまったのも事実。
「ふふ、そっかぁ……ありがと、調」
「別に礼を言われるようなことはしてないよ」
そんな風に調は言うけれど、きっと水が苦手な俺のことを色々と考えてくれていたのだろう。
少し離れたところでは、和が桜にパッケージを見せているのが見えた。
「和にも、お礼言っとかないとなぁ……」
「そうしてやれ、和の提案だからな」
「はぁーい」
「今日は桜や弥のことは周りに任せて、お前はゆっくりしてろ」
調にとん——と背中を軽く叩かれる。
「辛くなったら、いつでも言え」
「……うん、ありがと、調」
俺は本当に、仲間に恵まれたと思う。あの冷たい牢獄にいた頃からは、考えられないほどの幸せ。
だけどこれでも少しは水に対しての抵抗感は、減った方だと思う。
それこそ桜がもっと小さかった時なんて、プールに近付けもしなかった。
小さい子用のビニールプールの水すら、怖くて。
今はプールサイドにまでなら来られるようになったけれど、まだ足を入れたりとかは無理。
だけど、見守るくらいならできる。
過去に一度だけ桜のためにと無理をしようとして過呼吸を起こした時は、調に凄く怒られた。
「無理をして、綴に何かあったらどうするんだ」
普段、俺に対して本気で怒ったりしない調は少し怖かったけれど、それは理不尽なものじゃなくて俺の事を考えてくれているのがわかるもの。
それからは、たくさん話をした。俺のせいで桜の経験を奪うことだけは、絶対にしたくなかったから。
今までずっと燎や調に夏のプールは任せていて、今年だって事前に調は「無理をするな」とだけひと言。
そんな不器用な優しさが、調らしくて。
だから今回もその言葉に甘えて、自分の分の水着は用意していない。
「つづりー!」
呼ばれて顔を上げると、桜が膨らませてもらった星空模様の浮き輪を持って手を振っていた。
そんな桜に俺もひらひらと手を振り替えし、笑顔を浮かべる。
きらきらと夏の日差しを受けて輝く水面は、綺麗なのかもしれない。
だけどそれが水だと考えるだけで、俺の心臓は嫌な音を立て始めてしまう。
でもなぜかみんなの楽しそうな笑顔を見ていたら、少しだけ頑張ってみようかなと思えた。
プールの縁に腰を下ろし、そっと爪先を入れる。
——冷たい。
それだけで体が固まってしまう……だけど……。
「つづり!」
ばちゃばちゃと水しぶきを上げながらこちらへ向かってくる桜の表情が、とても嬉しそうで。
思わず手を伸ばすと、俺の膝の辺りに抱きついてくる。
それが本当に、かわいくて。さっきまでの怖かった気持ちが少しずつ和らぐ。
「桜、プール楽しい?」
「たのしい!」
いつもみたいに足の間に侵入してくる桜は、手をあげて抱っこをねだってくる。
世間一般的には、もう抱っこをする年齢ではないのかもしれないけど、桜がしてほしいと思う間は出来るだけ応えてあげたい。
脇の下に手を入れて濡れることも構わず膝に乗せると、首元にきゅっと抱きついてくる。
「つづり、がんばったね」
小さく呟かれたそんな言葉に、俺は目を瞬く。
「……ありがと、桜」
少し言葉に詰まってしまう。この子は何も知らないはず。
なのに、俺が勇気を出したことには気づいている。
「おみず、えらいね」
俺がいつも桜にするみたいに、小さな手が頭を撫でてくる。
まだまだ小さいと思っていたのに、いつの間にこんなに大きくなったのだろう。
成長が純粋に嬉しい。
だけどその小さな背中が大きくなっていくのが、こんなにも寂しいなんて。
「桜は、良い子だねぇー!」
そんな寂しさを振り払うようにして、ぎゅーっと抱きしめる。
耳元で楽しそうに笑う声を聞いていたら、水に対する怖さなんていつの間にか消えていた。
◆
影が長く伸び、空が赤やオレンジに染まり始める頃——。
