自分を呼ぶ声
最初ロザリア視点で途中にレティシア視点になり、最後は?視点です。
誰もいないホールにレティシア様の凛とした声が響く。
まるで聖母が舞い降り憐れな者へ慈悲を与えるように…。
「…レティシア様…何故ここに?…まだ生徒会があるのでは…?」
絶望している自分をライバルに見られたせいか、動揺を隠せない。
でもレティシア様はただ優しく微笑むだけだ。
「生徒会など、どうでもいいの。今のわたくしにとって大事なのはロザリア…貴女よ?ああ…ようやく厄介者を追い出せた。これがどれだけ喜ばしい事か、今の貴女は分からないわよね?」
厄介者?一体誰の事を言っているのだろう?
それに大事なのはわたくし?
「…何を言っているのか意味が分かりません。何故、わたくしが貴女にとって大事なのですか?」
わたくしの疑問にレティシア様は怪しく微笑む。
「…そうね?まだ貴女は全部を思い出していない。だから分からないのよ?良い機会だから種明かしをしましょうか?…何故、シナリオを変えても、学園で噂や嫌がらせが貴女の所為になっているのか…そしてブロッサム家がアンジェラ嬢の命を狙っているなど…ね?」
シナリオ…!?
ま…まさか…レティシア様は…。
「フフッ。ええ、この世界が“癒姫”のゲームの世界と言う話。そして貴女が『悪役令嬢ロザリア・ブロッサム』という事をわたくしは知っている。だからわたくしはその通りになるようシナリオに沿って動かした。でも、貴女達が色々と変えてくれるから大変だったわ。」
困った様に言うレティシア様にただ驚くばかり…。
でも、シナリオに沿って動かしたなど、そんな事が彼女に出来るのだろうか?
それに、何故レティシア様が動かす必要があったのか?
「貴女がどうやってシナリオ通りに動かしたのですか?それも何の為に?」
「…それはね?…貴女にあの時の事を思い出してほしいから。」
レティシア様は微笑みながらわたくしに近づいて膝をつき、怯えるわたくしを抱き締めた。
「…あの時の事?」
どうしてだろう…?
振り解こうと思っても身体が動かない。
「そう、貴女が過去の事件を思い出してほしいの…忌まわしき遺恨の惨劇。」
囁くように話すレティシア様にわたくしはただ目を張る。
過去の事件?
忌まわしき遺恨の惨劇…?
「あの時、沢山の子供が亡くなった。過去の戦時で恨みを持った者達が、この国の子供を攫い捕らえた。そして貴女も巻き込まれて囚われの身になった。…その時の記憶を取り戻してほしくて、わたくしはシナリオどおりに動かしたの。」
…子供が攫われ、わたくしも巻き込まれた?
いつ?どこで?
