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そんなこんなでハッピーエンド

 魔界に来るのは、それほど難しい話ではなかった。

 “勇者”の称号さえあれば容易にいけて、その境界をくぐりぬけるときにちょっと気持ち悪いかな、というくらいだった。

 その魔界は来た事がなかったためか、空も暗く奇怪な鳴き声が響く、もっとおどろおどろしい場所化と思っていたのだが、ぱっと見では自分達の世界とそれほど変わらない。

 せいぜい空には輝く太陽と、白い半月が二つ登っている程度の違いしかない。


 その境界を越えた場所で、魔族の人間がいて記入するよう求められて、通行証を渡された。

 今は勇者と言っても、こちらに来て商品を輸入したり、魔物を倒して自分のレベル上げや人間の世界では貴重なもの(魔族にとってはあまり価値がない)の収集を主にしているので、そういった理由で死んでも責任は取らないよという書類にサインさせられた。

 それで後は自由であるらしい。

 それからフィオが道案内をタクトにしてくれるのだが、


「フィオは、魔界に詳しいんだな」

「う、うん、魔王の城はその……有名だから」


 その人間界と魔族達の住まう魔界、その境界にほど近い場所に魔王の城はあるらしい。

 実際に今その魔王城が遠くに見える。

 あの建物が魔王の城だと、タクトがフィオに説明されたその時だった。

 そしてそこで一人の魔族が現れて、


「おかえりなさいませ、魔王様」


 フィオに対してそう告げるのをタクトは聞いた。

 突然現れた魔族、そこまではまだいいが……突然のその言葉にタクトはフィオの様子を伺う。

 フィオの表情は強張っているようにみえる。

 フィオはただの高位の魔族、そして今のは冗談だと、聞き間違いだとタクトは思いたくてその魔族に問い返す。


「魔王?」

「そうだ、そちらにいるフィオ様は我らが長である、魔王様だ」


 そう、告げられて、けれどそこで魔物に襲われてそれどころではなくなってしまう。

 タクトは、目の前の敵を倒すのに精一杯だったから。

 そして、近くの森の中にタクトよフィオは逃げこんでから、タクトは問いかけた。


「フィオは、魔王なのか?」

「……もし、そうだと言ったらどうする?」


 フィオは笑っている。

 けれど、不安げに瞳を揺らしてタクトを見ている。

 絞り出すような声で、タクトは問いかけた。


「……本当の事を言ってくれ」


 その時タクトはまだ淡い期待を持っていたのかもしれない。

 フィオが魔王ではないと。

 けれど、黙っているフィオに不安を覚える。

 風にさらさらと揺れる銀色の髪に、意志を、英知を秘めた緑と青の双眸。


 見ている者を魅了する美しく強い生き物。

 もしも今のその雰囲気でフィオが現れて魔王だと言われれば素直に誰もが信じてしまいそうな、風格があった。

 ごくりと、タクトは唾を飲み込む。

 緊張している。フィオの答えに。

 そんなタクトを無表情に見下ろし、フィオは告げた。


「そうだ、僕は魔王だ」

「……ミアを返せ」

「……あれは部下のルトが勝手にやった事だ」

「! この!」


 タクトは、フィオの胸倉を掴んで、けれどフィオは動じない。


「それで、お前は僕を魔王だと知ってどうする?」


 タクトとは呼ばず、お前と呼ばれてタクトは舌打ちしたくなる。


「答えろ」


 まるで命令するようなその様子に、タクトはぎりっと歯軋りをしてフィオを睨み付けた。

 そして胸倉を掴んだ手をタクトは離す。

 フィオは黙っている。


 その問いかけに答えない事にはどうにもなりそうに無い。

 だからタクトは、つい激情に任せて掴んでしまった胸倉を放し、俯いて、少し考える。

 突然の真実に混乱したが、タクトにとってはそんな事がどうでもよくなってしまうくらいに、


「魔王でも、フィオはフィオだ。俺の好きなフィオには変わりない」

「タクト……」


 そこで初めて、フィオが微笑んだ。

 そしてそのままフィオがタクトに抱きついてくる。


「ずっと不安だったんだ。タクトに嫌われたらどうしようって」

「……まったく、こんなに好きなのに疑われるとは俺も思わなかった。まあ、俺もミアの事で魔王を恨んでいたから……胸倉を掴んで悪かった。その、部下ルトという奴がが勝手にやった事なんだな?」

