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「ルードさん…?」


声をかけると、腕の力が強くなった。

力強い抱擁に心臓がばくばくする。なんだかいい匂いもするしで、だんだんくらくらとしてきた。


どのくらいそうしていたのだろうか。

しばらくして、すまないと言いながら解放してくれた。

それでも手は肩に置いて、距離は近いままなのだけれども。


「ニナがあまりにも可愛くて、我慢がきかなかった。…痛くなかったか?」

「可愛………いえ、痛くはなかったです」

「よかった」


至近距離で向けられた笑顔に息をのむ。


「ニナ」

「はい」

「俺に撫でられるのは好きか?」

「え…」


ルードさんに撫でられる…。

先ほど感じた感覚を思い出す。


「ルードさんの手は大きくてあたたかくて、触れられると安心します。…撫でられると、ずっとそうしてほしいようなやめてほしいような、でも離れるのは嫌で……」

「ああ」

「うまく言えませんが、たぶん…好き…なんだと思います」

「そうか。……では、俺のことは?」

「っ…」

「好きか?」

「わ、わからないです」

「…確かめても?」

「確かめる…?」


ルードさんの顔が近づいたと思ったら、頬に何か柔らかいものを感じた。

それがルードさんの唇で、キスされたのだとわかるのに時間はかからなかった。

顔が離れ、覗き込むように見つめられる。


「ルードさん…」

「…嫌だったか?」


間近で見るルードさんの色気にあてられて身体が沸騰するほど熱い。

それでもルードさんの問いに答えようと、必死に頭を回転させる。


私は嫌だった?

……嫌じゃなかった。

どうして?

……相手がルードさんだったから。



好きだから。



頭を撫でられるのも、頬にキスされるのも。

全部嫌じゃなかったのは、ルードさんが好きだから。

そう自覚してしまえば、今のこの状況がとても幸せなことと感じる。


「ルードさん」

「ああ」

「私、ルードさんが大好きです」


自分でも驚くほどするりと言葉が出た。

ルードさんは少し驚いてから、安心したような、納得したような笑顔を見せて。もう一度私を抱きしめた。


「よかった…」

「不安にさせてしまいましたか?」

「ああ。頭を撫でるのはそうでなかったとしても、これで嫌われたらどうしようかと思った」

「じゃあどうしてキスしたんですか」


くすくす笑いながら温もりを堪能していると、そっと腕が外される。

少し頬を染めたルードさんが私を見下ろす。


「もしニナが俺を何とも思ってないのなら、俺のことを意識してもらえるだろうかと期待した。…というのは建前で、ニナに触れたかった」


そっと髪が耳にかけられた。

そのまま頬に手を添え、指で唇をなぞられる。

まるで柔らかさを確かめるようにふにっと押され。


「……止まらなくなりそうだから、ここはまたの機会で」


そう言ってまた頬に唇を寄せられる。

私は抵抗せずにキスを受け入れた。


それはとても素敵で、多幸感にあふれる時間だった。




◇◇◇◇◇




その後。


新作の劇はフォスター先生のファンの間で話題になり、大成功を収めた。

中には何度も足を運んでくれた方もいて、お見送りの時には熱烈な挨拶をしてくれた。

アンケートも好評で、デュオスが好きになったという声や、フォスター先生の本をまたデュオスで舞台化してほしいとの声も多かったと団長から聞いた。


公演中に発売された本の売り上げも、通常の初動と比べたらかなり上がっていたらしい。

デュオスとのモデルケースがうまくいったので、今後セイカ出版では他の劇団とも同様の契約を結ぶために動いていくらしい。

バートンさんも「腕がなりますよー!」と気合を入れていたとルードさんから聞いた。

後から聞いた話だけれど、バートンさんはセイカ出版の創業者一族の一人で、現在の社長の孫にあたるらしい。だから色々とバートンさんに話すとすぐに実現するんだなと納得した。もちろん、そんな無理が通るのもバートンさんに実力があるからなのだけれど。


私はあれから少しずつ名前のある役をもらえるようになった。

と言ってもまだまだレイラさんや他の方達のレベルにはほど遠い。もっと人を引きつける演技ができるようになりたいと思いながら、日々の練習にくらいついている。

メイジーはリチャールさんからの援助がなくなったことで、のびのび演じられるようになったと言っている。彼女なりに色々と吹っ切れたらしい。あの時に本音で話し合ったこともあって、今ではすっかり親友だ。



そして私とルードさんは……。





「ルードさん!」


カフェのオープンスペースで本を読んでいたルードさんに声を掛ける。

私の声に気づいたルードさんが顔を上げた。


「ニナ。お疲れ」

「お待たせしてしまいましたか?」

「いや、俺が先に来ることはわかっていたし、こうして暇つぶしも持って来ていたから問題ない」


あの日気持ちを確かめ合ってから、私とルードさんは順調にお付き合いを続けている。


今日は全公演が終わって二日後。

ルードさんも急ぎの仕事はないからと、久しぶりに一緒に出かけることになった。いわゆるデートである。

公演中は少しお茶をする程度しかできなかったから、ゆっくりと過ごせるのが嬉しい。


店員さんに注文をお願いして、ルードさんの前の席についた。


「その本、もしかして専門書ですか?難しそう…」

「ああ。次回作に煮詰まっていたら、バートンが参考にと持って来てくれた」

「バートンさんってそんなことまでしてくれるんですか」

「あいつの選ぶ本はいつも外れがないから助かる」

「信頼してるんですね」


こういう何気ない会話の中で、ルードさんがフォスター先生なのだと改めて感じる。

ただのいちファンだったのに、彼とお付き合いしているのが不思議だ。だからと言って今さら他人には戻れないけれども。


「今日はこの後どうしましょうか?」


頼んでいたケーキセットが届いたタイミングで、そういえばこの後の予定は決まってなかったなと思い話しかけると、ルードさんが少し緊張したように見えた。


「もしかして、急な予定が入ったりしました?」

「いや、そういう訳ではないんだが…」

「体調が悪いとか?」

「すこぶる健康だ」

「じゃあどうされたんです?」


気になって尋ねると、ルードさんの顔が少し赤くなった気がした。


「……ニナさえ良ければ」

「はい」

「俺の家に来ないか?」

「家…?」


ルードさんの、家!?


「あっ…誤解はしないでほしい!決して不埒な真似はしない!」

「は、はい…」


どきどきする胸を押さえてルードさんを見る。

ルードさんもどきどきしているのか、手で口を覆って視線を逸らしていた。


「ここのところ、ゆっくり会えなかったから…」

「はい」

「誰もいないところで、ニナと二人きりで過ごしたい」


だめか?と潤んだ目で見つめながら言われる。

ずるい。そんなふうに言われたら。


「……私も、ルードさんと二人きりで過ごしたいです」


緊張からか蚊の鳴くような声しか出なかった。

ちゃんと聞こえただろうかと不安になってルードさんを見る。


「…ありがとう」


見惚れるほどの幸せそうな笑顔で私を見ていた。




その後、ルードさんの家でどう過ごしたかは私とルードさんの秘密である。

ただ言えるのは、ルードさんはとても紳士だったということ。

とても幸せで、満たされた時間を過ごしたということ。


『俺はニナと一生を添い遂げたい』


ルードさんのこの言葉が実現する日も近いかもしれない。


完結までお読みいただいてありがとうございます!

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