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第57話 叔父と姪

21.


「お前っ……、どうしてここに?!」


 滅多に皮肉の色が消えないオズオンの声が、衝撃と驚愕でひび割れる。

 それほどその声はオズオンにとって馴染みが深い、それゆえに予想外のものだった。


 しかし。

 さすがに大陸を統べる権力を手中にしている人間だけあり、オズオンはすぐに平静さを取り戻した。

 内心はどうあれ表向きは余裕を装い、喉に当てられた刃が目に入っていないかのように足を組み直す。


「驚いたな、チビ」


 相手に対する悪意と軽視を隠そうともしない口調で、オズオンは言った。


「お前がここにいるってえことは、後宮に引きこもっている元女帝の王妃殿下は影武者ってことか」


 オズオンは状況と、それに気付かなかった己自身の両方を馬鹿にするように笑う。


「お前が俺を死ぬほど憎んで嫌っていることは知っているからな、俺の前に顔を出さないこともあるか、としか思っていなかったが……ハハハッ! 信じらんねえ、まんまと騙されたぜ。よりにもよって赤毛のチビに出し抜かれるとは、俺も落ちたもんだ」

「叔父さん、私は叔父さんとお喋りをしたいわけじゃないんだ」


 レニは、そらされたオズオンの喉に当てた刃に、わずかに力を込めた。

 骨ばったオズオンの喉に血の玉が生まれ、肌に筋を描くようにゆっくりと流れ落ちる。

 オズオンは言った。


「おいおい、エウレニア、祖父じいさんの次は叔父殺しかあ? 気に食わねえってだけで親族を殺して回るのは、感心しねえな」


「リオを返して」


 オズオンの揶揄まじりの言葉を、レニは強い口調で遮った。

 オズオンは一瞬、状況も忘れて、怪訝そうに眉をひそめる。


「リオ? 何を言っているんだ? アイレリオが死んだのは、五年も前だぞ。今さら何を……」


 レニはオズオンの疑問には答えず、黙っていた。

 案の定、オズオンはすぐにレニが「リオ」と呼んだ人物が、レニの兄アイレリオではなく、別の人物を指していることに気付いた。

 自分の推測がにわかには信じられないように、オズオンは視線のみを背後に向けた。


「はあっ? まさか……お前が、あのお姫さまを連れて逃げたのか? おいおいっ、冗談だろ?」


 にわかに。

 オズオンの口から、咆哮のような爆発的な嘲笑がほとばしった。

 もし、喉元にナイフを突きつけられていなければ、腹を抱えて笑ったに違いない。


「傑作だな。王妃さまが王さまの愛人をかっさらって逃げたのかよ! お前の旦那は知ってんのか? 知るわけねえよな、生き恥もんじゃねえか! 

 しかし何だって……、おいチビ、お前、まさか、あの男妾おとこめかけに惚れでもしたのかあ?」


 問いに対する沈黙が、オズオンの笑い声を一段と大きくする。


「信じらんねえっ! お前みてえなチビガキが旦那の妾を略奪するだけでも笑えんのによ! あの男娼野郎、男として役に立つのかよ! さっき味を見た限りじゃあ、女としては大した淫売だった……っ!」


 毒々しい悪意と嘲りに満ちたオズオンの哄笑が、不意に途切れる。

 喉に加えられた強い衝撃が気道を塞いだ苦しさに、オズオンは喉を抑え激しく咳き込んだ。


 ナイフの柄でオズオンの喉を強く突いたレニは、苦しさのあまりに目から涙を流す叔父の姿を、冷然と見つめた。


「叔父さん、伝え忘れていたら申し訳ないけれど、私は叔父さんのことが嫌いなんだ。特にその下品な笑い声が」


 レニは呼吸がうまく出来ず喘ぐ叔父の黒い髪を掴み、再び仰向かせ、先ほどよりも深く刃を当てた。

 オズオンは、何とか呼吸を整えた後、かすれた声で言った。


「こんなことをして、どうする気だ? 俺を人質にしたって、あのお姫さまを連れては逃げられねえぞ」

「叔父さんを人質にしようなんて思っていないよ」


 レニは素っ気なく答える。

 瞬間、強い力が加えられ、オズオンの喉から血がさらに溢れ出す。


「リオを返さないなら、叔父さんを殺して取り戻す」


★次回

第58話「叔父と姪(承前)」

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