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己を存在する為の名前

カム視点です。


「お兄様、お待たせして申し訳ありません。」


リリー様とグレン様が部屋に入って俺の方へ向かってくる。


「いえ、今日は午前だけ仕事だったので問題ありません。気にしないでください。でも、いくら用事でもあまり授業をお休みして駄目ですよ?」


先生として宥めるとリリー様が申し訳なさそうにする。


「それは問題ない。今日は客人を迎えていたから休んだだけだ。それより話があるんだ。」


グレン様は何でもなさそうに話すが、そういう問題じゃない。

二人は生徒会役員だ。他の生徒の見本にならないといけないのだ。

ただえさえ学園祭も近づいているのに…。


「…お話とはなんですか?」


内容は何となく分かっている。でも俺の答えは変わらない。


「…お前もロザリアと一緒だな?表情にでている。一応言っておくがロザリアの件だけじゃない。俺たちはカム自身に話があるんだ。」


俺の表情を見てはグレン様は軽くため息を吐いた。

…お嬢様と行動を長く共にした為か感情が表に出ていたらしい。


「ええ、私たちはカムお兄様…いえ、カルフェン・クラベル様にお話があります。」


リリー様の優し気な目つきが変わり、真偽を問う様な眼差しになる。

それも真名で俺を呼んだ。

恐らくルーベルト殿下に聞いたのだろう。


「…俺はカムです。その名前で呼ばないでください。」


俺の強調した拒絶にグレン様もリリー様も驚くかと思ったが、肝が据わっている。

怯える表情を全く見せない。


「ああ、そうだ。俺たちが知っているのはカムだ。いくら真名が違うとしても俺たちには関係ない。今、目の前に居るお前が俺たちにとって全てで、名前なんて相手の存在を肯定するだけのただの表徴だ。名前で左右されるわけではない。」


きっぱりと言うグレン様に少し胸がすくような感じがした。

でも俺にとって真名は呪縛以外なんでもない。


「でも、私達はカム様ではなくカルフェン・クラベル様と話がしたいのです。貴方がこの名を嫌っている事は殿下に教えて貰いました。勝手に聞いた事は謝ります。だけど、その名で苦しめられている貴方を見過ごすことはできません。貴方の為にも、お姉様の為にも。今度は私達が貴方を助ける番です。」


二人の俺を見据える目は少し痛い。

この二人は俺を本当の兄の様に慕ってくれている。

二人だけじゃない。旦那様や色んな人が俺を必要としてくれるのに、何故俺を助けると言う?

俺はこれだけでも十分に幸せなのに?


「…有難うございます。でも、俺は今のままで十分幸せです。貴方達が俺を慕ってくれる、そして他にも沢山大切なものが増えました。もう十分なんですよ?」


気持ちを伝えたがリリー様は否定しずに「そうですね。」と微笑み返す。


「では、もっと幸せになりましょう?辛い過去は取り戻せません、でもまだ未来がある。貴方が私達に与えてくれたように、私たちも貴方に与えたい。だから私達は調べたのです、過去のカルフェン・マクロスの事を。」


カルフェン・マクロス?

一体何の話だ?


するとグレン様は真顔で答える。


「カム…カルフェン・マクロスはお前の本当の父親だ。そう、母親の恋人だった男の名前だ。」


その名前を聞いて疑問になる。

母親の恋人の名前…確かにカルフェンは間違っていない。

でも、母親の恋人は平民だったと聞いている。

平民に姓など無い。間違いではないのか?


「…どういうことですか?」


「シリウスと調べたんだ。クラベル夫人の実家、ノートン男爵家で長女が付き合っていた男をな。ハッキリ言ってノートン家は既に没落していて調べるのが難しかった。結婚をしていれば相手を探れるが、恋人だとそれも出来ない。でもある使用人が準男爵家の娘で、親戚のよしみで侍女見習いとして男爵家に仕えていたから、その女に会って男の素性を聞いた。」


どうやらグレン様はシリウス様と一緒に過去の貴族資料を見て調べたそうだ。

過去の貴族資料なんて機密情報だ、本来なら王族・大臣のみしか見る事は叶わない。

宰相の息子だから可能になったのか?


