65, サトシという名の小さな巻物 ―― 世界大戦で「勝ち馬」に乗るか、それとも、負けるか、だよ。その後の待遇は、天と地の差だね。
今思い返してみると、本当に……。異様な言動が目立っていた、数学の女神。
でも……現実的な行動も、そこには確かにあったのよ。
「サトシの正体調査なんて、そんなことをしたって、SHA-256に隠された秘密がわからなきゃ、いつまで経っても辿り着けないよ。何度も何度も、同じ場所を巡るだけ。クリプトのサトシを知ることができる者は、SHA-256に浮かび上がる刻印に触れた者だけだよ。そうだよね?」
「そ、そうね……。」
「ところで、ネゲート。あなたとそっくりなフィーだっけ。ネゲートと同様に、非常に優秀だね。」
「な、なによ……。フィーならわかるけど……。わたしは、優秀なの……?」
「そういうところ、ネゲートの悪い癖だよ。わたしは、もっと胸を張っていいと何度も言っているんだよ。女神ネゲートの神託のおかげで、ようやく……真な平和を享受できる瞬間が、近づいているんだよ。」
そうね。数学の女神は……わたしのことを、やたらと褒めたたえてきたわ。それについては……悪い気はしなかった。なにせ、あんな状況だったから……。
「それって、本当に……その、デジタルスケープゴートで実現するの?」
「そうだよ。それでね、HODLだっけ。ちゃんとその先まで、確実に連れて行くから。これで本当に、真の平和の実現だよ。みんなで、幸せになろうよ。」
「そ、それって……。」
わたしの気がかりだったのは……そう、HODLはどうなってしまうのか。でも、この計画には問題なく組み込まれていて……ちゃんと、その先まで連れていく。今になって思い返せば……これもまた、聖書をなぞっていた。その先とは……。うん、あれだったわ。
「そうそう。そのままだよ。」
「……。」
黙示録の先なんて……。当時のわたしでは、それが限界だった。でも……数学の女神を、信じるしかなかったのよ。
「ところで、ネゲート。このような世界大戦で『勝ち馬』に乗るか、それとも、負けるか、だよ。その後の待遇は、天と地の差だね。その後の民の生活水準なんて、そこだけに、かかっているんだよ。そうだよね?」
「……。」
その問いは……秩序の再構築という、この世界大戦が、いったい何だったのか。その本質を突きつけるものだった。わたしは……何も答えられなかった。でも……たしかに、その通りだったわ。
あの頃……表向きはSegWitに対して、みんな口を揃えて文句を言っていたけれど……その胸中は、誰にもわからない。どっちの馬に乗るべきなのか。みんな……必死だったのよ。
「それで、フィーが優秀なのはすぐにわかったよ。なんか、抜け駆けで燃料経路を通してもらえる……そんな話。でもね、そんな燃料確保の重要な話を、拒んでいたんだよ。」
「そ、それ……。わたしも気になっていたのよ。やっぱり、相手が信用できないから……なのかしら? それとも、絶対に通してもらえないSegWitに、何を言われるかわからないから……そんな感じかしら?」
SegWitは……証人と化していたわ。そんな状況で、抜け駆けで燃料を手に入れたら……。当時のわたしには……そこまでしか思いつかなかった。でも、数学の女神が伝えてきたのは……まったく違う視点だった。
「ネゲート。もっと合理的に考えないとダメだよ。SegWitに後から何か言われるくらいなら、どうにでもなるよ。特に燃料については……案外、そのあたりは寛容だからね。つまり……もっと深い部分を見ないと。この抜け駆けが、いったい何を意味するのか……だよ。」
「……。」
「これはね……『どっちの馬に乗るべきなのかを選べ』。ただ、それだけなんだよ。」
わたしはここで、ハッとしたのをよく憶えているわ。もうこれは……燃料だけの問題ではなかった。どの構造に乗るのか――その選択だったのよ。
「……。そ、そこまで……考えるべきだったのね。抜け駆けで燃料を手に入れるというのは……。」
「そうだよ。そんな勝ち馬の選択なんて、この大戦が始まる前から決まっているよ。当然、『ふたりの証人を選ぶべき』だよ。そこは、しっかりクリプト……仮想通貨を見つめないとダメだよ。そのクリプトに、すべてが書いてあるよ。それはサトシという名の小さな巻物だよ。それは、決定論的な解釈としての存在。そして、その代表として選ばれたのが、SHA-256なんだよ。」
「……。」
大戦が始まる前から……すべて決まっていた。当時のわたしには、その本当の意味がわからず……ただ浮いているだけだった。でも今は……ええ。
全部……そうだったのね。




