第27話 恋と夢
4.
隊商は、夜になると適当な場所で野営をする。
人々は手持ちの食事を食べるか、商人に金を払い、火のそばで食事にありつく。そうして張られたテントの中か荷台の上で、眠りにつく。
朝、定刻になると立ち退く準備をし、再び隊列を組んで出発する。
5.
レニたちは、いつも通り「海鳩亭」で詰め込んでもらった、日持ちのする薫製の肉や魚、乾燥させた豆やパンで食事をする。腹がいっぱいになると、火の側でソフィスやコウマと話をして過ごす。
大抵はレニが昼間見聞きした出来事を話すか、コウマが適当な調子で旅の話をする。
これから行く街に自分に惚れ込んでいる馴染みの女の子がいる、というコウマの自慢に、ソフィスが楽しげに口を挟んだ。
「若いうちはたくさんの恋をしたほうがいい。軽くても深くても、遊びでも本気でもな。恋は魂を削る。夢は魂を磨く。削られ磨かれることで、魂は純度と強度を高めていく」
「誰の言葉だよ、それ」
「私のだよ。大学者ソフィスのだ」
楽しげに笑うソフィスの言葉に、レニは大きな瞳に好奇心を浮かべて身を乗り出す。
「恋は魂を削って、ええっと……夢は魂を磨くの?」
「いんちき学者のソフィス爺さんも、たまにはいいことを言うな」
レニの言葉にソフィスが答えるよりも早く、コウマが声を上げた。
「いいか、レニ。お前みてえなお子さまにはわからねえだろうけどな、女っていうのは、特にいい女って言うのは、男を踏みつけるように出来ているんだよ」
「踏む?」
驚くレニの声に、コウマは得意げに頷く。
「いい女は、そいつ本人が男を踏むつもりがなくても、存在が既に男を踏んでいるんだ。そういう女に踏まれるのが、男にとっちゃあ無上の喜びなんだ」
「踏むつもりがなくても……踏んでいる? 存在しているだけで? コウマはその人に踏まれるのが嬉しいの?」
レニの懐疑的な眼差しなど気にも留めず、コウマは話を続ける。
「いいんだよ、女はいくら男を踏みつけてもな。男っつうのは、自分がこいつだ、と思って惚れこんだ女にはいくらでも踏まれて構わないんだ。女は、男を踏むためにいるような存在だからな」
「私は踏まないよ」
「物の例えだよ、た、と、え」
「コウマは哲学者だのう」
ソフィスが横からおかしそうに言う。
コウマは、レニのほうへ身を寄せ、両手を振り回しながら言った。
「でな、こっからが大事だ。お前は、そのお前に惚れこんだ……いささか奇特な男だろうけどな、お前はそいつには何をしてもいい。何せ、そいつはお前に惚れこんでいるんだからな。お前が何をやらかしても、そいつのことを気づかずにちょっくら踏んずけちまっても、女神さまみたいにお前を崇めるだろうよ。そいつがまともな男ならな」
コウマは少し息をついて、黒い瞳を炎の灯りできらめかせた。
「だがな、お前がいい女になりたいなら、何があってもそいつの夢は踏んじゃいけねえ」
「夢?」
「おうよ」
レニの言葉にコウマは胸を張る。
「さっきソフィスの爺さんも言ってただろ、恋は魂を削る、夢は魂を磨く。恋と夢。それが男を作る。どっちが欠けても駄目だ。男には、渇望が必要なんだよ。見果てぬ夢。男はこいつを食って生きている。
お前は、お前に惚れた男には何をしてもいい。お前は一生そいつを、尻の下でも足の下でも好きなところにひいときゃいい。でもな、夢っつう食い物だけは取り上げちゃいけねえ。馬鹿にしても貶めてもいけねえ。男はそれで生きているんだ」
レニは、うまく話が飲み込めないためにどう文句を言っていいのかわからない、とりあえず反応するといったていで、「ふうん」と呟いた。
「女だってそうだよ? 私にだって夢はあるもん」
「女のことは俺はわからんけどよ、男は惚れた女が相手なら、夢だろうが何だろうが、全部含めて守ろう、かなえようとするよ。惚れた相手であるお前が右に行きたいって言えば、言われた途端に右に走っていって、余計なものがないかどうか頼まれなくても片付けに行くのが男ってもんだ」
「そうなの?」
「そうさ。それで自分が必死こいて整えた右の道を、お前が何の不自由もなく楽しそうに歩いている姿を見るのが、そいつの無上の喜びなんだよ。お前はニッコリ笑って、嬉しい、ありがとうとだけ言っときゃいい。
その代わり、そいつがお前に自分の夢について話し出したら、アホみたいな寝言だろうと、聞いたこともねえような法螺話だろうと、耳クソをかっぽじたくなるような戯言だろうと、この世で一番価値があって尊いことについて聞かされているっていう顔をしなきゃ駄目だぜ」
「うん……」
レニは僅かに頬を染めて、ちらりと隣りに座っているリオのほうへ視線を走らせる。
リオが気付いて視線を動かすと、慌ててコウマのほうへ目をそらした。
リオの表情が暗い翳りを帯びた。
★次回
第28話「嫉妬」




