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カーバンクルと冒険者酒場  作者: がけどー
7/8

エリンと猫の冒険者酒場

 目が覚めると、ふかふかとしたベッドの上に寝かされていた。エリンのベッドだろう、凄くいい匂いがする。スーハーしとこう。


「あ、目が覚めた?」


 隣にお洒落なワンピースの上に、酒場のエプロンをつけたエリンが座っていた。


「仕込みが終わってアースの様子を見に来たら、いいタイミングだったみたいだね。アースってば溺れちゃったんだよ?」


 どうやら心配して覗きに来てくれたみたいだ。


「アース……私よりお父さんの匂いが好きなの?」

「!?」


 少し不機嫌そうなエリンが爆弾を投下する。なんだって!? これエリンのベッドじゃないぞ! よくよく見れば、昨日寝てた部屋と違う!


「私じゃなくても良かったんだね……いや、女の子である必要すらなかったのかな……」

「きゅっ、きゅえっ、きゅーい!」


 エリンがドン引きしていた。俺は吐き気を我慢しつつ、無罪を主張する。


「今日から君は変態カーバンクル、略してタイバンって呼ぶね?」

「きゅーい」


 絶対に嫌だ。なんだその熱そうなものは。いやよく知らんけど。お詫びも込めて、エリンにすりすりする。実は、俺が一方的に嬉しいだけの行為なのだが、エリンも喜んでいるのでセーフだろう。


「っと、もうすぐ、お店開けなきゃ」

「きゅい」


 そうだ、ここは酒場なのだから、そろそろ稼ぎ時になるだろう。


「アース、猫になれる?」

「きゅい」

「私以外の前で、カーバンクルになっちゃダメだよ? 狙われちゃうからね?」

「きゅい」


 勿論、わかっている。もし、俺を巡って襲撃でもされたら、たまったもんじゃない。


■■■■■■■■■■


 開店の時間になった。とはいえ、そんなにすぐに来店があるわけではない。


「暇だね。私としては、アースと二人きりの時間が増えるから、もう少し暇でもいいけど。あなたがくれた金貨があるとはいえ、お店開けないと、いつか餌代困っちゃうかもしれないしね。」


 餌代くらい、自分で稼げるが、両親が遺してくれた酒場を守りたいのだろう。休むつもりはないみたいだ。


「お父さんはね、精霊使い(エレメンター)の一族だったみたいなの。お母さんはここじゃない酒場の生まれで、お父さんが、酒場で働くお母さんに一目惚れしたって。それで、働くお母さんを見ていたいから、新しく酒場を作ったんだって。ほんとラブラブだったんだぁ。」


 懐かしむようにエリンは語った。その後も、常連さんが来るまで、エリンの昔話は続いた。


「いらっしゃーい」

「おう、エリンちゃん。昨日はなにもできなくてすまねぇ。代わりに今日も食べにきたぜ」


 ごつい四十歳くらいの冒険者が入ってきた。


「ゴードンさんいつもありがとうございます。昨日のはしょうがないです」

「そう言ってくれると助かるぜ。おろ? エリンちゃんどうしたのこの猫」

「ああ、その子は昨日から飼うことになったんです。アースって名前で、とても賢いんですよ」

「きゅい」


 エリンから褒められた俺は、胸をそらしながら威張る。


「ゴードンさんはお父さんのお友達で、このお店の常連さんなの。ほら、挨拶してアース」

「きゅい」


 男に愛想振りまくのは癪だが、このお店が随分とお世話になっているようだ。仕方なく、ぎこちない挨拶をする。


「ふーん、なんか性格悪そうだな」


 なんだって?