― ロザリアは7歳の頃の記憶が無い。 ―
「…あ…。」
そうだ。わたくしは7歳の時の記憶が一部無い。
小さい頃の話だからあまり気にしていなかった。
『でも最近、小さいわたくしの夢をみる。』
鏡越しで映されている小さな自分はただ静かに佇んでいる。
特に何をしているわけではなく、暗闇の中でずっと手を見つめていた。
そんな夢がここ最近頻繁に出てくる。
『でもこれを考えると、いつも頭痛がするのよね?』
夢を思い出そうとすると必ず頭痛を起きる。
痛みに意識を向けると次第に治まるが、その頃には夢など気に留めていない。
『何故?どうして小さい自分を思い出そうと痛みがするの?』
今もこうして少しずつ痛みが走る。
あの別邸のお茶会から、ずっとそうだ。
どうしてなのかを考えたくない。
考えれば頭痛に苛まれる。
痛みで眉を顰めると、レティシア様は抱き締めながらわたくしの頭を撫でる。
「…ええ。貴女が記憶の欠落に苦しんでいる事は知っている。シナリオもそうだった。ねえ?カルフェン・クラベルから聞いているでしょう?ゲームの貴女は当初、ヒロインに軽い嫌がらせをしていたけど、途中から激しい憎悪でヒロインを追い詰めていく…それはどうしてだと思う?」
「それはヒロインに嫉妬したから…。」
そう、ヒロインがルーベルト様と絆を深める様子にわたくしが嫉妬して、ヒロインに嫌がらせだけで済まなくなった。
色んな手段を使い陰でヒロインを追い詰めていく。
終いには隣国の間者との取引し、ヒロインを連れて行こうとしてあれこれ仕掛けるが、ルーベルト様に阻止され最後は断罪される。
「たかが嫉妬だけで愚かになる貴女ではないわ?」
レティシア様の抱きしめる力が強くなる。
「…いいわ、教えてあげる。今の貴女の様にゲームの貴女も記憶が無く、ヒロインの“歌”であの事件を思い出すの。そして貴女は、ヒロインによってファシアンの反同盟派へ復讐を止めるルーベルト殿下に失望し、元凶であるヒロインを懲らしめる為に動く。貴女はただ忠実に約束を守ろうとしただけだわ。」
ルーベルト様が反同盟派に復讐?
どうしてルーベルト様が復讐を止めようとしているのに、わたくしは失望するの?
それに約束を守るって…誰の?
「な…なんで、わたくしがそんなことをするの…?」
「…貴女を守った子の願いだからよ。ほら思い出して?あのガラスの髪飾り…一体、誰が付けていたの?」
レティシア様は抱きしめる力を緩め、わたくしの顔に自分の顔を近づけた。
お互いの眼でお互いを写す。
レティシア様の瞳に怯えた表情のわたくしが見える。
ガラスの髪飾り…?それはルーベルト様のお茶会でみた髪飾りの事…?
「あの子は随分と貴女を気に入っていた。そして貴女もわずかな時間だったけど、その子と仲良しだったの。…その子の名前は『ミウ』、孤児の子だった。」
…ミウ?
名前を聞いた瞬間、レティシア様の瞳に写していた自分の姿から別の少女がぼやけて写し出された。
ズキンッ
「ッ痛!」
突然、今までより激しい頭痛が襲われて頭を押さえた。
「さあ、思い出して?あの子は貴女の大切な子。」
大切な子?
更に痛みが走る。
「ぅゔっ…」
< ロザ >
レティシア様ではない女の子の声が聞こえる。
< ロザ、約束だよ? >
「あの子の想いを貴女は忘れていない。」
レティシア様は立ち上がり高々に声をホールに響かせた。
ズキンッズキンッ
「ぁああっ!」
痛みの中、赤毛の少女の姿が頭の中に浮かびあがる。
< 逆恨みしてさ、自分たちが悪いと思っていない。大人ってしょうがないよね? >
「貴女はミウ達を殺した相手に復讐する為に立ち上がるの。それがあの子との約束。」
< …きっと…大き…なったら…一緒に…ってね?…悪いヤツ…いっ…やっつ…てね‥? >
約束する。だから、ミウ死なないで!!
