第52話『The Shape of a Family』親密な家族
ランドルフ邸の少し遅い朝を迎えた玲音とジェンミは、フロリダの強い日差しが燦々と降り注ぐリビングに目を細めながら、向かい合ったダイニングテーブルで優雅にコーヒーをすすっていた。
昨夜は有紗の親友の司・ウォーレンの邸宅に招待され、開放的かつ優雅な晩餐を楽しんだ。
コーヒーカップをソーサーに戻しながら、ジェンミは天井を見上げるように呟く。
「いやぁ……ホントに、いいよなぁ……」
玲音はカップを持ったまま動きを止めた。
「あのさ……お前、さっきからそればっかだけど、当のウォーレン氏の前では、ゴリゴリのビジネストークに花を咲かせてたじゃねぇか」
「ははは、まぁね。久しぶりに社会人モード入っちゃってさ。ウォーレン氏さ、アパレルほど、米国の市場調査や研究が必要な製品カテゴリーはないって言ってたよね?」
「ああ。アパレルは、言わば嗜好品だからな」
「うん。これだけオンライン購入が主流になると、やっぱりネットで気軽に買いにくい『ランドルフ』や『ウォーレン』みたいな老舗の高級ブランドはどうしても不利だよね。スポーツブランドほどのニーズがある訳じゃないし、やっぱり手は出しにくいかもなぁ……」
「まぁ、時代に合わせたマーケティングが必要だって、改めて思ったな。ウォーレン氏は今時の感覚を持ってるから、アイテムの展開ももう始めてるって言ってただろ?」
ジェンミが嬉しそうに身を乗り出す。
「それなんだけどさ! 思い出したんだよね!」
「なにを?」
「日本で知り合った女の子達がさ、何人も『ウォーレン』ブランドのチーフやチャームとかの小物を持ってたな、って」
玲音が不敵な笑みを浮かべる。
「まさか " 女遊びもリサーチの内だ " なんて言うんじゃないよな?」
ジェンミは頬を膨らませて抗議する。
「言葉が悪いなぁ! ちゃんと役に立ってるじゃん!」
「わかったって! まぁ、手を出しやすい価格帯のアイテムを『ウォーレン』も展開してるってわけか……『ランドルフ』にも必要な感覚だな」
「だね! 話から推察するに、かなり儲かってるイメージだったし」
玲音は呆気にとられた表情でジェンミを見た。
「お前! フランクに話しながらそんなこと考えてたのか!?」
ジェンミはペロッと舌を出す。
「そりゃそうさ、せっかくお近づきになれたんだから、そこはしっかりヒヤリングさせてもらわないとね?」
「フン、ちゃっかりしたヤツだ」
「ね? 頼りになるだろ?」
肩をすくめながらも、玲音はやむ無く頷いた。
「にしてもさぁ……一本数百ドルするワインを何本も開けて……」
玲音が口角を上げる。
「ああ、いいワインだった。上質のワインは悪酔いしないからな」
そう話をしている二人の頭上から物音がした。
音の方向を確認した玲音が、大きく溜め息をつく。
「ああ……例外が一人いるぞ。庶民はあのワインですら二日酔いになるらしい」
有紗が頭を押さえながらフラフラと階段を下りてきた。
視線を上げたジェンミは、手すりを握りながらキッと玲音を睨む有紗に声をかける。
「おはようアリサ。大丈夫?」
「おはよう……ええまぁ」
玲音は腕組みをしながら、溜め息混じりに吐き捨てる。
「まぁ、仕方ないだろうな。司が散々止めたのに、強行突破してこのザマか?」
有紗はそろそろと歩きながら不思議そうに首をかしげた。
「強行突破……? なんだっけ?」
「ほら! これだ! 覚えてないのか? ずっと司に怒られてただろうが!」
ふんぞり返って座る玲音の向かい側の席に、有紗はそっと腰を下ろしながら、なんとか思い出そうと目を細める。
「あ……えっと、断片的だけど……覚えてる……かな? でも、なんで叱られてたんだろ?」
「プッ! あははは」
ジェンミがたまらず吹き出した。
玲音は依然、腕組みをしたまま呆れ顔で言った。
「ったく、さすが親友の読みは正しかったな。限界値に達したと判断したか」
「ん? それは……どういう……?」
「ふふっ。アリサ、何度もボトルに手を伸ばしてさ。その度に " もうワインはダメ! " って司に怒られてて……もう、あのやり取りがおかしくておかしくて、あはは」