「そんなことないですよ、ね、アース」

「きゅい」


 勿論、俺はいい子なんだ。


「なんかこう上手くは言えんが……可愛くない猫だな」

「ペッ」

「うわこの猫、唾吐いたぞ!?」

「ごめんなさいゴードンさん! この子本当にお利口さんなの! アースもごめんなさいして?」


 エリンがあわあわとしていて、とても可愛いのだが、こいつに謝る気はない。先に喧嘩を売ったのはアイツだ。


「お利口さんでも、所詮猫レベルだな。俺に喧嘩売るなんて、頭悪いこと誰もしやしねぇよ」

「ペッ」

「またやりやがったなテメェ! ぶっ殺してやる!」

「やめてー!」


 そして、猫と大人の醜い乱闘が起き、その騒ぎに釣られた冒険者たちが、店に入って来てくれた。


「おお、あの猫やるなぁ! ゴードンも本気でやってんじゃねえか」

「やっちまえ猫! ゴードンは今日、左手を怪我しているからそこを狙え!」

「ゴードン、猫に負けんじゃねーぞー」


 ゴードンの仲間らしき人たちも集まっていた。口々に野次を飛ばすおっさんたちは、


「エリンちゃん麦酒(エール)くれー」

「こっちは麦酒と枝豆と牛のステーキを頼む」

「はーい」


 俺らの死闘を肴にして飲み始めた。さらに、見物客が集まり、賭けをする者まで現れた。


「ぜぇ……ぜぇ……やるじゃねぇか猫の分際でよぉ」

「きゅ……」


 この身体じゃ攻めきれない。どうしようかと思索していると、


「今日の所は見逃しておいてやるぜ……あいつらばっかり飲んでて羨ましくなったからな」

「きゅい」


 とてもわかる。ゴードンはうざいが、見世物になるのはうんざりだ。それに、そろそろエリンがきつそうにしている。エリンが居る厨房に向かった。


「アース、手伝ってくれるの?」

「きゅい!」

「でも、運んでもらうこと出来ないしなぁ」


 そんなことを懸念するエリン。俺は空中を飛んだ時に使った、魔力で空気の足場を作る原理を応用して料理を持ち上げて見せる。


「凄い! そんなこともできるんだ!」

「きゅい!」


 料理提供は任せてほしい。


 そこから、エリンが作った料理を運んだ俺は、


「なんだこの猫!? 料理運んでるぞ!?」


 冒険者たちの驚愕に満ちた顔を拝んだ。とてもいい気分である。


「ねーちゃん注文いいか?」


 と、言う客には、羊皮紙と羽根ペンとインクを持って行った。


「これに書けばいいのか?」

「きゅい」


 注文が書かれた羊皮紙をエリンの元へ運ぶ。


「俺、字かけねぇよ」

「きゅーい」


 と、言う客には注文を聞いて、書いてあげようとする。ん? もしかして、字で書けば転生者だと伝えられるのでは!?


 そんな大発見というか、寧ろ、なぜ今まで気づかなかったのかと戦慄した。だが、よくよく考えたら、俺が転生者だとバレると今日のお風呂でやらかしているため、俺の命がない可能性がある。


 それに思い至った俺は、文字を書けそうなやつに注文を書いてもらう。普通なら、客に書かせるんじゃねぇ、となるかもしれないが、厨房一人にホールは猫だけの状況では誰も文句を言わなかった。それどころか、楽しそうに俺を見ている客が大半だった。


 皆が楽しい時間を過ごす中、二人組の男が入店した。その男は意外そうな顔をしたあと、


「ふん、シケた店が今日は盛り上がってるようだな」


 と、周りの注目を集めることも構わず、言い放った。今まで騒いでいた冒険者も、唖然とする。


「おい小娘、金の用意はできているんだろうな? まあ金貨三〇〇枚もの大金だ。どうせ無理だろうなあ!」

「あははは! 兄貴可哀想ですぜ! 払えなかったらこの店取られて、さらに宿無しな娘に手厳しいですよ」

「お前も大概だろうが」


 静まり返った店内に嘲笑が響き渡る。話の内容から借金取りだろう。こいつ殺してやろうかと思案していると、周りの連中も同意見なのか殺気立っている。すると、厨房からエリンが出てくる。


「用意できてますよ」

「は?」


 間抜けな声を出し、借金取りの男たちが呆ける。


「お金、用意できてます。こちらが金貨三〇〇枚になります。確認してください」

「そんなバカな……おい数えろ」

「へい!」


 子分が金貨を数え上げ、間違いなく三〇〇枚あった。


「おい! どこからこんな大金出しやがった! 昨日まで無かっただろうが!」


 借金取りが声を荒げる。しかし、


「待ちな。借金は返したんだ。お前らは満足のはずだろう?」


 と、ゴードンに割り込まれる。


「今まで、正式な取り立てってことで我慢してたんだ。これ以上騒ぐなら殺すぞ」

「誰だお前?」

「兄貴そいつAランクのゴードンだ! まずいですぜ!」


 一斉に冒険者たちが立ち上がり、一触即発の空気が生まれる。


「ちっ、引くぞ」

「二度とくんじゃねぇ!」


 借金取りはすごすごと引き下がっていった。次、来たら八つ裂きにしよう。


「ゴードンさん、皆さん、本当にありがとうございます」


 エリンは安心したのか、顔を綻ばせながらお辞儀する。


「いいってことよ、それよりあのお金どうしたんだ?」


 ちらっと俺を一瞥したエリンが口角を吊り上げた。 


「ある子から支援してもらったのですが、それ以上は秘密です」

「そうか、なら深くは聞かねぇ。野郎ども、折角の酒が台無しになったな! 次の一杯は俺の奢りだ! 飲み直すぞ!」

「「おお!」」

「けちな事言ってねぇで全部奢ってくれ」

「ふざけんな」


 ゴードンはほんとは良いやつなんだろう。俺の中でほんの少しだが、ゴードンの評価を上げよう。


■■■■■■■■■■


 夜の街を苛立たし気に闊歩する男たちがいた。


「兄貴どうしやすか? 店を乗っ取って、あの小娘を売る計画が台無しですぜ」

「くそっ、金貨三〇〇枚ごとき、あの店さえ手に入れば、いくらでも稼げるはした金だぞ」


 オベロン酒場は立地で見れば、最高レベル扱いになる。迷宮区に近くて周りには宿屋が多い。ここいらの宿は、食事を提供しているところは少ない。この立地に酒場だけで、かなりの儲けが期待できる。現に今まで、オベロン酒場はかなりの繁盛店だった。


「あんな小細工までしといて、いまさら引き返せるか」


 彼らはある仕掛けをしていた。最終段階まで進行していた仕掛けは、オベロン酒場をスムーズに手中に収めるためのものだった。


「やっちゃいますか兄貴?」

「ああ、あの娘を殺そう」


 今更、エリンを殺したところで、オベロン酒場が彼らのモノになることはない。持ち主がいないため、国によって競売にかけられるだろう。借金という手札を失った彼らは、そのことに気づいていなかった。

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