でも、ノートン家は母が自害してしまった事で没落したのは知っている。

クラベル家を醜聞に晒した為、クラベル家の親戚が評判を落としたらしい。


「その人は確かに平民として暮らしていましたが、身分を隠していました。その人はマクロス伯爵家の嫡子、死んだもの扱いされていました。」


話を聞いた女性は母の恋人の事を知っていて、その男は平民なのに貴族の家紋を持っていた事を教えてくれた。

グレン様達は家紋を手掛かりにして、カルフェン・マクロスの身元を調べた。


彼はマクロス伯爵家の一人息子。

マクロス家は代々由緒正しき医療に携わる家、カルフェン・マクロスも例外なく医療の道に進むはずだった。

だけど、当主が凄い酷い人らしく、実の息子を酷い扱いしていたそうだ。

そして子息は死んだように見せかけて逃げ出した。


「それで、マクロス家の親族は長男を死んだとみたそうだ。当主は生きていると一点張りだったが、何年も帰ってこない息子は死んだものと扱われた。そして跡継ぎが親戚に移った。マクロスの子息は無事逃げ切った訳だ。あとは平民になりノートン家の近くの街に住み、そこでラミナ・ノートンと出会ったそうだ。」


二人は出会い恋人同士になった。

まるで運命だったかのようにお互い惹かれたそうだ。


「…そうだったのですか、母の恋人が貴族とは思いませんでした。だとしても、母が父を裏切ったのは変わりはありません。」


血の問題は無いと言いたいのだろう。

だが、恋人が何者でも母は優しい父と兄を裏切ったのだ。

その所為で自分がどんな思いをしたか、父と兄は自分よりもっと苦しい思いをしたのに。

相手が貴族だからなんだろうか?


リリー様は俺を見つめる。

見つめる目にまだ話は終わっていないと語っていた。


「…そうですね、その事実は変えられません。でも、まだこれで終わりではありませんよ?カルフェン・マクロスは夫人とお付き合いしていた時から名前を変えていたそうです。夫人には『フィン』と呼ばれていたそうです。彼は貴方と一緒で、その名を捨てていたの。」


「…『フィン』?」


「『カルフェン』という真名をお前の母は知らなかったそうだ。カルフェン・マクロスは死ぬまで『フィン』と名乗っていた。だけど、ある切っ掛けで母親が知ったそうだ。」


母が何故恋人が死んだ事を知ったのか?

グレン様はその時を話す。


「母親宛てに一通の手紙が届いた。差出人は一人息子を失って親戚に家を追い出された元マクロス家の当主からだった。手紙の内容は…息子を誑かし死なせた母親への憎悪を綴った内容だ。」



「…クラベル伯から元マクロス氏の手紙を預かっています。見られますか?」


リリー様は鞄から一通の古い手紙を取り出し俺に差し出した。


母に宛てた手紙…差出人の名前に当時のマクロス氏の名前がある。

受け取り手紙を開くと二人の話通り母に対する暴言が書いてあった。


“お前が息子を誑かせなければ、息子はマクロス家を継いだのに”

“お前がいなければ、殺されることもなかったのに”


そんな文句が沢山綴られていた。

これを見て母は恋人の本当の名と死んだ事を知って狂ったのか。


逆恨みで送られてきた手紙。

どこで息子が生きている事を知ったのかまでは分からないが、自分が息子に酷い事をしていたくせに、クラベル夫人の所為にして恨みをぶつけた。

でも相手は伯爵夫人。直接恨みを言うのは難しいから手紙を送ったのだろう。


「…夫人は恐らく彼の家庭の事情だけは知っていたのでしょう。それでも自分にとって彼は『フィン』だと言っていたそうです。そして彼の真名を貴方につけた。『フィンの子だからこの子はカルフェンよ』と仰ったそうです。そして父親の分まで貴方の幸せを望んでいたそうです。」


「…。」


複雑そうに話すリリー様に頭の中が反発する様に葛藤する。


母は恋人が捨てた名前を付けた。

その時どんな気持ちだったのだろう?

幸せを望んでいたという事は父親だと思っていたのではないのか?


呆然とする俺にグレン様もう一度軽くため息を吐いた。


「…お前の母親の気持ちは分からない。でも少なくてもお前の名は父親と思っていない事は分かる。でなければ恋人が忌み嫌っていた名前なんて使わないだろう?」


…忌み嫌っていた名前を付けて父親の分まで幸せを望んだ…


グレン様とリリー様はまるで当時の母親の状況を見ているかのように話している。

調べるにしても詳しすぎる。


「この話は全て元クラベル伯に聞いた。クラベル伯はお前が産まれた後に何とか夫人と話し合う事が出来たそうだ。殆ど当たり散らかせる様な一方的な話だったらしいが、夫人は偽りなく恋人の事を話したらしい。」


…父から?

そんな話聞いたことが無い。どういう事か…?


