第86話『Morning Before the Guests』宴の準備
珍しく部屋のドアがノックされ、玲音はハッと目を覚ます。
夢の中で何かを発しようとした言葉は、もう見つからなかった。
――妙な……夢だったな……
小鳥のさえずる声をバックに、相も変わらずふざけた表情でこちらを見つめる等身大の " ET " の姿が、これから訪れる日常を知らせる。
「フフッ……おはよう。今朝も変わりなく、ご機嫌なようだ」
玲音はゆっくりと起き上がる。
「今日は賑やかな友達がたくさん来るぞ。良かったな、みんなお前の虜になるだろうからさ」
玲音はベッドから離れ、ガチャリとドアを開ける。
しかしそこにはもう誰の姿もなく、廊下の遥か向こうのジェンミの部屋の前で、二人が話しているのが見えた。
「あ、玲音! おはよう」
有紗が爽やかに微笑みかける。
「今日はよろしくね! 今から準備を始めたいから、先に起きてもらってた方がいいかなと思って」
有紗の隣でジェンミが皮肉な笑顔を送る。
「昨日ボクらで散々手をかけて食事の仕込みをしたんだからさ、レオも盛り付けぐらいは手伝ってよね?」
「ああ、分かったよ」
バタバタと階下に降りていく彼らを見送ってから、玲音は一旦ベッドサイドに戻り、そこに待ちぼうけを食らっていた " 彼 " を連れて再びドアに向かう。
いつものように特大のETのぬいぐるみを小脇に抱えたままゆったり階段を降りて行くと、定番のごとく二人の笑い声が聞こえてきた。
「あはは……」
「ああよかった。今朝もまだ笑ってるなら、俺も報われるって話だ」
「ちょっとレオ! なんで罰ゲームみたいな気持ちになってんのさ」
玲音は眉を上げる。
「は? どう見たって罰ゲームだろうが!」
「解ってないなぁ。もうこれからレオは彼なしでは生きていけなくなるんだよ?」
「ジェンミ……お前なぁ! なんて恐ろしいこと言うんだ!」
玲音は気味悪そうな顔で睨んだ。
「今にわかるよ」
そう言いながら、ジェンミはまた笑う。
気を取り直して玲音はダイニングを見回した。
「で? どこまで進んだんだ?」
有紗がにこやかにトングを振りかざす。
「食べ物の準備は完成! もうあとは綺麗に盛り付けるだけだから、彼らが来る時間に間に合わせるわ。先に朝食にしましょう」
三人と一体はテーブルを囲んで、ナッツとフルーツのグラノーラで手っとり早く朝食をとった。
「じゃあ玲音には、テーブルのセッティングを担当してもらっていいかな?」
「Okay」
玲音はバッと大きなテーブルクロスを広げ、中央にビビッドなセンターランナーをかける。
そして予めメイドにオーダーしておいたアイテムを一つ一つ見定めながら、丁寧にセッティングし始めた。
センスのいいグラスやカトラリーが、等間隔で美しく並べられ、ブリリアントな空間を生む。
小ぶりのピルスナーグラスを手にした玲音は、なにか思い付いたように窓の外を見つめた。
「ちょっと庭に出てくる」
そう言って玲音は勝手口から表に出た。
降り注ぐ光は強くとも、風は幾分涼しく、爽やかな朝を感じる。
木陰を通り抜け大きな壁に伝うアイビーの若芽を数本手折ってから花壇に向かい、そこに観賞用として植えてあるフロリダ・ローズの赤い実がついたままの茎を幾つか摘む。
「これでよしと!」
プールサイドまで歩き、足先で水温を確認した。
そこに配置してあるテーブルやチェアなど一つ一つ確認をしながら、玲音は一番端のリクライニングチェアにどしっと腰をかけた。
「うん、ほぼ完成だな」
今日はこの家にウォーレンファミリーを招待していた。
有紗の親友の司が子供達を連れてやってくる。
彼らが賑やかに戯れる姿を想像しながら微笑んだ。
ふと先日のジェンミの言葉がよぎる。
あらゆる有紗の気になる行動について、直接司に聞いてみると言っていたジェンミの思惑に不安を覚える。
そこまで言うのには、きっとわけがあるような気がした。
話を聞いている中でも幾つもの疑問が出てきたのは確かだったが、自分もまだ知らされていないような何かが、ディズニーワールドの旅の中で、あったのかもしれないと思う。
玲音はさっと立ち上がると踵を返してリビングへと戻っていった。
「おかえりレオ! 外のセッティング、ご苦労さま」
ジェンミに声をかけられ、ハッと我に返る。
「あ、ああ……まぁ久しぶりに遊んでもらえたらプールも喜ぶだろうよ。外の準備は出来た」
そう言いながらピルスナーグラスに水を注いだ玲音は、摘んできたアイビーとフロリダローズを格好よくグラスにさしてテーブルに置いていく。
「さすがだね! センスが光ってる」
ジェンミの言葉に、テーブルに視線を移した有紗が目を丸くした。
「ホント素敵! 玲音ってインテリアコーディネートも出来るのね?!」
ジェンミが大袈裟に胸を張る。
「そりゃあ何と言っても世界的な有名ブランド『ランドルフ』の御曹司ですから!」
「チッ! てめぇ! いじってんじゃねーよ」
「はぁ? マジで褒めてるんだって! 素直に受け取りなよ」
「お前の見え透いたお世辞に踊らされてたまるかよ!」
「全く、困った家主だよね!」
そう言ってジェンミはE.Tの頭にポンと手を置いた。
「ふふふ」
「おい!! また笑い始めるんじゃないだろうな?!」
睨まれた有紗は肩をすくめながら口に手を当てる。
「ったく! どいつもこいつも!」
玲音がディスプレイしたテーブルウェアに、有紗とジェンミが料理を並べ、一息ついたところで玄関チャイムが鳴った。
「Nice timing! 」
第86話『Morning Before the Guests』宴の準備 - 終 -




