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第77話 ずっと探していた。

24.


 一体、どれほど時間が経っただろうか。

 レニにとっては、永劫とも思えるほど長い時間だった。

 緊張が極限まで高まり、これ以上は耐えられないと思った瞬間。


 不意に。

 舞台の上で微動だにしなかったリオが、風に吹かれたかのように、滑らかに動き出した。

 あちらこちらから、ほうっという賛嘆の声が漏れる。

 まるで月の光と一体化したかのような、ひどく静かで自然な動きだが、目を離すことが出来ない。

 太鼓の音が鳴り出すと、人々はハッとしたように低い声で唱和を始めた。

 運搬の時とは違い、さほど大きな音ではなく、大地が緩やかに律動しているかのような声だ。


 リオが腕を上げるたびに、背丈ほどもある長い袖が宙で美しい流線を描く。

 人々の声を先導し、そこに祈りという形を与え、そらに捧げるように、リオは舞い続ける。


(綺麗……)


 その姿を見ているだけで、レニの胸からこれまでの不安や焦り、恐怖が洗い流され、別の温かい何かで満たされていく。それは目の前の神々しい奇跡への、讃嘆と恍惚とした崇拝の気持ちだった。


 レニは我知らず胸に手を当てた。

 自分の身の内を満たす熱いものが、ユグの人々の祈りの声と混じり合い「自分」という枠を超えて大きくなり、見上げる空いっぱいに広がっていく。

 その感覚が自分だけのものではなく、舞を見ている者たち全員が同じことを感じていることがはっきりとわかる。


 この場にいる全ての人々が、「祈り」に一体化している。

「祈り」そのものになっているのだ。

 全員が同じように胸に手を当て、声を上げ、瞳から涙を流している。


(リオ)


 自分の中のこの思いに、形を与えてくれているのがリオなのだ。

 そうはっきりとわかる。


 自分の中に、リオがいる。


(これからもずっと、一緒にいてくれる? リオ)

(いつまでも二人で……ずっと一緒に)


 恍惚とした感情の中でレニがそう考えた瞬間。

 コウマが不意に声をあげた。


「見ろよ! あの空」


 レニもつられるように、空を見た。

 空一面に、つづれ織りになった青く透明な光の束が広がっていた。

 まるで空の端から端まで走る、蒼い炎のようだ。


極光オーロラだ。でも、こんなの……初めて見た。何て、何てすげえ……」


 コウマの感嘆の声も、レニの耳には入ってこなかった。

 生まれて始めて見る幻想的な光景を、レニはハシバミ色の瞳を大きく見開き、食い入るように見つめた。


 頭上に極光が走った瞬間、唱和をしていたユグの人々の間にどよめきが走る。

 神が降りられる。

 誰かがそう叫んだ瞬間、太鼓の音が激しくなり、それに和すように人々の声が大地を揺るがすほど大きくなった。

 それは、火の神に捧げる祈りだった。


 怒号のような人々の祈りの唱和の中、リオは天を仰ぎ舞い続ける。

 祈るようにリオの姿を見つめていたレニは、青い炎の下で舞うリオの姿を凝視する。


(……リオ?)


 その姿は見慣れたリオの姿でいながら、まるで初めて会った人間のように見えた。

 レニは、瞳を驚愕で見開いた。

 胸に奇妙な思いが去来したのだ。


(……会えた)


 自分の思考や感情よりも早く、強い確信がどこからか沸き上がり感動となって全身に広がっていく。

 自分ではない何者かの感動のようで、それでもそれはやはり自分自身の感情だった。


(やっと、やっと会えた)

(ずっと、会いたかった。ずっと……ずっと、あなたを探していた。私、あなたを探していたんだよ)

(あなたに会うために、ここまで来たんだ)


「リオ!」


 レニは叫んで、舞台に向かって走り出そうとした。


「おい! ちょっ……レニ! 何やってんだよ、お前!」


 コウマがすんでのところで、レニを引き留める。

 レニはそれでもなおリオがいる舞台へ行こうと、コウマの腕のなかでもがいた。


「放してよ! リオが、リオに会いに行かなきゃ……! リオのところへ行かなきゃ……! リオは待っているの! ずっと、私が来るのを……!」

「何、言っているんだよ! お前。おいっ、落ち着けって!」


 二人の声は、しかし、辺りに響き渡る祈りの声に包まれ、かき消される。

 否、レニとコウマの声も、祈りの唱和の中へと導かれ、神に捧げられる声と一体になる。


 リオの舞いは、捧げられたその声の中で、だがその声から隔絶した世界に在るものかのように、ひどく遠く冴え渡っていった。

 そこにいる誰もが、いま目の前の舞台で舞っているのは異邦から来た娘ではなく、水の器に降りた火の神なのだと確信している。

 その確信がその場にいる人間たちの声を信仰という強い絆で結ばせ、その熱情が涙となって瞳から溢れ出した。


 人々は夜の中、目の前で光輝く蒼白い炎に向かって祈り続けた。



25.


 地響きのような祈りの中で、リオの青い瞳が自分のほうを見つめるレニの姿を捕らえた。


(レニ)


 リオは、瞳に映るその姿に向かって囁いた。


(俺は……ずっと、あなたの側にいる。例えこの先、一生、あなたに会うことが出来なくても……。ずっと)


★次回

第78話「クルシュミの湯」

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