第101話『The Shadow Behind the street』クレマチスストリートのニアミス
有紗が落としていった扇子をヒラヒラさせながらスタジオの外に出てきた彰信は、観光客が行き交う通りの向こうからひときわ存在感を放っている歩いて来る、一つの人影に目を凝らす。
長身で腰の位置も高く、バランスがいい被写体。
一見、日系人にも見えるようなブラウンヘアにウェリントン型のブルーグラスをかけ、風を切るように颯爽と歩いてくる男性の姿を捉えた。
「うん……なかなかイイんじゃないか?」
そう呟きながら柱の影で見ていた彰信の手前で、その人物はピタリと足を止める。
「ん?」
彰信は身を乗り出した。
彼は中を覗くように窓に手をかけたまま首を伸ばすも、人が通りかかるとさっと身を隠すように身体を縮める。
「なにやってんだ? あ……もしかしたら……?」
今日は何人かのモデルを呼んで 模擬撮影しながらオーディションも兼ねると聞いていたことを思い出した彰信は、彼がそのモデルの中の一人に違いないと思って近付いていった。
彼の背後から肩に手をかける。
すると彼は、振り向きざまに慌てたような声を発した。
「い、いやジェンミ、俺はたまたま通りかかっただけで……」
彰信は驚いて後ずさる。
「えっ? 君……日本人なのか?!」
慌てて口をつぐむ彼に、彰信は更ににじり寄った。
「君さ、『ランドルフ』のオーディションに来たんだよね? なら合格だ! 正直俺のイメージにぴったりで……え! ち、ちょっと!」
咄嗟に顔を隠すように俯きながら背を向け、もと来た方向に歩き出そうとする彼の腕に、彰信は慌てて手を伸ばす。
「ちょ、ちょっと! 待ってくれよ! ホントに、イメージ通りなんだって!」
彰信の左手に挟まれている蒼い扇子に目を向けた彼は、驚いたように目を見開きながらその腕を振り払い、更に慌てて立ち去ろうとする。
「おーい! せめて名前だけでも……」
走り出した彼は、その声にさらに加速し、あっという間に通りに紛れ込んでしまった。
「くっそ……」
「……アキノブさん?!」
後ろから声がした。
「どうしたんですか?」
振り返ると、有紗が首をかしげて立っていた。
「アキノブさん、なんか今……叫んでませんでした?」
彰信は通りを指差して興奮気味にまくし立てる。
「いや今さ! 今回のコンセプトにピッタリなヤツを見かけて……まさに " 理想のモデルそのもの " っていうヤツが目の前に現れたんだ!」
「理想の……モデル?」
「ああ! あそこまでイメージが合致するなんて、希少な人材だぞ?! なのに……逃げられちまってさ」
「えっ、逃げた? オーディションに来た人じゃないんですか?」
「俺もそう思ったんだが……違ったみたいだ」
「そうですか……それは残念」
「ホントだよ! クソッ!」
子供っぽく拗ねる彰信の表情に、有紗は笑いだす。
「なに笑ってんだ! はぁ……めちゃめちゃタイプだったのになぁ……」
「めっちゃめちゃ……タイプ……ねぇ?」
有紗が上目遣いでじーっと見つめた。
「そっちの?」
「おい! 違う違う! んなわけないだろ!」
「あははは、冗談ですって!」
「あのなぁ! いいかげん俺をからかうのはやめろっつーの!」
「あははは」
「それと、これ。落としたぞ」
彰信はずっと手に握っていたスティック状のものを手渡す。
「ああ、扇子……え? 落としてました?! ありがとうございます」
「ああ。モノ落としても気付かず行っちまうなんて、まるでガキだな? 気をつけろよ」
「はーい」
有紗は肩をすくめて苦笑いする。
「こんなの、日常的に使ってるのか?」
「まあ、そうですね。家からランドルフまで歩いて通ってるんですけど、日傘さして歩いてたって風が吹かないと暑いですから、扇ぎながら歩いてるんです」
「ふーん。そんなジャパニーズスタイルで歩いてたら悪目立ちするんじゃないか?」
「まあ目立ってるかもしれないですけど、ここに来たばかりの頃は扇子を片手にウォースアベニューを歩いてたら、あらゆるお店のショッパーの人たちが声をかけてくれて " いいわね、私たちも欲しい " って言ってくれたんで、日本からたくさん送ってもらってプレゼントしてるんですよ?」
彰信は腕を組みながら感心したように首を振る。
「さすがだな! 霧島はウォースアベニューで扇子を流行らせようとしてるのか? それもまたある意味、ジャパニーズスタイルを浸透させる画期的なプレゼン要素になるのかもな……一大扇風が起きるんじゃないか?!」
「そんな戦略家じゃないですって」
「いやいや、無意識でやってるからこそ末恐ろしい。 霧島が本気になれば、なんでも落とせそうだ。頼もしいな」
「よく言いますよ! 入社してからこのかた " 天然 " だとか " 無頓着 " だとか、散々ないわれですけどね?」
彰信は苦笑いしながら小さく呟く。
「いや、それは恋愛に関してだけで……」
「え? なんです?」
「あ、いや……霧島はさ、『ランドルフ』しかり、ニール・ワイアットしかり、着実に関係性を築けてるじゃないか。もっと自信もっていいんじゃないか?」
「ホントにそんなふうに思われてるのかなぁ?……まぁ、いいです」
ふわっと笑って有紗は小首をかしげた。
「じゃあアキノブさん、リハーサル準備ができたんで、そろそろ始めてもらっていいですか?」
「OK!」
二人は会場に向かって歩きだした。
「にしても……惜しい人材だったな……」
「ふふふ、もう一目惚れですね」
「まぁそれはそうだけど……誤解するなよ! 俺は " 霧島一筋だ " って、何度も言ってんだろ?!」
「はいはい」
有紗は開いた扇子をはためかせた。
「お前はまた! そんないい方して……おい、それ…… " 左うちわ " ってやつかよ!」
「あはは。いいですね! これって日本人にしかわからない会話じゃないですか?」
そう笑いかける有紗に、彰信はため息をつきながら空を仰ぎ独り言をはく。
── 会話では分かち合えてるのに、肝心な気持ちが伝わらないって……
どうして、こんなにも通じないんだ……?
会場には多くのスタッフが二人の登場を待っていた。
「Hello everyone. I would like you to meet Mr. Akinobu Miyake」
「Hello」
彰信の挨拶に皆が拍手でこたえる。
「Mr. Miyake is a famous |photographer in |Japan&NY. From now on, we will be working with him. 」
更に大きく鳴り響く歓迎の拍手の波に包まれながら、二人は笑顔で握手をして見せた。
第101話『The Shadow Behind the street』クレマチスストリートのニアミス - 終 -