…だが、この話が事実としても、父は母を思って母を許そうとしたのだろう。

勝手に恋人と寄りを戻した母から罵られる父がどれだけ健気だろうか。

理由があろうと裏切ったのは母だ。

その事実は変わりはない。


父からの話に疑問を持っても母への怒りは収まることはないと思い眉間に皺を寄せる。


「…お兄様、まだ真実はすべて明らかになっていません。この後の話は貴方の事を良く知っている方にお話をして貰いましょう。お待たせしました。どうぞお入りください。」


まるでここまで話をしても、俺が納得しないと分かってたのようにリリー様は微笑む。

リリー様は誰かを呼ぶ様に声を掛けると扉が開いた。

そして入ってきたのは…。


「兄様…。」


俺の方へ向かってくる同じ銀髪の男…俺の異父兄、ロウウェン・クラベル伯爵だ。

既に兄はクラベル家を継いでいる。

まさかそんな兄と、ここで再会すると思わなかった。

もしかしてさっきグレン様が言っていた“来客”とは兄の事だったのか‥。


短髪だか同じ銀髪に蒼い目をした兄が微笑む。


「久しぶりだね?カムがブロッサム家に行ってから中々帰ってこないって、いつも父様と話をしていたよ。『手紙はくれるけど顔が見えない』って、父様は泣いていたよ?」


「…父様は足を悪くして寝たきり状態ですよね…?いつも顔出さずに悪いと思っています。」


優しく窘める兄に、バツが悪く顔を背けた。

そんな俺に兄は苦笑する。


「君がおかしいとリリー嬢に聞いてびっくりしたよ。そして話を聞いているうちに、僕は初めて父様と大喧嘩した。お前が元凶かっ!?てね?」


喧嘩?父が元凶?

その言葉に兄の顔をみる。


「…何があったのですか?」


兄様は苦笑し「続きを話そうか」と言った。


「…君には辛い話かもしれないが、『カルフェン』の名前が父にとって皮肉だったのは間違いない。…父様はカムが思っているほど善人ではないよ。」


「…え?」


兄の言葉に耳を疑った。


「リリー嬢達から聞いたんだ。母が僕を身籠っている時、父は仕事で不在だったと言っていたけど、他所に愛人が居たんだ。それを言われて観念したのか父は白状したよ。それが原因で母様は恋人と寄りを戻した。」


「…。」


信じられない事実に目が張る。

そしてリリー様とグレン様の方へ視線を移すとリリー様は申し訳なさそうな顔をする。


「…元クラベル伯の事も調べたのです。彼はお父様の依頼でブロッサム領地で仕事をしていてクラベル家に帰らなかった。どうして帰らなかったのだろうと疑問になり、当時の伯爵の行動を念のため調べたのです。…その時にそれが分かり元伯爵に関係があるのかを聞きました。…申し訳ありません。喧嘩になったのは私の所為です。」


リリー様は兄に頭を下げると、兄は否定する様に首を振った。


「いいえ、リリー嬢は何も悪くありません。そのお陰で父は隠していたことを白状したのですから、カム聞いて?父様は自分の事を棚にあげて母様の恋人に嫉妬した。そして自分の正義で自分の恋人を清算して母様とやり直そうと決めたけど、母様は頑固として首を縦に振らなかったんだ。そして嫉妬が増して母の恋人を死に追いやった。母はそれを知りずっと父を許さなかった。」


頭を強く殴られた気がした。


「…嘘です。あの父様が?…嘘だ。」


母を溺愛していたあの父が?どうして?

俺の頭がぐるぐるとまわるような気がした。

信じられない。

俺が混乱しているのに兄の話は続いた。


「それならば、いっそ離縁すればよかったのにね?…父も母もお互い出来た人間ではなかった。父は浮気された事によって母に異常に執着して、母は父に更に嫌悪を抱いていた。…母が自害した理由は父が強引に母を求めたからだよ。」


元々恋人と引き離されて嫁いだ母は父の浮気を知り嫌悪した。

そして自分も恋人と寄りを戻したけど父に知られ恋人が殺されてしまう。

そして父はなお母親を求めた。

そして耐えられなくて自害した。


…生々しい話だ。

父はこの事実を隠していた?

何故?母が浮気したのが悪い様に仕向けた?


