エリンと猫の冒険者酒場
目が覚めると、ふかふかとしたベッドの上に寝かされていた。エリンのベッドだろう、凄くいい匂いがする。スーハーしとこう。
「あ、目が覚めた?」
隣にお洒落なワンピースの上に、酒場のエプロンをつけたエリンが座っていた。
「仕込みが終わってアースの様子を見に来たら、いいタイミングだったみたいだね。アースってば溺れちゃったんだよ?」
どうやら心配して覗きに来てくれたみたいだ。
「アース……私よりお父さんの匂いが好きなの?」
「!?」
少し不機嫌そうなエリンが爆弾を投下する。なんだって!? これエリンのベッドじゃないぞ! よくよく見れば、昨日寝てた部屋と違う!
「私じゃなくても良かったんだね……いや、女の子である必要すらなかったのかな……」
「きゅっ、きゅえっ、きゅーい!」
エリンがドン引きしていた。俺は吐き気を我慢しつつ、無罪を主張する。
「今日から君は変態カーバンクル、略してタイバンって呼ぶね?」
「きゅーい」
絶対に嫌だ。なんだその熱そうなものは。いやよく知らんけど。お詫びも込めて、エリンにすりすりする。実は、俺が一方的に嬉しいだけの行為なのだが、エリンも喜んでいるのでセーフだろう。
「っと、もうすぐ、お店開けなきゃ」
「きゅい」
そうだ、ここは酒場なのだから、そろそろ稼ぎ時になるだろう。
「アース、猫になれる?」
「きゅい」
「私以外の前で、カーバンクルになっちゃダメだよ? 狙われちゃうからね?」
「きゅい」
勿論、わかっている。もし、俺を巡って襲撃でもされたら、たまったもんじゃない。
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開店の時間になった。とはいえ、そんなにすぐに来店があるわけではない。
「暇だね。私としては、アースと二人きりの時間が増えるから、もう少し暇でもいいけど。あなたがくれた金貨があるとはいえ、お店開けないと、いつか餌代困っちゃうかもしれないしね。」
餌代くらい、自分で稼げるが、両親が遺してくれた酒場を守りたいのだろう。休むつもりはないみたいだ。
「お父さんはね、精霊使いの一族だったみたいなの。お母さんはここじゃない酒場の生まれで、お父さんが、酒場で働くお母さんに一目惚れしたって。それで、働くお母さんを見ていたいから、新しく酒場を作ったんだって。ほんとラブラブだったんだぁ。」
懐かしむようにエリンは語った。その後も、常連さんが来るまで、エリンの昔話は続いた。
「いらっしゃーい」
「おう、エリンちゃん。昨日はなにもできなくてすまねぇ。代わりに今日も食べにきたぜ」
ごつい四十歳くらいの冒険者が入ってきた。
「ゴードンさんいつもありがとうございます。昨日のはしょうがないです」
「そう言ってくれると助かるぜ。おろ? エリンちゃんどうしたのこの猫」
「ああ、その子は昨日から飼うことになったんです。アースって名前で、とても賢いんですよ」
「きゅい」
エリンから褒められた俺は、胸をそらしながら威張る。
「ゴードンさんはお父さんのお友達で、このお店の常連さんなの。ほら、挨拶してアース」
「きゅい」
男に愛想振りまくのは癪だが、このお店が随分とお世話になっているようだ。仕方なく、ぎこちない挨拶をする。
「ふーん、なんか性格悪そうだな」
なんだって?
「そんなことないですよ、ね、アース」
「きゅい」
勿論、俺はいい子なんだ。
「なんかこう上手くは言えんが……可愛くない猫だな」
「ペッ」
「うわこの猫、唾吐いたぞ!?」
「ごめんなさいゴードンさん! この子本当にお利口さんなの! アースもごめんなさいして?」
エリンがあわあわとしていて、とても可愛いのだが、こいつに謝る気はない。先に喧嘩を売ったのはアイツだ。
「お利口さんでも、所詮猫レベルだな。俺に喧嘩売るなんて、頭悪いこと誰もしやしねぇよ」
「ペッ」
「またやりやがったなテメェ! ぶっ殺してやる!」
「やめてー!」
そして、猫と大人の醜い乱闘が起き、その騒ぎに釣られた冒険者たちが、店に入って来てくれた。
「おお、あの猫やるなぁ! ゴードンも本気でやってんじゃねえか」
「やっちまえ猫! ゴードンは今日、左手を怪我しているからそこを狙え!」
「ゴードン、猫に負けんじゃねーぞー」
ゴードンの仲間らしき人たちも集まっていた。口々に野次を飛ばすおっさんたちは、
「エリンちゃん麦酒くれー」
「こっちは麦酒と枝豆と牛のステーキを頼む」
「はーい」
俺らの死闘を肴にして飲み始めた。さらに、見物客が集まり、賭けをする者まで現れた。
「ぜぇ……ぜぇ……やるじゃねぇか猫の分際でよぉ」
「きゅ……」
この身体じゃ攻めきれない。どうしようかと思索していると、
「今日の所は見逃しておいてやるぜ……あいつらばっかり飲んでて羨ましくなったからな」
「きゅい」
とてもわかる。ゴードンはうざいが、見世物になるのはうんざりだ。それに、そろそろエリンがきつそうにしている。エリンが居る厨房に向かった。
「アース、手伝ってくれるの?」
「きゅい!」
「でも、運んでもらうこと出来ないしなぁ」
そんなことを懸念するエリン。俺は空中を飛んだ時に使った、魔力で空気の足場を作る原理を応用して料理を持ち上げて見せる。
「凄い! そんなこともできるんだ!」
「きゅい!」
料理提供は任せてほしい。
そこから、エリンが作った料理を運んだ俺は、
「なんだこの猫!? 料理運んでるぞ!?」
冒険者たちの驚愕に満ちた顔を拝んだ。とてもいい気分である。
「ねーちゃん注文いいか?」
と、言う客には、羊皮紙と羽根ペンとインクを持って行った。
「これに書けばいいのか?」
「きゅい」
注文が書かれた羊皮紙をエリンの元へ運ぶ。
「俺、字かけねぇよ」
「きゅーい」
と、言う客には注文を聞いて、書いてあげようとする。ん? もしかして、字で書けば転生者だと伝えられるのでは!?