「あ……思い出した!! そうそう、司ったら、全然おかわりくれないんだもん」
玲音がすかさず突っ込む。
「はぁ?! 当たり前だろ! 飲みすぎるなっていつも言ってんだろうが!」
「え……でも私そんなに……」
「いいや! 飲んでた!!」
声を荒げた玲音から身を離すように、今度は有紗が椅子の背もたれにのけぞった。
「わ……なんだか今ので、昨夜の司がフラッシュバックした! こわーい!」
「やめろ! 俺じゃねえっつの!」
「あはは」
微笑んだジェンミが、またふんわりと空を見上げた。
「あーあ」
そのほのぼのとした表情を、となりの有紗が不思議そうに覗き込む。
「どうしたの? なんか……ジェンミ、今朝は雰囲気違わない? もしかして具合悪いの? 昨日飲みすぎたとか?」
「飲みすぎたのはお前だけだろうが!」
すかさず突っ込む玲音に、有紗はムッとする。
「そうだけど! ……なんかその言い方ムカつくわね!」
「いや……家族ってさ、ホントいいもんだよね」
「へっ?」
うっとりとさえ見えるジェンミの横顔に戸惑いながら、有紗は玲音と視線を合わせた。
「コイツ、さっきからこればっかでさ」
玲音がお手上げといわんばかりに両肩をすくめる。
「ウォーレン邸から帰ってからずっとこの調子だ」
「そ、そう……どうしたんだろ?」
「家族団らんって感じでさ、笑顔が絶えない空間なんだよ。賑やかなのに、どこか温かくて、和やかでさ……ああいう感じ、すごくいいなぁって」
独り言のような口調で話すジェンミを、玲音は指差す。
「ほーら。" いいないいな " の一点張りだ」
「へぇ……」
ジェンミは気にする様子もなく、テーブルに両ひじをついて、有紗にスッと近寄った。
「家族って色々な形があるだろう? そんな中でも、あの夫婦って理想の家族像だと思うんだよね。三人の子供たちもかわいいし、頼もしい。団らんっていうのはああいった時間のことを言うんだなって、なんだかわかった気がするんだ」
相槌を打ちながら、有紗はジェンミの幸せそうな表情を見て頬がほころんだ。
「そうね、確かに! 司が幸せな結婚生活を送ってるのを、私も初めて自分の目で確かめたようなもんだったから、嬉しかったわ」
「そっか! そうだよね!」
ジェンミがすくっと姿勢を正す。
「ねぇ有紗はさ、女性としてやっぱりああいった家庭を築くことが、将来の夢だったりするの?」
突然、軌道が変わって有紗は困惑する。
「え?! うーん……そうね……私の場合は……」
「アリサってさぁ、結婚を考えたことある?」
「け、結婚?!」
質問を畳み掛けるジェンミに、また玲音が口を挟んだ。
「おいおい! 今は日本じゃそういったこともコンプライアンスに引っかかるんだって、お前が言ってたんじゃなかったか?」
「あ……確かに……ごめんねアリサ」
「ううん別に……」
有紗はまじまじとジェンミを見つめる。
いつもはスマートで、周囲を翻弄しながらリードしていく彼が、気負いのない姿をみせたことが新鮮に映る。
有紗は、ジェンミの素顔に初めて触れたような気持ちになった。
「ジェンミ、じゃあまた遊びに行くって、司に言っとくわね!」
「うん! 是非! 今度は子供たちにどんなプレゼントを持っていこうかな」
「そうね。今度はアウトドアなお土産がいいかも?」
「確かに! 司も含めてゲームに夢中になってたから、あのままじゃ危ないかもね!」
「ふふふ、ホント!」
玲音が深く溜め息をついた。
「お前らのその " 女子っぽいノリ " はなんとかならないのか?」
「そうだ! レオはウォーレン氏とチェスの約束をしてたよね?」
「聞いちゃいねぇ……ああ、そうだったな」
有紗がこめかみに手をやる。
「チェス? そう……あ、ねぇ、麻雀の話はしてなかった?」
「え? どうだったかな……なんで?」
「ウォーレン氏ね、麻雀はいつも司に負けてばかりだから強くなりたいって、ずいぶん昔だけど言ってたことがあってね」
玲音が肩をすくめて言った。
「うわ……司、何気に麻雀、強そうだよな?」
「ふふっ、なにそれ! どんなイメージ持ってんのよ!」
「じゃあボクが手腕を振るわなきゃ」
