第102話『Race through the street』逃走劇の果てに
有紗がいるはずのスタジオの前で思いがけなく声をかけられ、驚いて駆け出した玲音は、雲ひとつない燦々と太陽が降り注ぐ空の下、観光客の波に紛れながら全力でクレマチス・ストリートを走り抜けた。
「はぁ……さすがに……ここまで追いかけては来ねぇだろ」
玲音は木陰で足を止める。
ベンチに腰を下ろし、背もたれに身を委ねた。
「マジでびっくりした……チッ! 俺としたことが、とんだ早とちりしちまって……」
さっき肩に置かれた手が、てっきり仕事の呼び出しから戻ってきたジェンミのものだと思い込み、見当違いの相手に、勢い余って日本語でまくし立ててしまった。
その光景を思い出す度に、玲音は顔を歪め、髪を掻きむしる。
「あー、ったく! 不覚だ! それに、なんでアレをあの男が持っていたんだ?!」
腕を掴まれたとき、彼のもう一方の手にスティック状のものを見つけた。
それは今朝、いつものように有紗がひらひらとはためかせていた物と一致する。
ここはアメリカ、そんな物が偶然転がっている確率は至って低いだろう。
「あの日本人が持ってたのって、絶対有紗の扇子だよな?! ってことは……あれが " 例のカメラマン " ってことか?!」
玲音はベンチで一人、表情を変えながら首をかしげる。
「だとして……なんでカメラマンが有紗の扇子を?! いや……そんなことはどうでもいい! 俺よりもジェンミが見つかったらマズいだろ?! だってアイツはエプコットで目撃されてるわけだし……」
その時、また背後から肩を掴まれた感覚が走り、玲音は驚きのあまり声をあげた。
「わぁっ!」
手を置いた主はその声に驚く。
「な、なに? どうしたんだよレオ! そんなに驚くなんて……」
「あ、いや……」
玲音はばつが悪そうにジェンミを見上げる。
「あはは、お化けでも見たような顔してるよ?」
「び、びっくりさせるな!」
「びっくりさせるつもりで声かけたんじゃないんだから。こんなとこに座ってるなんて、こっちこそびっくりだよ!」
「そりゃまぁ……そうか」
「どうしたのさ? アリサがいるスタジオって、あっちでしょ?」
玲音が慌てて引き留める。
「ああダメだ! お前はやめとけ」
「はぁ? なんで? あ……レオ、もしかしてもう見に行ったの? なんだよ! 抜け駆けじゃん!」
拗ねた表情のジェンミに、玲音は面倒くさそうにため息をつく。
「だから……今、そこから逃げてきて……」
「はぁ? 逃げて?? いったいなにがあったのさ?」
「とにかく! お前は行かない方がいい。男に声をかけられたんだ。お前がエプコットで会ったヤツかもしれない」
ジェンミは目を見開く。
「えっ?! あのカメラマンに会ったの?!」
「ホントにそいつかどうかはわからないが……その可能性が高い」
「なんで? スタッフも沢山いるんだから、一概にあのカメラマンとは……」
玲音はため息をついてジェンミの言葉にかぶせる。
「そいつ、扇子を持っててさ」
「ん? 扇子?」
ジェンミは首をかしげる。
「へぇ、珍しいね。いくら日本人でも扇子を常備してる男性なんているんだ?」
「じゃなくて! アイツが今朝持っていった、あのライトブルーの扇子だ」
「ええっ!? あのアリサの扇子を?! その男が?!」
「ああ。だから例のカメラマンじゃないかと思ってな」
「なるほど。うん……きっとそうだろうね。あのカメラマン、アリサと妙に距離感が近いからさ……」
「だろ? だからヤバいと思って、とりあえず逃げてきた」
ジェンミは不可思議な面持ちで眉を寄せた。
「ん……? にしてもさ、普通、走って逃げたりする?!」
「なに言ってんだ! お前が来ちゃマズイだろ?! だから早くその場を離れようとしただけだ」
「そっか……それは確かに。もう一回彼と遭遇しちゃったら、さすがにボクのこと、アリサのストーカーかなんかと勘違いされちゃうかもしれないしね」
「ま、あながち間違ってもないけどな」
「もう! またそんな言い方する……とにかく、ここでこうしてても暑いだけだからさ、どこか店に入ろうよ」
「そうだな……なら……」
辺りを見回した玲音に、一つの案が浮かんだ。
視線を戻すと、同じく確信をついたジェンミが同じ表情をしている。
「行くか?」
「そうだね!」
二人はメインストリートから外れ、陽射しを避けるようにひんやりとした路地裏へと消えていった。
第102話『Race through the street』逃走劇の果てに - 終 -




