第28話 嫉妬
コウマはそんな二人の様子にも気付いた風もなく、得意げに鼻を膨らます。
「お前みたいなお子さまには、ちょいと早すぎたかな? その点、リオは、男が寄ってきて仕方がねえだろう」
コウマの言葉に、リオは礼儀だけでできた冷たい声音で答える。
「私は、レニさまにお仕えすることが唯一の務めです。他の何かに、いくばくかでも心を割くことはございません」
「かあ~! たまんねえな。そのつれなさ、冷たさ! 踏まれてえ~」
コウマは楽しげに天を仰ぎ、レニのほうを向いた。
「レニ、お前、こんなに完璧な手本が側にいるなんて恵まれているぞ。リオが踏む地面の敷石になってもいい、いやむしろなりたいって言う男なら掃いて捨てるほどいるだろうよ。お前も少しは見習えよ」
「見習えって言ったって、私はリオみたいに美人じゃないもの」
多少残念に感じるありのままの事実を述べるように、レニは言った。
その瞬間リオが顔を上げ、レニのほうへ青い瞳を向けた。
何度か口を開きかけては、何かに引き戻されるかのように力なく閉じることを繰り返す。
ようやく思い切ったように声を出しかけた瞬間、コウマがリオの様子などまるで気付いた風もなく、陽気な声で続けた。
「持って生まれたものは仕方ねえよ。第一、リオみたいな美人は早々いねえよ。女神さまみてえだからな。リオは別格にしても、女だって面よりは心意気だ。男と同じさ。女だって魂を磨き抜いて、いい女になるんだぜ」
「心意気? 心意気さえあれば、美人じゃなくてもいい女になれるの?」
レニは我知らず一瞬だけリオのほうへ視線を向けようとしたが、何かを恐れるかのように慌ててコウマのほうを向く。
「そ、その……いい女になれば、す、好きになってもらえるかな? 私みたいにそんなに美人じゃなくても? 相手が、私よりもずっと素敵な人でも……」
「当ったりめえよ。いい女ってえのは顔形じゃねえ。そりゃあ、ま、美人であるのに越したことはねえがな」
コウマの言葉に、レニは身を乗り出した。
「ほんと?! 私でもなれるの? い、いい女に」
「なれるなれる」
適当に安請け合いをしてから、コウマはふと身を乗り出しているレニの顔をまじまじと見て笑った。
「お前、そんなに悪くねえよ。ちいっと童顔だけどな。けっこう可愛い……」
「レニさま」
不意に静かな、だが断固とした響きを帯びた声が、コウマの言葉を遮った。
コウマはやや意外そうに口をつぐみ、レニは慌てたように声の主のほうを向く。
リオはレニの背後に寄り添うように膝をつき、肩越しに声をかける。
「もう、御寝されるお時間です」
「えっ、もうそんな時間?」
これからが重要なのに、とレニは心残りそうにコウマのほうにちらりと目を向ける。
コウマは何かひどく不思議なものでも見るような表情で、穴が開くほどレニのすぐ後ろにいるリオの顔を眺めた。
リオは空気を張りつめさせるようなはっきりとした声音で言った。
「はい、もうだいぶ遅いです。参りましょう」
「う、うん」
有無言わせないリオの口調に、気圧されたようにレニは頷く。
呆気にとられた表情をしているコウマと、考え深そうな顔つきをしているソフィスに言葉をかけると、二人は連れ立って家族連れ用の天幕に向かった。
コウマは立ち去る二人の後ろ姿が、夜の闇に溶け込むまで眺めていた。
「何だ、ありゃあ。リオの奴、まるで別人みたいだ……」
ひどく驚いたように口の中で呟くと、ハッとしたようにソフィスのほうへ黒い瞳を向けた。
「爺さん、あれ、リオだったよな? 大丈夫か? 何かにとり憑かれた、とかじゃねえよな?」
我知らず体を震わすコウマに向かって、ソフィスは厳かな口調で答えた。
「怒っていたように見えたがな」
「ええっ?! 何でだ? リオが怒るようなことなんか何も……」
コウマは戸惑って眉をしかめたが、不意に何かに思い至って顔をにやけさせた。
「もしかして、俺がレニとばっかり喋っていたからか? 参ったなあ。リオの奴、俺と話したかったのかあ」
「言ってくれりゃあいいのに」とだらしなく表情を緩ませるコウマを見て、ソフィスは何も言わずに笑った。
コウマはニヤニヤと笑いながら、言葉を続ける。
「そっかあ、リオの奴、俺にまんざらでもねえんだな。いやあ、さすがの俺もあんな美人には遠慮しちまっていたんだが、そうか、リオの奴、俺のことがね」
コウマは笑っているソフィスのほうを向く。
「爺さん、あいつ、どれくらい俺のことが気になっているのかな? 爺さんから見てどうだ? いけそうか? ああ、こんなこと爺さんに聞いても仕方がねえな。今ごろ、レニに向かって焼きもちやいていたりしてんのかな、くそお、そういやあ妙に俺に冷たいと思っていたんだよなあ、焼きもちかあ。クールに見えて、可愛いところ、あんじゃねえか。くうううう、たまんねえっ」
「当たらずと言えども遠からず、だがまったく当たっていないようでもある」
「はあ? 何言ってんだ? 爺さん。これは爺さんお得意の禅問答じゃないんだぜ、恋だ、恋。色恋。
はあああ、リオ、そうかあ、あいつが俺をねえ。俺が余りに鈍感だから、きっとこれまでもさんざん枕を涙でぬらしていたんだろうなあ」
「まあ、そうかもしれんな」
「はああ、リオぉ」
コウマは胸に手を当て、感無量と言った様子で呟く。
二人はそのあとも、夜の闇の中に灯る温かい火にあたりながら話し続けた。
★次回
第29話「夜の中で」