「え! ジェンミって麻雀も出来るの?」
「うん、そういうの得意だよ」
玲音がジェンミの肩に手を置いて言う。
「ああ。ポーカーもバカラもな。コイツは人を操ったり煙に巻くゲームはお手のもんだから」
「なんか嫌味に聞こえるんだけど?」
不服そうな顔のジェンミの肩を、玲音はままあまあと言わんばかりに軽く叩いた。
「いつもファシリテーションスキルを褒てやってるだろ。そういう事だ」
ジェンミと有紗が眉を上げて目配せをしたところで有紗のスマートフォンが鳴り始めた。
画面を見た有紗は慌ててテーブルの上に手をやる。
「ごめん、ちょっと失礼」
そう言ってスマートフォンを耳に当てたまま階段を上っていた。
「おいジェンミ! さすがに結婚とかの話は……ちょっと踏み込みすぎじゃないのか?」
「そう? 単なる話の流れだって。ねぇ、あのアリサの様子じゃあさ、そういう相手もいたのかなって、ちょっと思わなかった?」
「だから! なんでもかんでも距離詰めりゃいいってもんじゃないだろう? 共同生活してるんだから、プライバシーはちゃんと守れよ」
「はーい。確かにそうだけどさぁ……なんかレオに言われちゃうとショックなんだよね」
「は?! それどういう意味だ! 人のことデリカシーがないみたいな言い方するな!」
「ははは、わかったって! 肝に命じるよ。ちゃんと気を付けてないと、ボクの気持ちが流れ出ちゃいそうだから」
「は? なんだそれ、どういう意味……」
今度はジェンミのスマートフォンが鳴る。
その場で電話に出るジェンミの横を、有紗が物音をたてないようにそっと通り抜けて座り、会話が終わるのを待った。
「朗報だよレオ! 『矢神ホールディングス』のフロリダ支社から、お呼び出しだ。これでレオのニート生活も緩和されそうだよ」
「そうなの?」
「ま、依然、車の後部座席で " おねんね状態 " だけどね」
そう言ってジェンミはからかうように玲音を仰ぐ。
「なら、なんも変わってねぇじゃん」
「そうだけど。でもさ、フィリシアにバレたくないのはレオの勝手な都合だろ?」
玲音は悔しそうにうなだれた。
「で、アリサの方は? 誰からだった?」
有紗はチラッと玲音を見る。
「あ……翼さんがね、私に会わせたい人がいるからって。ランチに誘われたの」
「へぇ、レオママかぁ。ボクも随分会ってないな。そのレオママにアリサが毎日のように会ってるっていうのが不思議でならないよ。レオもそう思うだろ?」
「そりゃそうだ」
玲音の言葉に、有紗は少し俯いた。
「ところで誰なんだろうね? 会わせたい人って。アリサ、心当たりは?」
有紗は自分のカップを片付けながら、首を横に振った。
「それが……全く」
「そっか。ねぇ、今からもう出掛けるの?」
「ええ、ちょっとランチには早いけどショッピングに付き合ってって、翼さんが……ダウンタウンに行くわ」
「じゃあボクがクレマチスストリートまで送ろうか?」
「ううん、翼さんとハイヤーで行くの。『ランドルフ』の前で待ち合わせてるから大丈夫。ありがとう、ジェンミ」
そう言って有紗は、はたと思い付いたようにジェンミの顔を見上げた。
「ちょうどいいわ! ウォーレン氏のインタビューをファビュラスに掲載する話もしたかったし、ウォーレン氏から聞いた色々な話についても、翼さんに報告してくる」
「そうか! アリサから話してもらったら『ランドルフ』の方でも色々改革を試みようとするかもしれないよね!」
「ええ。そうなるといいけど」
支度をしに二階へ上がっていく有紗を見送りながら、ジェンミがポツリと言った。
「アリサはここに一人で住んでることになってるんだよね? レオママのことを信頼してるみたいだけど、ボクらのことは言わないで大丈夫なのかな?」
玲音が片眉を上げる。
「ああ……こっちがタイミング図ってるって、アイツもわかってるだろうからな」
「そっか」
「ああ……」
そう言いながらも、重なり続ける秘密が有紗の心の負担になっているであろう事を思う。
有紗の複雑な横顔が頭に浮かんで、玲音の胸の奥がじわりと痛んだ。
第52話『The Shape of a Family』親密な家族 - 終 -