貸別荘のリビングには、七つの寝息。
遊び疲れたのか、厚めのラグが敷かれた広いスペースに点々と転がる年下の子たちは、つい二時間ほど前までプールで遊んでいた。
穏やかな寝顔に、心が緩む。
「ほんと、よく眠ってるねぇ……」
少し離れたテーブルに座り、調が淹れてくれたほうじ茶をひとくち飲むと、自然とほぉーっと息が漏れた。
「今日はかなり、はしゃいだからな」
「だねぇ……」
そんな穏やかな会話を交わす、のんびりとしたひと時。
ことん——。と小さな音が聞こえ、目の前に二口くらいで食べてしまえそうなサイズのどら焼きが置かれる。
「どら焼きは俺と綴の分しかないから、他の子たちには秘密な」
「ふふ、はーい」
一口齧ると蜂蜜のふんわりとした甘さと、あんこの優しい甘さが広がる。
——温かいほうじ茶と、どら焼きは相性抜群だなぁ……。
そんなことを考えつつ、調と二人で密々と話をしていたとき。
「……しらべ?」
不意に、小さな声が聞こえた。
「悠?」
調の優しい声が響く。
「目が覚めちゃった?」
「……うん」
悠は俺たちから一番近くのソファでお昼寝してたから、声で起こしちゃったのかもしれない。
「おいで?」
調は静かに悠の方へ歩み寄って小さな体を抱き上げ、そのまま自分が座っていた隣に座らせる。
「悠、ほうじ茶でもいい?」
「うん、ありがと」
頭を優しく一撫でした後、調はそばに置いてあった紙コップを取って、そこへ少し冷めたほうじ茶を注ぐ。
「どら焼きも食べる?」
「……いいの?」
悠は目を輝かせる。
「いいよ、だけどこれしかないからみんなには内緒ね」
「うん!」
嬉しそうにどら焼きを手にした悠は、それを半分に割った。
「はんぶんこしよ、しらべ」
悠はそれを、そっと調の方へ差し出す。
「ふふ、ありがとう。悠は優しいね」
そんな悠に調は微笑む。
俺はテーブルに頬杖をつきながら、二人の可愛らしいやり取りを見ていた。
◆
完全に日が落ちて、辺りが暗くなる頃。みんな徐々にお昼寝から起きてきて、晩ごはんの準備が始まる。
今夜は、バーベキューの予定。
アウトドア全般が大好きな燎を筆頭に、調と湊が食材の用意をしてくれて、俺はそのバーベキュー発案者の燎と一緒に火起こしを任されている。
野菜を洗っている悠と、火起こしを手伝ってくれる桜。
「……っ! つづり、火がぱちっていったぁ……」
と言っても、桜は俺の後ろに張り付いて見守ってくれている感じだけど。
——まぁ、かわいいからいいかな。
弥は葵と一緒にお皿を並べたりしてくれている。
誰よりも体力回復に睡眠が重要な和は、まだお昼寝中。
みんなそれをわかっているから、和のことを無理やり起こしたりせず出来るだけ自然に目が覚めるのを待つ。
完全に準備が整っても和は、起きてこなくて。
「俺、起こしてくるから遅かったら先に食べてて」
そう言い残し、和を起こすためにリビングへと向かう。
足を踏み入れたソファには、タオルケットに包まって気持ちよさそうに眠る和の姿。
寝てる子を起こす時は、いつも少しだけ心が痛む。
「和、起きられそう?」
そっと体を揺すると、瞼が少し震えてゆっくりと開いた。
「……ぅん……お、き……る」
桜もわりと寝起きは愚図ることが多いけれど、和も似たような感じ。
「ふふ……ゆっくりでいいよぉ」
軽く唸りながら何度か寝返りを繰り返して、むくりと起き上がった和の目はまだ開いてなくて。
「おきたぁ……」
まだ瞳には眠気の残る和の手を引いて、お庭に設置されたバーベキュー会場まで連れて行く。
「みんな、和も来たよー!」
どうやらみんな俺と和が戻ってくるのを待っていてくれたらしく、そんな俺の合図と共に今夜のパーティーが始まる。
調がいるコンロの方にみんな集まっているが、俺はそんな中で少し離れた縁側でみんなのことをみていた。