「…ミウ…」
ガラスの髪飾りを付けた少女が力なく微笑む…そして身体が冷たくなって…。
「…あ…ああぁ!」
ミウの姿をハッキリ思い出すと、頭に大きい痛みが走った。
…あの子の…望み…それは……
「…ミウ…ご…めん…ね…」
貴女をわすれて…
段々頭痛が治まり身体の力が抜けた。
・・・・・
「…気を失ったのかい?」
気を失ったロザリアをレティシアは見下ろしていると背後に男性が現れた。
「…そうね。急に思い出したから、心がついていかなかったみたいだわ。…でもこれでこの子も本当にやりたかった事が出来る。」
「こんな面倒くさい事をしなくても、レティと俺だけでも出来るのではないかい?」
男性の指摘にレティシアはにこやかに笑う。
「フフ…一応、念のためよ。追加のバッドエンドはわたくしにとってはハッピーエンド。だからシナリオ関係なく保険をかけた方がいい。…お義兄様は、わたくしの味方ですわよね?」
レティシアに問いかけられ、レザードは応えるように微笑んだ。
卒業したレティシアの義兄がここに居る。
そんな彼がここに居るという事は意味があっての事だが、レティシアは彼に敢えて揺さぶりをかけた。
でもレザードは動じない。
「勿論だよ、レティ…。これからどうするつもりだい?」
倒れるロザリアの上半身を抱き起し、その髪に触れながらレティシアは思案する。
「…そうね?取り敢えず、ロザリアの周りにいる害虫に邪魔されるのは嫌だわ。でも、ロザリアにはわたくしがいるもの。早々と退場して貰おうかしら?あとルーベルト殿下…現に彼はヒロインに話を聞いてファシアンに探りを入れている。あの王子はシナリオ通りロザリアとした約束を破るわ。…だからこそ、この子が必要なの。」
ルーベルトは先を見越して動いている。
その為に学園にいないのだから。
「…そんなに彼女の肩を持って…正直、面白くないな…?」
面白くなさそうな義兄にレティシアはつい笑いが込み上げる。
珍しい義兄の嫉妬だ。
普段は表情を変えない癖に、ロザリアの前だけには鉄仮面を崩して感情を見せる。
「あら?お義兄様…ヤキモチですか?」
嫉妬する義兄を微笑んで揶揄うが、腕の中にいるロザリアだけは離さない。
己の頬をくっつけて摺り寄せる。
やっと手に入れた。これでシナリオどおりに行けば望みが叶う。
・・・・・
「そうですか…分かりました。アリア、お姉様をお願いします。」
リリーがロザリアの部屋を出ると、廊下にナージャとマリアンが待っていた。
「リリー、ロザリアはどうだった?」
ナージャに問われリリーは首を振った。
「お姉様…熱は落ち着きましたが、ずっと眠ったままで一度も目を覚ましておりません。お医者様に診て貰いましたが、お身体に異常はなく疲れが溜まったのではないかとの事です。」
ロザリアが倒れた。
医務室の養護員がロザリアの世話人達を呼び出したその際に、リリー達にも伝わった。
医務室でロザリアは高熱を出していた為に解熱剤を投与したが、熱が下がってもロザリアの意識が戻らない。
その為、寝込むロザリアを寮に戻し、王都の医者を連れて来て診て貰ったが、それでもロザリアは一度も目を覚まさず深く眠ったままだ。
「…そういえば、ロザリア様はここ最近頭痛に悩まされていましたね?熱はないから大丈夫と言っておりましたが、それが原因でしょうか?」
マリアンもロザリアの様子がおかしいと思って何度も本人に聞いていたが、ロザリアはただ『少し頭痛があるだけだから』と言い続けた。
「頭痛…でも、普段のお姉様は偏頭痛持ちではありません。…やはりお兄様の事でしょうか?」
精神的なストレス…。
ロザリアが思い悩む原因は、カムしか思い浮かばない。
あんなに仲が良かった二人が拗れてしまった。
ロザリアがカムを心から慕っている事は、ここに居る誰もが分かっていた。
でもルーベルト殿下の手前、誰も言えない。
「取り敢えず、シリウス様達の元に行きましょう?シリウス様達もロザリアの事を心配しているわ。」
ナージャは二人を促し、3人で寮の談話室へと向った。
そしてロザリアの状態を伝えると皆、重い雰囲気になる。