そんな大発見というか、寧ろ、なぜ今まで気づかなかったのかと戦慄した。だが、よくよく考えたら、俺が転生者だとバレると今日のお風呂でやらかしているため、俺の命がない可能性がある。
それに思い至った俺は、文字を書けそうなやつに注文を書いてもらう。普通なら、客に書かせるんじゃねぇ、となるかもしれないが、厨房一人にホールは猫だけの状況では誰も文句を言わなかった。それどころか、楽しそうに俺を見ている客が大半だった。
皆が楽しい時間を過ごす中、二人組の男が入店した。その男は意外そうな顔をしたあと、
「ふん、シケた店が今日は盛り上がってるようだな」
と、周りの注目を集めることも構わず、言い放った。今まで騒いでいた冒険者も、唖然とする。
「おい小娘、金の用意はできているんだろうな? まあ金貨三〇〇枚もの大金だ。どうせ無理だろうなあ!」
「あははは! 兄貴可哀想ですぜ! 払えなかったらこの店取られて、さらに宿無しな娘に手厳しいですよ」
「お前も大概だろうが」
静まり返った店内に嘲笑が響き渡る。話の内容から借金取りだろう。こいつ殺してやろうかと思案していると、周りの連中も同意見なのか殺気立っている。すると、厨房からエリンが出てくる。
「用意できてますよ」
「は?」
間抜けな声を出し、借金取りの男たちが呆ける。
「お金、用意できてます。こちらが金貨三〇〇枚になります。確認してください」
「そんなバカな……おい数えろ」
「へい!」
子分が金貨を数え上げ、間違いなく三〇〇枚あった。
「おい! どこからこんな大金出しやがった! 昨日まで無かっただろうが!」
借金取りが声を荒げる。しかし、
「待ちな。借金は返したんだ。お前らは満足のはずだろう?」
と、ゴードンに割り込まれる。
「今まで、正式な取り立てってことで我慢してたんだ。これ以上騒ぐなら殺すぞ」
「誰だお前?」
「兄貴そいつAランクのゴードンだ! まずいですぜ!」
一斉に冒険者たちが立ち上がり、一触即発の空気が生まれる。
「ちっ、引くぞ」
「二度とくんじゃねぇ!」
借金取りはすごすごと引き下がっていった。次、来たら八つ裂きにしよう。
「ゴードンさん、皆さん、本当にありがとうございます」
エリンは安心したのか、顔を綻ばせながらお辞儀する。
「いいってことよ、それよりあのお金どうしたんだ?」
ちらっと俺を一瞥したエリンが口角を吊り上げた。
「ある子から支援してもらったのですが、それ以上は秘密です」
「そうか、なら深くは聞かねぇ。野郎ども、折角の酒が台無しになったな! 次の一杯は俺の奢りだ! 飲み直すぞ!」
「「おお!」」
「けちな事言ってねぇで全部奢ってくれ」
「ふざけんな」
ゴードンはほんとは良いやつなんだろう。俺の中でほんの少しだが、ゴードンの評価を上げよう。
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夜の街を苛立たし気に闊歩する男たちがいた。
「兄貴どうしやすか? 店を乗っ取って、あの小娘を売る計画が台無しですぜ」
「くそっ、金貨三〇〇枚ごとき、あの店さえ手に入れば、いくらでも稼げるはした金だぞ」
オベロン酒場は立地で見れば、最高レベル扱いになる。迷宮区に近くて周りには宿屋が多い。ここいらの宿は、食事を提供しているところは少ない。この立地に酒場だけで、かなりの儲けが期待できる。現に今まで、オベロン酒場はかなりの繁盛店だった。
「あんな小細工までしといて、いまさら引き返せるか」
彼らはある仕掛けをしていた。最終段階まで進行していた仕掛けは、オベロン酒場をスムーズに手中に収めるためのものだった。
「やっちゃいますか兄貴?」
「ああ、あの娘を殺そう」
今更、エリンを殺したところで、オベロン酒場が彼らのモノになることはない。持ち主がいないため、国によって競売にかけられるだろう。借金という手札を失った彼らは、そのことに気づいていなかった。