昼間は避暑地とは言え暑かったけれど、夜になって日が落ちると風は涼しい。
ぱちぱちという炭の焼ける音と、僅かに香ばしさを感じる匂いが夏を感じさせる。
「しらべ……とうもろこし、まだやけない?」
「もうちょっとだから、待って」
火が怖いのか、調の後ろから覗く桜の姿につい口角があがってしまう。
そんな様子をぼんやりと見ていると、悠の姿が視界に映る。
「つづり、これたべて」
その手には、綺麗に取り分けてくれたプレート。
ピーマンやしいたけといった野菜系から、海老やイカといった海鮮系などラインナップは様々。
彩りも鮮やかで、目にも楽しい。
「ありがとぉ、悠」
「どういたしまして」
悠はそっと俺の隣へ座ってきた。
「悠は今日楽しかった?」
ふーふーと箸で持ったお肉を冷ます姿が可愛くて、微笑ましく見守りながらそんな事を聞いてみる。
「うん! プールすごいたのしかったよ」
満面の笑みで、教えてくれた。
こうして悠が素の表情を安心して俺たちに見せてくれるようになったのが、何よりも嬉しい。
少しずつ自分がやりたいこととか、感じた気持ちを教えてくれるようになって、悠自身がここにいることを当たり前だと思ってくれるようになった。
それはきっと普通のことなのかもしれないけれど、少なくとも俺が知ってる世界では当たり前じゃなかったもの。
「おにくおいしいね、つづり」
「ふふ、そうだね」
二人して、微笑み合う。
少し離れた所では、桜と燎がはしゃいでる。湊は弥のためにお肉を取ってあげたり、葵と和が楽しそうに話していたり。
そんなみんなの様子を調が、静かに見守っている。
ここにはたくさんの笑顔と幸せが、溢れていた——。
◆
辺りは完全に暗くなり、星が夜空を彩り始める頃——。
「みんなー! 花火するよー!」
バーベキューの片付けもそこそこに、燎の声が響く。
「はなび!」
嬉しそうに声を上げる桜。
「わぁ、はなびだ」
眼鏡のレンズ越しの瞳が、きらきらと輝いている悠。
「……はなび?」
初めて見るものだからか、不思議そうにしている弥。
三者三様の反応に周りは和み、柔らかな空気に包まれる。
「花火の時の約束事項ね。まず、蝋燭に花火の先を近づけたら火が付くから、絶対に人に向けないこと。それから花火が終わったら、すぐにそこのバケツにいれること」
燎がそう言いながら、蠟燭に火を付けてくれた。
「つづり、いっしょに火つけて」
一番乗りで花火を手にした桜が、俺の手を取ってぐいぐいと引っ張ってくる。
「ぼくといっしょに、はなびもって」
本人は一緒にと言うが、桜の手から完全に離れた花火は俺の手の中にあった。
桜はなぜか毎年、思っているより勢いよく光を発し始める花火に最初だけ同じようにびっくりする。
だからいつも一本目は膝をついた俺に抱えられるようにして、殆ど自分では花火を持たずに見ている。
今回も花火を持ってる俺の手に、小さな手を添えているだけ。
桜が可愛くて仕方ない俺は、そんな姿を実は密かに楽しみにしている。
そして、火をつけた瞬間。
「……わっ!」
ぴゃっ、と猫のように驚き、俺の胸へと顔をうめてくる。
「だいじょうぶだよ、桜。俺が持ってるところは熱くないよ」
花火を持ってる手とは反対側の手で、桜の背中を優しく擦る。
ちらっと花火の方を見て、恐る恐る俺の手から花火を受け取ると、表情には笑顔が戻った。
怖がってたのなんて一瞬で、すぐに次の花火を取りに行って、今度はひとりで火をつけてはしゃぎ始める。
「桜、転ばないようにねぇ」
そんな俺の声は、届いているのかどうか……。
今はもう和や燎のところで、楽しそうに遊んでる。
「……ねぇ、綴さん……ぼくもはなびやってみたい」
そう、弥が小さく声をかけてきた。