「うん。すぐに信じてくれるんだね?」

「フィオがそんな奴じゃないって俺は知っているから」


 その時、フィオはいつにも増して優しく鮮やかな笑みを浮かべる。

 タクトはそんなフィオに、自分は間違えなかったと思っていると、


「人の国の王様……タクトの父上にお願いしたけれど認めてもらえなかったから、駆け落ちしたって」

「なんだと? そんな話は俺は知らないぞ」

「本人達がそう言っていたから間違いないよ」

「認めん! 俺は認めないぞ!」


 そんなシスコン丸出しのタクトに、フィオはムカッとしてそのままタクトの唇を奪った。


「……ミア、ミアって……恋人は僕だろ? それに好きって気持ちも今のタクトには分るだろ?」

「それは……」

「うちのアホな部下のルトとミアが、お互いが望んでそうなるならそれでいいだろう」


 そう言われてタクトは黙ってしまう。

 フィオが好きで堪らない分、ミアがもしも恋愛で駆け落ちしたのなら……。


「……一度様子を見て、幸せそうだったら帰る事にする」

「タクト!」

「ついでに、フィオ、お前、俺の嫁だ」

「え?」

「略奪するって言っているんだよ。……ミアと同じようにね」

「あ、あう……タクトが婿に来るっていうのはどうかな?」

「いいぞ、それでも。……そうだな、そうすればミアを攫った部下ルトを後継ぎにして、父上に散々いびってもらえるな……くくくく」


 暗く笑うタクトに、フィオは引きつった笑いを浮かべたのだった。                                                       





 そしてフィオは、正体がばれたからもういいやと裏技を使いまくって、タクトを魔王城に案内したのだが、そこに部下のルトはいた。


「何で部下のお前が魔王の玉座に座っている」

「貴方が放棄したからですよ、元魔王のフィオ」


 そう、嘲笑いながら告げる元部下に、フィオは苛立ちを覚えて睨み付けた。

 もともとやりたくてやったわけではないのだが、こうも簡単に手のひらを返されるとフィオも頭にくる。

 一方タクトも苛立っていた。


「ミア! そんな奴の所にいないで、城に戻ろう!」

「嫌ですわ、私、この方を愛しているんですもの」

「一体いつからそんな関係になっていた!」

「昔、森で迷子になったときに助けて頂いたのが縁で。それから人目を忍んでよく会いに行っていたのですわ」

「何故俺に言わない! こんな危険な……」

「お兄様、煩いですから」


 そうミアが言うとタクトは衝撃を受けたように黙る。

 さらに、ある人物が現れてフィオは信じられない面持ちで彼を見た。

 彼はいつもと変わらないその姿で溜息をつく。


「……まさかフィオ様が恋人を連れてくるなんて思いませんでした」

「シグ! まさかお前もこの件に加担して……」

「ええそうです。貴方が欲しかったですから」


 困ったようにいつも冷静な彼は答えた。

 それに今までそんなそぶりを一度も見なかったフィオは目を瞬かせて、


「……え?」

「お慕い申し上げていたのですよ。どんな田舎者が来るかと思えば貴方のような方だったとは……だから、あの恋に狂ったあれのお手伝いをさせて頂きました。貴方の性格では、もう魔王なんてやめてやると言い出しそうですから……そういうわけです」

