第16話『An Unexpected Visitor』予期せぬ訪問者
有紗の目の前に座っているプラチナブロンドの美しい女性の口からは、流暢な日本語が流れ、さっきから有紗を驚かせていた。
「しかし、驚いたわよ!こっちに来たのは久しぶりだったから、懐かしさついでにこの辺りも立ち寄ってみたんだけど、そしたらこんな時間に電気がついてるし、もしかしてレオンが帰ってきたのかなって思って慌てて見に来たのよ。そしたら女がいるんだもん……てっきりレオンの新しい彼女かと思っちゃったわよ!」
「あ、あの……」
「なに?」
有紗は彼女を見つめながら遠慮がちに聞いた。
「あなたは……?」
プラチナブロンドの彼女は、眉を上げて微笑みながら言った。
「ああ! 私!? Emilyよ。Emily・heart。今はロスに居るんだけど、この近くに実家があってね。たまに帰ってくると叔母と食事をするんだけどさ、今日はNYだって言われたから」
「叔母って……ミセスランドルフのこと?」
「そう、親戚なのよ。フィリシアの妹の娘。だから日本人の血は流れてないけど、レオンとは同じ日本人学校に通ってた幼馴染みでもあるの」
「え……日本人学校に? あなたが?」
有紗はもう一度、そのゴールドの髪を揺らす美女をまじまじと眺めた。
「うん。レオンは日系だから、将来の事も考えてそっちを選んだんだろうけど、私は彼と一緒の学校に通いたくてね、必死に日本語を勉強したんだ。当時はフィリシアにも協力してもらって」
「なるほど。確かにミセスランドルフはきれいな日本語を話されるもんね」
「ええ、先生にはうってつけだったわ」
「ホント、ミセスランドルフって親切で素敵な女性よね……」
そううっとりとした表情で話す有紗を、エミリーはまたまじまじと見つめた。
「まぁね。で? あなたはその優しいフィリシアに拾われたって訳?」
有紗は自嘲的に笑う。
「あはは、一応ちゃんとビジネスパートナーとしてご一緒させてもらってはいるんだけどね。でも実際はお世話になりっぱなしだから、拾われたも同然かな?」
今度はエミリーが驚きの表情を見せた。
「え! ビジネスパートナーですって! へぇ……知らなかった。あ! でもそういえば、ついこの前フィリシアからメールが来て、late twenties向けのmagazineを集めてほしいって……そう言ってた! あれはあなたの為だったのね!」
有紗はパッと明るい顔をする。
「え、そうなの? 嬉しいわ……なんかね、ミセスランドルフと居ると、私、何となく母の事を思い出しちゃうの」
エミリーは、少しばつ悪そうに言った。
「あのさ……アリサ」
「ん?」
「さっきはキツいこと言って……ごめんね」
「ああ、いえ……私の方こそ。驚いて当然よ。それに母国語じゃないから、細かいニュアンスはわかんなかったし。大丈夫!」
笑顔で話す有紗を見て、エミリーはホッとした表情を見せた。
「そっか、よかった」
有紗は少し俯く。
「本当はね、こんなによくしてもらって申し訳ないと思ってるんだ。けど……この土地で何もわかんないから、つい甘えちゃって」
エミリーはその肩に手を伸ばした。
「フィリシアはビジネスにはシビアな人なのよ。その彼女がここまでするのなら、あなたにはそれ相応の価値があるってことなんじゃない?」
「だったら嬉しいけど……」
「大丈夫よ! それとも何か困ってることでも?」
有紗はこっくりと頷く。
「うん……そのレオンっていう人の事」
「え、レオンに……興味が?」
「ううん、そんなんじゃないけど、実はミセスランドルフは彼をこっちに連れ戻したいみたい。私が日本に居るならまだしも、ここから遠隔で会ったこともない人の事を調べるのは意外と大変で、正直、事が進まなくて途方にくれてるの。どうしたらいいんだろうって……」
「ふーん、フィリシアがそんなことを……」
「ええ。彼は日本の父親の会社でのビジネスに夢中だって。このブランドを守る人が自分の代で終わってしまうんじゃないかって……そんなふうにミセスランドルフは心配されてるの」
エミリーはおもむろに腕を組んで話し始める。
「そうね。確かに後継者がいないから問題だなって思ってはいたけど……レオンに継がせたいわけか……やっぱりそうなるわよね。そりゃ彼は優秀だから、それも納得だけど。まあでもそれなら尚更、レオンはそれを察して日本に逃げてるのかもね」
有紗がバッと顔を上げる。
「え! やっぱりそうなの? どうして継ぎたくないのかな? だって『ランドルフ』でしょ! 世界的なブランドなのよ」
「まぁそうね。でもレオンは斬新な考えの持ち主でね、古めかしい老舗をそのまま守っていくなんていう発想には、耐えられないんだと思う。昔から常に新しい事を探してるような人なの。だからきっと、今のブランドに魅力を感じてないんだと思う」
