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第29話 夜の中で

6.


 灯りが落とされた暗い天幕の中では、あちこちに人が横になっており、寝息が聞こえてくる。


 レニとリオは、いつも通りひとつの毛布にくるまって横になった。

 秋の気配が深まってきた今の時季は、夜になれば火の気のない場所ひどく冷える。地面からも冷気は入って来る。

 外気から身を守るためには、同行者と身を寄せ合って眠る必要がある。


 いつもはそう自分に言い聞かせ、リオと密着している部分に殊更意識を向けないようにしている。

 だが、今日は何故か妙に自分を抱く腕の力の強さや身体に触れている部分の熱さがはっきりと感じられ、意識から追い出すことが出来ない。


 レニさま……。


 後ろから身体を抱く、リオの手に力がこめらる。

 耳元で吐息を漏らすような声で囁かれると、体の内奥に火がつけられ内部から体の芯をジリジリとあぶられているように感じる。


「り、リオ……その……っ」


 片手で顔を横に向けさせられ口づけをされそうになり、レニは顔を赤らめて視線を逸らす。

 リオは動きを止めた。

 だがそれは一瞬のことだった。

 小柄な身体を抱く力をいっそう強くし、レニの手を取って指先を甘く噛んだ。

 レニは毛布の中で体を震わせ、慌てたように小さな声で言う。


「リ、リオ、だ、駄目。声が……出ちゃう……」


 リオは指を含んだまま、闇の中で妖しく光る瞳でレニの顔をジッと見つめた。


「……レニさまの声が聞きたいのです」

 

 私だけが聞く声が。


 リオの言葉に、レニは困惑したように身を縮める。

 自分の身体を辿るリオの指の動き、唇の動きは、レニにこれまで感じたことがないような心地よさを与えてくれる。

 そのことが時々、どうしようもなく恐ろしくなる時がある。

 何故だろう?

 リオのことをとても好きで、好きでたまらないはずなのに。

 リオが自分に心の底から尽くしてくれている、自分にとって苦痛なことをしないことはよく分かっているのに。

 自分を優しく抱きしめる腕が、逃げ場のない牢獄のように感じられる。


 レニさま。

 これは何もおかしなことではないのです。


 リオが優しく自分の身体を愛撫し、とろかしながら囁く。


 私は、このようにしてあるじに仕えるために存在するのですから。


 リオの形のいい色鮮やかな唇が、レニの耳にそっとつけられ、優しく耳朶をなぞりながら言葉を紡ぐ。


 私はこうして、レニさまのお心やお体を安らかにするためにいるのです。

 レニさまが私の腕の中で、甘い心地良さを味わい、体を蕩けさせ、英気を養い回復させることが私にとっては喜びなのです。


 レニはリオの腕の中で身をよじりながら、どこか怯えた声で言った。


 でも……私は、その……リオに、こういうことをして欲しいわけじゃ……。


 そこまで言いかけて、レニは小さく声を上げて言葉を途切らせる。

 リオに触れられるたびに、全身に電流が流れるように細かい震えと刺激が走る。

 リオは、レニの身体に指や唇を滑らせながら微笑んだ。


 何も後ろめたく思う必要はございません。


 表情を識別することさえ出来ない闇の中で、リオは囁いた。


 私は人ではなく、ただのモノなのですから。

 恥ずかしがる必要も、お気になさる必要もございません。

 何も考えず、ただ快楽だけを感じとって楽しんでよろしいのです。


 リオはレニの赤みを帯びた髪を、優しくかき分ける。レニの姿をじっと見つめる瞳は、翡翠の輝きが強い。


 レニさま、あなたの声も表情も、本当にお可愛らしい……。

 私は、あなたさまだけのモノでございます。

 そして、あなたは私だけの……。


(リオ、何だか怖いよ)


 レニは弛緩させられた意識の中で、ぼんやりと思う。

 リオはいつも通り優しくて、いつも通り綺麗で、いつも通り私のことを思ってくれているのに。 

 何だか、私のことをバラバラにして壊したいんじゃないかって思うときがあるんだ。


★次回

第30話「男ではない」

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