3 玉木、メイドさんを語る
「あ~っ、メイドさんっていいよな~」
その日の昼休み、クラスメイト(しかし決して仲が良いという訳ではない)の玉木直人は、昼食のカレーパンをかじりながらそう言った。
そんな玉木の前の席でコロッケパンを頬張る俺は、冷たい口調でこう返す。
「何をいきなり言い出すんだよお前は?」
すると玉木は右の拳をグッと握ってこう続けた。
「この前深夜番組を見てたら、俺の好きなアイドルの彩咲綾音ちゃんがメイドさんのコスプレをしててさ、それを見た瞬間に『これだ!』って思ったんだよ!」
「どれだよ?」
「メイドさんはご主人様に、誠心誠意を尽くしてお世話してくれるんだ。
朝は優しく起こしてくれて、家に帰ったら可愛い笑顔で
『お帰りなさいませ、ご主人様♡』
って言って迎えてくれるんだよ。もしそんなメイドさんが家に居てくれたら、俺の人生は毎日がバラ色になるね!」
「ああそうかい」
ていうか今俺の住んでる所にそのメイドさんが居るけど、そんな事言ったらこいつも沢凪荘に引っ越すとか本気で言いそうだから絶対言わねぇ。
そんな中玉木は目をキラキラ輝かせながら続けた。
「もうひとつ言うと、張馬先輩(矢代先輩の事)が俺のメイドさんになってくれれば最高なんだけどな~」
「あの人は他人に奉仕できるような性格じゃねぇと思うけど」
俺がそう答えると、玉木は一転して真面目な顔になって言った。
「そういえばイナゴン(俺の事)、張馬先輩はどうしてあの見事なロングヘアーをバッサリ切っちゃったんだ?今じゃすっかりボーイッシュなショートカットになって、張馬先輩ファンの間では賛否両論なんだぜ?」
矢代先輩ファンの賛否はともかく、矢代先輩はあの事件(第二巻参照)で自慢のロングヘアーをバッサリ切ってしまった。
が、その詳しい経緯をこいつに話す義理もないので、俺は素知らぬ顔でこう返す。
「さあ?俺は何も知らねぇよ。ちょっと気分転換でもしたかったんじゃねぇの?
ていうかお前も矢代先輩はロングヘアーの方が良かったのか?」
「そ、そんな事ないよ!どんな髪型だろうと、張馬先輩への俺の想いは変わらないぜ!」
「はいはい、そうですか」
と俺。
お察しの通りこいつは超が付く程の矢代先輩のファンだ。
この前などはあらぬ誤解で、こいつを筆頭とする矢代先輩のファン達にひどい目にあわされそうになった。
だからこいつらは下手に矢代先輩の事で刺激しない方がいいのだ。
さて、それはともかく。