「魅力ね……」
「そう。あのお堅いイメージがなくならない限り、レオンは関わっては来ないと思う」
エミリーの言葉に有紗は肩を落とす。
「そっか……なるほど」
「それはそうとアリサ、あなたがフィリシアにビジネスを持ちかけたのよね? よっぽどのファーストインプレッションじゃないと動かないと思うんだけど……よくあなたと会ってくれたわよね」
「ええ、ホントに。私もラッキーだと思ってる。それは翼さんのお陰なの」
エミリーは納得したような顔をした。
「ああなるほど、レオンママね」
「ええ。翼さんも、そのレオンさんと同じような考えなのかもしれないけど、今のままじゃ存続が危ぶまれるから、新しい風を吹き込むのがいいって、ミセスランドルフに口添えしてくださったみたい」
「そこはさすがに親子よね。それに二人ともゆくゆくはレオンに帰ってきてほしいっていう思いもあるから、ってことかな」
「そうみたいね」
「ねぇアリサ」
エミリーは、ふと考え込むような表情を見せた。
「実際に……そう頼まれたりした?」
顔を覗き込まれて、有紗は苦笑いで答える。
「……ええ」
「Jesus…! そりゃ至難の技だわ」
大袈裟にのけ反るエミリーの姿に、有紗はとたんに不安になった。
「え……それ、どういうこと?」
エミリーは座り直して、また有紗に顔を寄せた。
「一筋縄じゃいかないってことよ! これまでだってあらゆる手を尽くしたけど、結局レオンは帰って来ようとしなかったんだから」
「そうなの……?!」
「ええ! だからフィリシアもレオンママもあなたには期待してるんじゃない? それも含めての契約なのかも?」
「そうなのかな?……ってことは私、かなり重要な任務を担ってるって……事なのよね?」
エミリーは組んでいた腕を広げて、大きく肩をすくめた。
「そうなんじゃない? でなきゃあなたに家にまで与えて、逃さないように囲ったり しないでしょ? 普通じゃありえないもの」
今度は有紗がのけ反る。
「やだ、あなたまで怖いこと言わないでよ!」
「ん? " あなたまで " とは?」
「ああ……私の親友が同じことを言って私を脅すから」
「あはは。脅しじゃないかもよ?」
「もう! エミリーったら!」
困り顔の有紗の肩をトンと叩いて、エミリーは笑った。
「いいわ、アリサ。私も協力する! 私だってレオンに帰ってきてほしいもの」
「そうなの?」
「うん。何度もコンタクトとってるけど……彼は全く聞く耳を持たないわ。でもあなたなら出来るかもしれない……そんな気がしてきたの。ビジネスの力で彼を引き戻すんでしょ?」
「ええ、まぁ……でもそうはいっても、何から始めればいいのか……ちっともわからないの」
「じゃあ、私が彼の特性をあなたに教えて、サポートする!」
「ホント!? ありがとう。すごく助かる。でも……どうして彼に帰ってきてほしいの?」
「私は彼ほど優秀ではないけど、今マーケティングを勉強中なの。この地で新たにビジネスを立ち上げたいと思ってる。彼とは公私ともに良好関係でいたいわ。ビジネスパートナーとしても認めてもらいたいしね」
有紗はキャビネットの上に飾られている、幾つもの写真に目をやった。
まだあどけない少年が、たくさん写っていた。
ビジネスパートナーなんて言いながら、彼女は彼に特別な感情を抱いているんじゃないかと感じる。
こんなプラチナブロンドの美人を惹きつけるなんてどんな素敵な男性なんだろうと思いながら、改めて写真立てを覗き込んでみるも、そこには依然、品のいいお坊ちゃんタイプの少年が眩しい笑顔で映っているだけだった。
「なんだか可愛らしい雰囲気の人よね?」
「は? 誰が?」
「この……レオンさんって人?」
エミリーは笑いだした。
「ああ、それ? 騙されちゃダメよ。残念ながら今は全然違ってるわ。そんな天使みたいな微笑み、もう何年も見たことない!」
「ええっ……だったら私はどうやってこの人を探して連れ戻したら……」
エミリーは、また落胆する有紗に笑いながら腕組みをした。
「そうね……じゃあこれからそれを議題に、場所を変えてteam meetingはどう? ここはお茶も出ないみたいだしさ」
「ああ! ごめんなさい、私ったら、お茶を出すのを忘れて聞き入っちゃってて……」
「あはは、冗談よ! いいのいいの。それよりお腹すいちゃった! アリサも夕食まだでしょ? この辺りはいいお店がいっぱいあるから。行こうよ!」
エミリーは軽く肩に手を回した。
「ええ!」
有紗はこの地に来て初めて出来た友達と夕食を共にした。
食事を終えてBarに移り、グラスを片手に英語と日本語が混濁した言葉を話し出すエミリーに笑い出しながら、有紗は楽しいひとときを過ごした。
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