「いいよぉ、一緒にやろ」
自分の分と弥の分として二本、花火を持ってくる。
同時に火に先をかざすと、ばちばちと音が鳴って勢いよく赤色の光が散らばった。
「音、けっこうおおきいね……」
その音と勢いに少しだけ体を引いた弥も、しばらくすると慣れてきたようで色の変わる花火を見つめていた。
「……きれい……なんで色がかわるの?」
そんな素朴な疑問に、ふと桜がもっと小さかった頃を思い出す。
今と同じように花火をしたとき、桜にも同じことを聞かれたけれど当時の俺は答えられなかった。
だからその後に調べて桜に聞かれても答えられるようにって思ってたけれど、その機会は中々訪れなくて。
時が進んで悠がリヒトに加入した次の年に、花火をした時。
「花火の色が変わるのは炎色反応っていって、色々な種類の金属の粉が熱されることによって色の違いがでるんだよ」
和が凄くわかりやすく、悠に教えてあげてた。それが本当に少しだけ……くやしくて。だけどそれ以上に和は本当に凄いなって思った。
「細いこの中には金属の粉が詰まってて、それが熱されることによって色が変わるんだって」
頑張って覚えた知識をこうして弥に伝えられたことで、当時の自分が少しだけ報われたみたいな気持ちになる。
——ただの自己満足なんだけど……。
「……花火ってすごく、おもしろいんだね」
だけど弥はそれを目を輝かせて聞いてくれた。
——俺も初めて知ったときは、凄く好奇心をくすぐられた記憶がある。
今の弥はあの時の俺と同じように、知らないことを知れるのが嬉しいみたいで。
そんな表情を見れたことについ、頬が緩む。
赤や白、緑、ピンクに紫——。
火をつけるたびに光が輝いて、みんなの笑顔を照らす。
昔は青色の花火を作るのが、難しかったらしい。だけど色々な工夫を施したことによって、鮮やかな青色が楽しめるようになって、最近では手持ち花火でも珍しくなくなったという。
「みて、つづり! きれいなあおいろだよ!」
桜の持つ美しい火の花が、夜空に咲き乱れていた。
燎と湊がたくさん買い込んでいた花火はあっという間になくなって、あとは線香花火だけ。
最後にひとり一本ずつ、線香花火に火を灯す。
ぱちぱちと細かな火花が散っていく。蕾、松葉、柳、散り菊——。
そんな四つの変化があるのを知ったのは、最近。テレビでお天気のお兄さんが、解説してたのを偶々見ていたから。
火玉が自然に落ちるまでに願い事を心の中で唱えると、その願いが叶うというジンクスの存在も知った。
だから俺は、この大切な人たちと過ごせる幸せな時間が、長く続きますように——。
なんて、密かな願いを込めたんだ。
◆
お風呂から上がり、桜の髪を優しく拭いてあげてから、パジャマに着替えさせる。
少し前まで騒がしかったけれど、流石に疲れたみたい。
「つづり、かみのけ……かわかして」
最近は自分で出来るようになってたドライヤーを持ってきた桜のお願いを、俺は二つ返事で引き受けた。
柔らかい髪を撫でつけるみたいにして、丁寧に乾かす。
「つづり、だっこして……」
どうやら今日は、とことん甘えたい気分らしい。
手を伸ばしてきたその体を抱き上げてリビングへ戻ると、先程まで辺りを包んでいた楽しげな空気はすっかり静かになっていた。
調はキッチンに立っていて、その隣で悠がいつもみたいに調の袖を掴んで手元を覗き込んでいる。
湊と燎はテレビを見ているし、葵も相変わらず読書に夢中。
和と弥に至っては、揃ってソファで船を漕いでいた。
「綴、すいか切ったけど食べるか?」
「うん、ちょっとだけもらおうかな……桜は、すいか食べる?」
「たべる」
俺の腕の中で眠そうにしていた桜が目を擦りながらも、嬉しそうに顔を上げた。
目が覚めたみたいなので、ダイニングテーブルの方の椅子へそっと桜を下ろして座らせる。