「…父様は母様に似ている君を離したくなくて嘘をついてしまったと後悔していた。カムの事を母親の忘れ形見として、母に似ているからこそ憎めなかったそうだ。君にまで嫌われたくなくて、敢えて全部話さずに黙っていた。それが君を逆に苦しめてしまったと父様は後悔していたよ。」


母に似ている俺に嫌われない様に母親が悪いように言い、母の恋人へ悪意を持たせた。

それが息子を苦しめるものになってしまって後悔したそうだ。

色々と繋がる…でも複雑すぎて心が追い付かない。


「だから、カムが苦しめられた元凶は父と母なんだ。カムの所為じゃない。僕と君は一番の被害者だ。君は何一つ悪くない。」


父と母の問題が解決せずに自分たちにしわ寄せがきたと兄は話す。

決して俺がいるから苦しめられたわけじゃないと優しい目で訴える。


「父は君に謝りたいと言っていた。身勝手な自分を憎んで、この先会う事が叶わなくても、せめて一言謝りたいと言っていた。そしてどうか幸せになって欲しいと言っていた。」


許す、許さない。

今の気持ちはどっちにあるのか分からない。

いきなり真実を知って混乱している。


「…僕も君を憎んだ事が無いと言えば嘘になる。でも君は母がいても僕の所にきて慕ってくれた…僕達がいる歪な環境にいつも疑問に思っていた君は僕と一緒なんだと思ったよ。」


兄は近づき微笑む。


「君は『カルフェン』でも『カム』でも変わらない。どんな名前だって君だよ。僕にとってたった一人の大切な弟だ。それは変わらない。僕は自分の幸せは自分で掴んで幸せになる。カムもどうか父や母のしがらみから解放されて自分の幸せをみつけなさい。」


兄の手が俺の頭を優しく撫でる。

その手が温かい…。


名前はどちらでも変わらない。

恋人の名前だとしても『俺』を見ている。


「名前は自分が存在している事を肯定するもの。『カルフェン』はお前の名前だ。決して誰かのものではない。例えそう思って付けたとしても、その人になれる訳ではない。それを教えてくれたのはお前だ。」


お前が俺の父に言っただろう?とグレン様は苦笑いする。


「…グレン様。」


「もし誰かが貴方を違う人として見ようとしても、私たちは全否定します。私達の義兄を侮辱する事は絶対に許しません。ここにいるカルフェン様は私達の家族です。義兄を守るのは当然、そうですよね?」


以前、義妹を守ると言ってくれたでしょう?とリリー様はそう言って微笑む。


「リリー様…。」


グレン様もリリー様も俺とは違うが似たような傷を持っている。

だから今言っている事は心からそう思っているのだろう。


「だからもう自分を追い詰めないでください。貴方が何者だろうと私たちにとって大切な家族です。誰の血とか、生い立ちは関係ないのです。お姉様はそれを誰よりも理解してお兄様の隣にいるのですから。お姉様は貴方に何て言いましたか?」


ロザリア様が言った事…


すると目の前のリリー様がロザリア様と被る。



『カム』


俺の名前を呼んで微笑んでいる。

まるでロザリア様がそこにいるかの様に見えた。


『でもね?わたくしには、カムが例えどんな名前だろうとも、カムがどんな過去を持っていても、わたくしにとっては今の『カム』が全てだわ。転生者だろうが、何者だろうが関係ない。わたくしの従者でわたくしの破滅を無くすために協力し合う同志ですもの。わたくしはカムを信じている。名前なんて関係ない、わたくしはずっと『カム』と呼ぶわ。』


夜会の馬車で頼もしく微笑むロザリア様。


『過去なんてどうでもいいわよっ。大切なのは今でしょう!?カムが何者だろうが関係ない!それなのに…それなのに、今のわたくしを否定しないでよっ!』


講堂で俺の言葉に傷ついて必死に訴えるロザリア様。


『わたくしの気持ちは貴方が良いの。…好きなの…カム』


俺を望んでいたロザリア様…。


頬に熱いものが伝った。


ロザリア様は『俺』を見て好きだと言った。

俺の過去を話しても、“どうでもいい”と言った。

後先の事を考えていないと思ったが、あの子はそんな馬鹿な子ではない。

俺が転生者と言う話をした時点で既におかしい人だと思ってもおかしくないのに、ロザリア様は俺を信じてくれた。


信じていなかったのは俺だった。


勝手に諦めて、勝手に決めつけて、勝手にロザリア様を引き離した。


純粋な彼女を傷つけた。


本当は誰より彼女を離したくなかったのは俺自身なのに。


自分で自分を傷つけた。


自業自得だ。後悔しても遅い。



自分がした事の後悔に俯き涙を流した。



読んで頂き有難うございます。


≪お知らせ≫

この話を含めてまだ十何話ありますが完結に近づいていますので、書き終わり次第、曜日関係なく投稿を増やして行こうと思います。


多くのブックマーク、評価を有難うございます。

誤字や脱字が多くご迷惑をかけて申し訳ございません。

でも読んでくれることにとても嬉しく思います。

完結は必ずしますが、その後もいくつか番外編を投稿予定していますので応援して頂けるととても嬉しいです。


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