第67話 水の器
9.
集会が解散した後、レニとリオ、コウマの三人は、母屋の奥にあるキオラの住居に案内された。
「悪かったね、妙なことに巻き込んでしまって」
木の床に重ねられた毛皮の敷物の上に腰かけた三人に、キオラは飲み物を差し出す。
自分の杯にも強い火酒を注ぎ出したキオラに向かって、レニは身を乗り出した。
「キオラ、さっきの話。リオが舞いをするとか、神さまがどうのこうのって何の話なの?」
キオラは三人の前に座ると、手の中の酒杯を揺らしながら口を開いた。
「さて、何から話せばいいかな」
キオラは美しい姿勢で腰かけているリオのほうへ、讃嘆の眼差しを向ける。
「それにしても、本当に綺麗な娘だね」
「と、思うだろ。意外と性格は強情だぜ。赤毛のチビッ子のことで頭がいっぱいだしな」
肩をすくめてそう言うコウマの言葉に、キオラは体をゆすって笑った。
それからリオに向かって言った。
「コウマに聞いたが、あなたは舞いも堪能だそうだね」
「堪能、かどうかは分かりかねますが、いささか嗜んでおります」
キオラは、座っているリオの様子を見ながら頷いた。
「ユグの一族では、舞いは神事でもある重要な技能だ。普段の動きや様子を見れば、だいたいどれくらい舞えるか、舞えそうかは分かる」
キオラは、リオの青い瞳が炎の灯りを映して緑色に萌える様子を見ながら呟く。
「黒い髪に青い瞳なのもいい。まるで『水の器』になるために生まれて来たような姿だ」
「ねえ、キオラ。何の話?」
レニが焦れたように身を乗り出す。
キオラは、声に不安をにじませるレニとリオの顔を交互に見る。
それから杯を地面に置き、居住いを正してリオに相対した。
「リオ、あなたに頼みがある」
リオは、自分を真っ直ぐに見る、黒い紋様が描かれたキオラの顔を静かに見つめ返した。
その瞳を見つめてから、キオラは言葉を続けた。
「『水の器』として、火の神を降ろす舞を奉納して欲しいんだ」
10.
「水の器?」
レニの怪訝そうな問いに、キオラは頷く。
「集会の時に話しただろう? 今年は村の近くの湖の凍結が遅い。この時期になっても氷が薄くて、とても橇で渡れない。ユグの歴史の中でもこんなことは初めてで、正直なことを言えば困っている」
「橇を使う冬の時期は、凍った湖が道代わり、なんだよね?」
レニはユグの村に着いて学んだ、北方の生活についての知識を頭に浮かべながら言った。
「そう。湖が凍らなければ近隣の村に行くことも出来ない。狩りや薪を補充するために出かけられる範囲も、大幅に狭まる。備蓄はあるにはあるが、少しでも冬が長引けば危うい。水場にだって行きにくくなる。北や東から、人も来ない」
キオラの淡々とした口調の説明を、レニはもちろん、リオとコウマの二人も神妙な面持ちで聞いている。
湖が凍結しなければ、三人もユグの村から先へ行くことが出来ない。
キオラは北へ行けるようになるまではいてくれて構わないと言ってくれているが、いつ出発できるかわからないと不安や焦りが出てくる。
キオラは言葉を続けた。
「ユグは、クルシュミの湖と共に生きてきた。あそこはユグにとって神そのものであると同時に、神と交信する場でもある」
「神?」
レニは先ほどの集会の様子を思い浮かべながら言った。
「さっきみんなが言っていた、火の神さまのこと?」
キオラは床から杯を取り、火酒を口に含んだ。
「天におわす火の神さまを地上に降ろすことで、陽の力が弱まり湖が凍る。だから毎年、冬の始まりに必ず、神さまを降ろすための儀式を行うんだ」
「それが、さっき言っていた舞を舞う……っていうこと?」
「そう。『娘』の中で、最も『水の器』に相応しい者が、火の神への舞を奉納する。そうして水の器たる自分の中に、火の神を招きいれる」
「『水の器』には、未婚の女しかなれねえんだ」
そういう風習もあって、ユグは女社会なんだよ、とコウマが酒を飲みながら付け加える。
「男は火に属する者であり、女は水に属する者だ。火の神は男だから、水である女しか迎え入れることはできない」
「そ、それなら」
まだ話全体を飲み込めたわけではないが、何となくそんな訳のわからないことをリオにさせるわけにいかないという一心で、レニは口を開いた。
「私じゃあ駄目なの? 踊りとかはやったことがないけれど、体を動かすのは得意だし、体力だってリオよりあるよ」
キオラが首を振る。
「赤は火に属するものだ。黒や青は水に属するもの。リオのほうが条件に適う。私がユグで生きて来た中でも、これほど水の器にピッタリな娘は初めてだよ」
「そ、そんな」
勝手な。
とレニは口の中で呟く。
ユグの人々、とりわけキオラにはとても世話になっているから、自分が出来ることなら何でもするつもりだが、リオに関することならば話は別だ。
レニの声は、我知らず大きくなる。
「今年、水の器になったリンって人は具合が悪くなったとか言っていたよね? だから他の女の人たちは、みんなやりたがらないって」
キオラは少し考えてから、ゆっくりとした口調で言った。
「水の器は、薄手の衣だけを羽織って、湖で火の神が降りるのを待つからね。体を冷気でやられやすいんだ」
「湖で火の神を待つ? こ、この寒い中?」
レニは激しく首を振った。
「し、信じられない! そんなこと、リオにさせられないよっ。そんなことをしたら、リオが死んじゃう!」
「水の器は、舞を奉納するときは人あらざる、神の器になる。また火の神を降ろせれば、火によって冷気から守られる。死んだりはしないよ」
「そ、そんなわけないじゃん! とにかく、駄目! そんな危ないこと、絶対に、ぜえっったいにっ! 駄目!」
「レニさま……」
レニは憤然とした表情で立ち上がり、リオの手を取った。
「行こう、リオ。こんなの引き受ける必要ないよ。ひどいよ、リオにこんなことをやらせようだなんて」
「お、おい、お前ら、ちょっと、ちょっと待てよ! おいっ!」
レニは、戸惑うリオを引きずるようにして部屋の外へ出て行き、そんな二人をコウマが慌てて追いかけた。
★次回
第68話「ややこしい話」