「シグ……」

 ちょっとは信頼していた相手なのでフィオは悲しげに俯くが、そんなフィオの前にタクトが出る。


 「……フィオは俺のものだ」

「調べさせた時に邪魔なネズミがいると思っていましたが……まだ恋人同士でしたね。ならば別れる事もあるでし ょう」

「……」

「……」


 無言で睨み合うタクトとシグ。

 そこで、ミアを攫った部下のルトが玉座から立ち上がった。


「お互いの言い分は多々あるだろう。ここは一つ勝負で決めないか? 私たちは、私とシグ。お前達は、タクトとフィオの二人で」


 人間であるタクトを侮っているのが丸分りな発言。

 けれどその油断は利用できると、タクトとフィオは目配せして頷いた。

 その油断が命取りだと教えてやると。


 そして元部下のルトとシグに攻撃を仕掛けて、タクトは最愛の妹であるミアを奪ったルトを怒り任せに倒し、フィオもまた自身の全力を持ってシグを倒した。

 タクトはレベルアップしてこの魔界でも生き残れる程度に強くなっていたし、フィオ自身も田舎育ちと言っても魔王だ。


 ルトとシグ、二人が相手になるはずがなかった。

 シグとルト、二人揃って並ぶようにきゅうと呻きながら倒れている。

 そこで悪い笑みを浮かべたフィオが、


「さあて、どうしてくれようか……タクト?」


 額に青筋を浮かべながらにっこりと笑い、倒された部下に近づいていたのだが、それを追い越すようにタクトがあるいて行く。

 そのまま倒れているその二人を無視してタクトは進んでいき、玉座に隠れるようにしている彼の妹、ミアに向かってつかつかと近づき、問いかけた。


「……そんなにこいつが好きか?」


 少し焦げたようなシグを指さしながらタクトは問いかける。

 それにミアはびくっと小さく震えながらも、恐る恐るといったように……けれどまっすぐにタクトを見ながら、


「ええ、もちろんです!」


 はっきりと答えた。

 揺るぎない意思を妹のミアから感じ取り、タクトは深々と嘆息する。

 恋をする気持ちが痛いほど分かってしまったタクトは、ミアを止められない。だから、


「……おい、そこのお前」

「は、はい」

「俺が父上との仲をとり持ってやる」

「ほ、本当ですか?」


 焦げて髪の毛がパンチパーマに少しなっているルトが顔をあげた。

 それにもう一発魔法攻撃をぶつけてやりたい衝動にタクトは駆られながら、


「その代わり、フィオに魔王の座を返せ」

「わ、分りました」


 素直に頷く部下に、今度はフィオの方をタクトは向いて、


「それでフィオはどうする? 俺の嫁になるか、婿としてこっちに俺が来るのか」

「出来れば、婿としてこっちに来て欲しい……シグ、何で舌打ちをする」

「別に、ただ、フィオ様が嫁に行けば私が魔王になるので、そうすれば人間から奪い返して自分だけのものにも出来るなと思っただけです」


 どうやらまだ次の手があったらしシグに、フィオとタクトは言葉を失い、シグは口を閉ざす。

 そんなシグにフィオは怒りに震える唇で、


「僕を諦めると言う選択肢は無いのか! 僕はタクトの事が好きなんだ!」

「だからといって私が諦める必要は無いでしょう? いつでも寝取る隙を探せばいいだけですし、それに貴方は私から逃げられない」

「なんだと?」

「お忘れですか? 貴方が飾りの魔王であることを。国政は全てあの部下と私でしていたでしょう? 少なくとも私がいないと国は回りません」

「ぐぬぬ」


 悔しそうなフィオ。

 実際に魔王はフィオといえど、こういった純粋な戦いであればフィオの方が強いのだが、国をまとめるといった細やかなものはしてこなかったためにフィオは分からない。


 もっともフィオがそれをやろうとして邪魔していたのは、フィオに一目ぼれして、頼られるのが嬉しくて堪らなかったシグの策略でもあったのだが。

 そんな事情を知らないフィオの肩を、タクトが軽く叩いた。


「俺が手伝ってやるよ。基本的に文字も言語も法律関係も人の国と同じだし。それにミアの関係で魔界のものも勉強したから安心しろ」

「タクト……」


 フィオは目をきらきらさせてタクトを見た。

 それにシグは舌打ちして、


「……あまりいい気になるなよ、人間風情が」

「それはこっちの台詞だ。フィオは俺の事が大好きなんだよ」


 目の前で繰り広げられるフィオをめぐる戦いは、今、火蓋が切って落とされようとしていたのだった。






 それから、タクトの妹ミアは、ルトを婿に人間の国に向かう羽目になり、タクトの父親となんだかんだ言いながら上手くやっているらしい。

 そして魔界に残る事になったタクトだが、


「早く国に戻って来いって手紙がまた来たな」

「タクトは僕のだから渡さないもん!」


 頬を膨らませてフィオがタクトを抱きしめる。

 相変わらず可愛いとタクトは思いながら、


「そろそろキスよりも先に進みたいんだけれどな」

「! ……えっと、それは……」


 頬を赤らめた恥ずかしがるフィオの可愛さに、タクトが更にむらむらして、今日こそはと思っていると、


「フィオ様! こちらの書類にサインを!」

「あ、シグ、分かったよ」


 良い雰囲気な所でシグがやってきて、ぶち壊される。

 このまえもそうだ。

 その前も、前も、前も……まさか。


「わざとか?」


 はっとしたようにシグを見るとにやりと彼は笑う。

 相変わらずフィオを諦めていないないらしい。


「いい加減フィオを諦めろ」

「お断りですね。貴方が出ていけばいい」


 そんな静かな戦いが始まった魔界。

 フィオはそんな二人を見て困ったように、


「僕を諦めて欲しい。だってタクトが僕は好きだし……」

「……やはり貴方を人間界に行かせてはならなかったようです」


 後悔するようにシグは呟く。

 そして、なんだかんだでタクトとフィオは、時にシグの襲撃を受けつついちゃいちゃしながら平和に過ごす事となる。





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