1 小宵ちゃんの朝食
翌朝、洗面所で顔を洗って食堂へ行くと、ちゃぶ台を囲んだ沙穂さん達が、パクパクと朝食を食べていた。
「おはようございま~っす」
と言いながら食堂に足を踏み入れ、ちゃぶ台の前にあぐらをかく俺。
今日のメニューはご飯とみそ汁、そして大根おろしが添えられた焼き鮭。
沙穂さんがいつも用意してくれる朝食はトーストがメインの洋風がほとんどなので、こういう純和風の朝食は珍しかった。
なので俺は沙穂さんに言った。
「朝食に焼き鮭が出るなんて珍しいですね。俺がここに来てから初めてじゃないですか?」
それに対して沙穂さんは、ニッコリほほ笑んでこう返す。
「今日の朝食はね、小宵ちゃんが作ってくれたのよ」
すると台所の方からきゅうす(・・・・)を持った小宵ちゃんが現れ、顔を赤くしながら言った。
「皆さんのお口に合うかどうかは、分からないんですけど・・・・・・」
「すごくおいしいよ。鮭の塩加減はいいし、お味噌汁もいいダシが出てる」
「ホンマホンマ!こんなにおいしい朝ごはんが作れるやなんて、小宵ちゃんは立派なメイドさんや!」
小宵ちゃんの言葉に、美鈴と矢代先輩がそう返す。
すると小宵ちゃんは照れくさそうに肩をすくめながら、
「あ、ありがとうございます・・・・・・」
と呟くように言った。
ちなみに小宵ちゃんは今日もメイド服を身にまとっている。
まあ他に着替えを持ってきていないので、それを着るしかないというのもあるだろうけど。
そんな中沙穂さんはこう続けた。
「小宵ちゃんはここに居る間、炊事洗濯やお掃除も手伝ってくれる事になったの。
私はいいって言ったんだけど、本人がどうしてもって言うから」
「タダでお世話になるんですから、このくらいは当然です」
と小宵ちゃん。
う~ん、まだ十四歳だというのに、何てしっかりしてるんだ。
この子の爪のアカを誰かさんにも飲ませてやりたいぜ。
と思いながらチラッと美鈴の方を見やる俺。
するとその美鈴は
「ごちそうさまでした」
と言って立ち上がり、
「じゃ、私は先に学校に行きますから」
と、踵を返して食堂を出て行こうとした。
するとその背中に、小宵ちゃんが慌てて声をかけた。
「い、行ってらっしゃいませ、美鈴お嬢様」
「えぇっ⁉」
その言葉に思わずつんのめりそうになる美鈴。
しかしそれを何とかこらえ、小宵ちゃんの方に振り向いて言った。
「お、お嬢様って、何で私をそんな風に呼ぶの?」
それに対して小宵ちゃんは、おずおずとした口調でこう返す。
「そ、それは、今の私は沢凪荘のメイドなので・・・・・・」
なるほど、だから沢凪荘の住人である美鈴は、小宵ちゃんからすればお嬢様という訳か。
しかし美鈴がお嬢様とはケッサクだ。
そう思った俺は思わず吹き出して声を上げた。
「あっははは!美鈴がお嬢様だなんて似合わねーっ!」
すると美鈴は間髪いれず俺にブチ切れる。
「うるさいわね!あんたにそんな事言われる筋合いはないわよ!」
「お嬢様と呼ばれる女の子は、そんな風に怒鳴り散らしたりはしないと思うぞ?」
「これはあんたのせいでしょうが!」
「あ、あの、お二人とも、喧嘩はダメです・・・・・・」
俺と美鈴の言いあいに、ハラハラしながら口を挟む小宵ちゃん。
しかしそんな事に構わず、矢代先輩が嬉々(きき)とした口調で小宵ちゃんに言った。
「ねぇねぇ小宵ちゃん!ウチの事もさっきのみっちゃんみたいに呼んでみて!」
「え、や、矢代お嬢様・・・・・・」
「やったーっ!これでウチもお嬢様やーっ!」
小宵ちゃんの言葉にもろ手を上げて喜ぶ矢代先輩。
するとそれに続いて沙穂さんも小宵ちゃんに言った。
「ね、ね、小宵ちゃん。私も私も♡」
「え、え~と、沙穂、お姉様・・・・・・」
「いや~ん♡小宵ちゃんは本当にいい子ねぇ~♡」
そう言って小宵ちゃんの頭をなでる沙穂さん。
一体何なんだこの状況は?
小宵ちゃんに『お嬢様』とか『お姉様』って呼ばれるのがそんなに嬉しいんだろうか?
俺にはさっぱり分かんねぇ。
とか思っていると、矢代先輩が小宵ちゃんにこう言った。
「じゃあ今度はお兄ちゃんの事も呼んであげて?きっと喜ぶと思うから」
「ええ?お、俺はいいですよぉ。別にそんな風に呼ばれても嬉しくないですし」
俺は両手を横に振りながらそう言ったが、小宵ちゃんは俺の方に向き直り、顔を赤らめながら言った。
「ご、ご主人様・・・・・・」
ご主人様、ごしゅじんさま、さま、さま、さま・・・・・・。
俺の頭の中で小宵ちゃんのセリフが何度も響き渡る。
そして、素直にこう思った。
悪くないですね・・・・・・。
「バッカじゃないの」
恍惚の表情を浮かべる俺に美鈴は冷たくそう言い放ち、さっさと食堂から出て行った。
一方の俺はそんな侮蔑の言葉など一切気にならず、これからのここでの生活が少しだけ楽しみになったのであった。
 