「そうですか…。でも目が覚まさない以上、僕たちが騒いでもどうしようもありません。」
「そうだな。まずは目を覚ましてから、あいつが悩んでいる事を白状させればいい。」
シリウスとマリオットはあっさりと言うが、ロザリアの事を気にかけている。
でも、今の自分たちが出来ることはない。だから早く良くなるように祈るしかない。
「…その前にあいつを何とかしないといけないな?…いつまでウジウジしているやら。」
グレンは苛立ちながら愚痴を言う。
グレンが言う『あいつ』、すなわちカムの事だ。
カムはロザリアの事を考えてなのか、わざと距離を空けている。
誰が言っても『ロザリアの為』と、言い訳して話を聞かない。
ここに居る仲間はルーベルトからカムの事情を聞いたが、彼自身の心の問題に何も言えない。
でも黙って見守るつもりはない。
そんな表情をしたシリウスはリリーに視線を向ける。
「…そうですね。リリー、あの件はどうなりましたか?」
シリウスと同じ表情をしたリリーが頷く。
「はい。クラベル伯爵とお話して調整は済んでいます。流石にシリウス様とグレンがいなかったら、この件を詳しく調べるのは難しかったです。とても助かりました。」
シリウス・グレン・リリーは水面下で色々と手配をしている。
ロザリアとカムが仲違いした時から三人はずっと動いていた。
二人が元に戻るようにと。
これで彼が想い直してくれればいいのだか。
「でも、ルーベルト様のお気持ちを思うと正直複雑です。ルーベルト様もロザリアを大切に想っています。ましてやロザリアはルーベルト様の婚約者ですし…。」
まわりがカムを応援する様に見えたのか、ナージャは複雑に思う。
いくらロザリアがカムの事を想っても、彼女はルーベルト殿下の婚約者。
そのうえルーベルトもロザリアに好意を寄せている。
それを友人が横恋慕させようとしている。
ナージャはそれが罪悪感に思うのだろう。
「…ナージャの懸念は分かります。実はルーから内密と言われているのですが、親善大使として最初は学園卒業後にロザリアと婚姻をして一緒にファシアンに行くつもりでしたが、最近は婚約を解消する方向に向けているようなんですよ。」
「それはどういう事ですか?」
シリウスの話にマリアンは怪訝な表情を浮かべる。
「ルーはファシアンの王女と婚姻が必要と言ったのです。でも、おかしな話です。既にファシアンの第一王女は他国に嫁いでいますし、第二王女は自国の有益な貴族に嫁ぐ予定と聞いています。その王女が婚約解消と聞いていませんので、一体誰と婚約を結ぶのやら…?」
最近のルーベルト殿下はファシアン親善大使としてファシアンと会合に出席をすることが多い。
彼自身も余所余所しく中々話を取り合ってくれないから詳しい話が出来ないと、シリウスは話す。
「…ルーベルト殿下に何かあったのか?」
マリオットも訝しげに表情を歪める。
そんな表情になるのも分からない訳もない。
あんなにいつも仲良くしていたルーベルトとロザリアだ。
同じことを思っているのか、グレンも続くように疑問を口に出す。
「…ロザリアとカムが仲違いしている中、ロザリアを一番気にかけているのはルーベルトだ。…変な言い方をすれば、ロザリアに好意を寄せているあいつにとって絶好のチャンスだろう?なのに、そんな中で婚約者を変えるなんて不思議だ…。」
グレンの指摘に皆黙ってしまう。
「ルーの真意は分かりません。でも両方のバランスが崩れてしまったからこそ、今、ロザリアが苦しんでいるのかもしれません。ここは手分けして対処をした方がいいでしょう。グレンとリリーはカムさんを任せていいですか?ナージャ、リアンはロザリアを見てください。僕とマリオットでルーの行動を調べましょう。」
シリウスの提案に皆頷いた。
皆ロザリア達の事を大切に想っている。
この先どんな結果になるかは誰も分からない。
でもこのまま黙って見守れない。自分たちが出来ることをしよう。
ここにいる者達はそう決意した。
「…なんだか、嫌な予感がします。」
皆が決意している中、リリーは静かに窓を見上げた。
外は雨が降りそうだ。
お読み頂き有難うございます。