それからすぐ、悠がそぉーっと運んできた大皿には、角切りにされたすいかが積まれていた。
瑞々しく爽やかな香りに、みんなが集まってくる。
「綴は、これ」
そう言って何気なく渡された紙コップには、ジュースにされたすいか。
「ぇ、ありがと……」
そのまま和と弥、葵にも同じものを渡した調は、悠の隣りへ座って、燎たちの会話に混じっていた。
——ほんと、調には勝てないなぁ。
調は俺や和たちがもうあまり食べられないことに気付いたうえで、飲みやすいジュースを用意してくれた。
そんな静かな優しさが、やっぱり調らしくて。
すいかの自然な甘みが淡く広がって、とろっとした舌触りの果肉が喉を通っていく。
「……おいしい」
リビングには、みんなの楽しそうな声が響いていた——。
◆
時計の時針が、もうすぐ十を指す頃。
和と葵はすでに部屋へと戻っていて、燎と湊は今から一緒にホラーの番組を見るらしい。
それが始まるまでに小さい子たちを寝かせないと、眠れなくなってしまうかもしれない。
こういうときくらい夜更かしをしてもいいとは思うけれど、今日はいっぱい遊んだから、たぶん桜はもうすぐ電池が切れちゃう。
「二人とも、あんまり夜更かししすぎるなよ」
そんな調の声に返事をした、本日同室の二人。
——きっと明日の朝、眠そうな様子を見せるんだろうな。
なんて思いながら、調と一緒に小さい子たちを連れて、リビングを後にする。
今回の部屋割りは俺を含めた調、桜、悠、弥の五人部屋が一部屋。
和と葵、燎と湊の組み合わせの二人部屋が、二部屋という組み合わせ。
五人部屋の方は始めから決まってたけれど、二人部屋の方は公正にじゃんけんで決めたらしい。
その決め方ができるようになったのは、少しずつ信頼を築けている証拠だと思うから、とても良いことだと俺は思う。
左手に桜。右手に弥。
その状態で踏み入れた先には、畳の小上がりのようなローベッド。部屋自体がかなり広くて、びっくりするくらいお洒落な空間。
特別、馴染みがあるわけでもないのに、い草の匂いを嗅ぐと妙に落ち着くのが少し不思議だった。
「……ぼく、まんなか……」
殆ど眠ってしまっているような状態の桜を布団へ寝かせて、俺もその隣に入る。
「弥もおいで」
どこで眠ろうかと、きょろきょろしていた弥も隣へ呼び寄せた。
桜のひとつ向こうには調、その奥に悠といった感じで場所は決まる。
「つづり……ぼく、ね……」
「……ふふ。また明日、ゆっくり聞かせてね」
目は完全に閉じているのに、話続けようとする桜のお腹の辺りを優しく叩いてあげると、すぐに寝息へと変わった。
視界に映る調の様子を見るに、どうやら悠も眠ったみたい。
「弥は眠れそう?」
体を反転させて、今度は弥のお腹の辺りを優しく叩く。
「……う、ん」
しばらく繰り返していると、弥の瞬きが徐々にゆっくりになっていく。
——いつもとは違う環境だから少し心配してたけれど、大丈夫そう。
少しして、弥も穏やかな寝息に変わる。二人の小さな寝息に囲まれていると、俺も瞼が重くなってくる。
プールやバーベキュー、花火にすいか。
今日だけで、たくさんの大切な思い出が増えた。
——また来年もこうしてみんなで来れたらいいなぁ。
段々と意識が蕩けて、微睡んでいく。
「おやすみ、綴」
優しい調の声が聞こえるのと同時に、照明が落とされる。
夏の夜は静かに更け、俺も心地よい眠りに落ちていった。
「……おやすみ……しらべ」
俺の声はちゃんと、調に届いたのかな——。
かわいいシーンを書くのが楽しくて、本編が中々進まずで…続きを楽しみにしていただいている方には申し訳ないです…。
ですが物語は必ず完結させますので、引き続き応援いただけると嬉しいです!




