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第63話 真実の愛は続く

29.


 それから半月ほど経ち、十二の月も半ばになった頃。

 レニとリオ、コウマの三人は、そりを雇い、大陸のさらに北へ向かうことになった。


「学府に行く途中に、ユグ族の村があるんだよ。ちょいとよそ者には厳しいが、慣れりゃあいい場所だぜ。体にいい温泉もあるし、そこで少しゆっくりするといいかもな」


 クシュナとパッセは「陽だまり亭」に留まるように勧めたが、むしろこの街を離れたほうが気持ちも落ち着きやすいのではないか、というコウマの主張に渋々納得した。


「落ち着いたら、また来てね。いつでも待っているから」


 クシュナの言葉に、体調が回復し動き回れるようになったリオは、微笑んで頷いた。



30.


 パッセは、レニと「永遠の友情」を誓い合い、出発までの間ひとしきり別れを惜しんだ。別れの涙にむせびながらありとあらゆる約束を交わし、感極まってひしっと抱き合ったりした。

 それに比べれば「いい女になって、次に来たときこそ『真実の愛』に目覚めさせてみせる」と思っているコウマに対する別れの挨拶は、ずっと淡泊なものだった。


「何だかんだ、女は女同士なのかねえ」


 飽きることなく、「真の友情」を熱くかわし合う二人の少女を、コウマは半ば感心したように、半ば呆れたように見つめて呟いた。


 北への出発が決まった後、パッセがリオが一人でいる時に部屋を訪ねて来た。

 パッセは、リオが起き上がれるようになったことを喜び、そうして胸につかえていることを吐き出すように、涙のにじんだ声で呟く。


「リオ、ごめんね。あの時、何もできなくて……」


 俯いて謝るパッセの顔を覗き込んで、リオは優しい口調で言った。


「パッセさんは、何も悪くありません。色々と良くしていただいて、ありがとうございました」


 素直で感情がいささか豊かすぎるこの少女が、自分自身をずっと責めていたことにリオは気付いていた。「パッセは何も悪くない」というのはリオの本心だったし、心から信じている事実でもあった。

 全ての自責が取り払われたわけではないだろうが、聡明さも持つ少女は、謝罪を重ねることが相手に余計な荷を背負わせることを知っているようで、それ以上は何も言わなかった。

 言ったのは別のことだった。


「ねえ、リオ」

「はい?」

「あの時、リオの好きな人の話をしていたじゃない? 『道ならぬ恋』の話」

「はい」


 頷きながらも、唐突な話の切り替わりに、リオは怪訝そうな顔をする。

 パッセは迷うように少し考えこんだあと、不意に真っすぐな眼差しをリオに向けて言った。


「あの時、リオが言っていた好きな人って、奥さんがいる人じゃなくて……もしかして女の子なんじゃないの?」


 リオは驚いたように、パッセの顔を見つめる。

 青く深い瞳が見る見るうちに緑色の色彩が浮かび上がるのを見て、パッセは得心がいったように頬を上気させた。


「やっぱり」と口の中で呟いたパッセの顔は、すぐに輝くような笑顔になった。

 茶色の瞳をきらめかせて、身を乗り出す。


「リオ、レニのことが好きなの?」


 それは目の前の少女の口を借りた、何か別の者からの問いのように感じられた。

 リオは自分の心に響いたその問いを聞いた後、パッセの顔を見つめ返して頷いた。


「はい」


 パッセはしばらく考え込んでいたが、やがて茶色の瞳を嬉しそうに輝かせ、リオの手を取った。


「リオ、私、リオのことを応援するわ」

「応援、ですか?」


 戸惑ったようなリオの問いに、パッセは大きく頷く。


「女の子同士で恋、って言うのはよくわからないけれど、でも、でも、レニとリオのことは分かるの! 二人を見ていると、男とか女とかは関係がなくて、お互いがとっても大事で、代わりがいない存在なんだって」


 パッセは、両手でとらえているリオの白い手をさらに強く握りしめた。


「レニもそのうち気付くわよ。故郷の鈍感でとんまな護衛なんかより、リオのほうがよっぽど素敵で、自分のことを考えてくれているって」

「『故郷の鈍感でとんまな護衛』?」


って誰のことだ?

とリオが考えるよりも早く、パッセは情熱に満ちた声で叫んだ。


「リオ、離れ離れになっても、一緒に真実の愛のために頑張りましょう! 私には分かるの。レニにはリオしかいなくって、リオにはレニしかいないんだって。きっと二人は真実の愛で結ばれた運命の相手なんだって!」

「はあ……」


 パッセが高らかに謡う「真実の愛」「運命の相手」という言葉に、リオは困惑したように白い頬を赤く染めて顔を伏せた。

 そうして、それだけではない何かで小さく微笑んだ。



31.


 十二月の半ば。

 レニとリオ、コウマは、クシュナとパッセに見送られて、ひと月ほど滞在したゲインズゲートを後にした。


 三人は、裏地のついた厚手の毛皮の防寒具、帽子、手袋をつけ、マントの衿を立てて顔を覆い、街で雇った四頭のカリブーが引く橇に乗る。

 コウマは御者の隣りに座り、レニとリオは後部座席に並んで座る。

 冷たい真冬の空気の中、レニとリオはピタリと体を寄せ合った。


「ユグってどんな場所だろう、楽しみだね、リオ」

「はい、レニさま」

「おい、出発するぞ。走っている間、風が凄いからな。顔はちゃんと隠しておけよ」


 コウマが振り返り、二人にそう声をかける。

 御者が出発の声を上げると同時に、橇が走り出した。

 レニとリオは橇に体を揺られながら、毛布の中でしっかりと手を握り合った。


★次回

レニとリオは、コウマと共に温泉がある村にしばらく滞在する。


第五章「神さまの村」(温泉編)

第64話「魂の恵み」

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