伝わらない
「お嬢様、どうしましたか?」
さっきの話など全然気にしていないカムに胸が痛くなる。
「…いつ養子になるのを決めたの?」
まさか話の続きと思わなかったのか、カムは一度キョトンとするが、真剣なわたくしを見て徐々に寂しそうな表情をした。
「正式に決めたのは去年の学園祭あたりです。ルーベルト殿下が卒業後、隣国ファシアンの親善大使となられるという事でブロッサム家を継げないと王家からの通達がありました。だからお嬢様も一緒に行かなければなりません。そしてリリー様もマーカス家に嫁がれる身です。その為、俺が旦那様の後継ぎになることが決定しました。」
「ルーベルト様がファシアンの親善大使に…?」
それも初耳だ。
わたくしもこのままルーベルト様に嫁げば親善大使としてファシアン国に移り住むことになる。
仲間と離れて国外に出る?
「ルーベルト様から聞いていませんか?」
カムはわたくしも既に聴いていると思っていたそうで、目を丸くしている。
知らないと首を振って否定した。
ルーベルト様は学園で何度か一緒に居る事もあるけど、何も教えてくれなかった。
ルーベルト様もカムと一緒。
何で決める前に話をしてくれないの?
「そうですか。きっとルーベルト様は考えがあって、まだ伝えていないのですね…。」
カムは一人で、何を納得しているの?
わたくしが置いていかれているのに。
「…カム…どうして、そんな大事な事をわたくしに教えてくれないの?」
こんなに近くに居るのに…?
責めると、カムは申し訳なさそうに頭を下げた。
「…すみません。言い訳にはなりますが、今の状況をみてお嬢様はもう大丈夫じゃないかと思ったのです。今のままならお嬢様はゲームのお嬢様にはならない。そしてルーベルト様はお嬢様を大切にしてくれています。ならば彼に貴女を任せようと思いました。」
顔を上げるカムの表情はまるで子が巣立つような心境の親の哀愁。
…どうして?
どうしてそんな風に言うの?
「…ゲームのわたくしではないから、カムはもう傍にいてくれないの?」
大人になって幸せになると分かるまで、一緒にいてくれると言ったじゃない?
「ルーベルト様は貴女を一人の女性として愛しています。これはお嬢様にとって幸せではないでしょうか?彼ならきっとこの先も貴女を守ってくれます。」
「…。」
カムは学園祭でルーベルト様がわたくしに言った事を知っている…?
でも今はそんな事など関係ない。
だってそれはルーベルト様の気持ち。
わたくしの気持ちじゃない。
…なのに…どうして…
「どうして決めつけるのよ!?」
「お嬢様?」
急な怒声にカムがびっくりしているけど、そんなの知らない!
カムにとってわたくしは何なの?
どうしてそう親みたいに見守るの?
「カムにとって、わたくしは何なの?娘?それとも妹なの!?」
カムはわたくしの親ではない!
兄でもない!!
「ロザリアお嬢様…。」
狼狽えているけど知らない!
「雇主の娘が悪役令嬢だったから、今まで助けてくれたの?」
自分の主の娘が悪役令嬢だから、主の元で働くカムは必死になる。
そう意味でわたくしを助けたの?
でも普段わたくしと話しているカムはそんな風に見えなかった。
いつも困った顔して叱ったり、笑ったり。
一緒にいる時間がとても穏やかだった。
家族に近い存在。
カムにとって、わたくしは子供の様な存在。
だから何もできない弱い子と思われているかもしれない。
「わたくしは…わたくしはカムに決めつけられなきゃいけないほど頼りないかしら?だからって、わたくしの気持ちを誰かに決めつけられたくない!!」
今のわたくしは昔と違い自分の意思で考えられるようになった。
貴方の隣で歩くために。
カムの目の前で近づいて見つめる。
カムは動揺しているけど、そんな事知らない。
貴方にわたくしの気持ちを決めつけられるぐらいなら、しっかりと本心を伝えるしかない。
「わたくしはカムが好き。」
わたくしはずっと自分の気持ちを知っていた。
勝手なのは分かっているけど、これは揺らがない。
「ルーベルト様じゃないの。…散々ルーベルト様が良いって身勝手な事を言ったけど、でもわたくしは貴方が良いの。…好きなの…カム。だから勝手に決めないで?」
ずっと抱いていた気持ち。
いつも傍にいてわたくしを安心させてくれるのは、いつもカムだった。
笑った日、怒った日、困った日、呆れた日。
様々な感情で過ごした日々。
どんな時でも、カムと一緒なら楽しく過ごせた。
貴方以外の誰かが傍にいてもこんな風にならない。
そう思ったら、カムの噂で自分の心が揺れた理由が分かる。
レティシア様の名前を聞くと無性にイライラした理由なんて、嫉妬以外何でもなかった。
レティシア様はわたくしより完璧な令嬢だわ。
欠点がない。
立ち振る舞いも言葉使いも何もかも完璧ですごく腹が立つぐらい。
わたくしはいつもあの人にライバル視をしていたけど、今まではそこまで嫌悪感が無かった。
それなのに噂でイラついたのは、レティシア様がカムに近づいたから。
だからこそレティシア様に腹立てている。
そしてわたくしの事を好意的に見てくれるルーベルト様。
彼に対して、わたくしは戸惑うだけだった。
あんなに焦がれていたルーベルト様が好意を寄せてくれても、どうしても親愛的なものしか見えない。
寧ろルーベルト様の方が兄妹…いえ何故か対等な存在としか思えない。
どうしてか分からないけど、何故かそう思える。
小さい頃、ルーベルト様の婚約者になりたいと言ったのは、きっと子供の憧れだと思う。
カムと出会っていなかったら、きっとわたくしは彼に恋をしていたかもしれない。
わたくしの心にはカムしかいない。
― もしすべて終わったら君を自由にしてもいい。―
以前に言われたルーベルト様のお言葉。
もし、それが…出来るのなら、わたくしはカムと一緒になりたい。
返事を待っていると、カムは哀しそうな表情で微笑む。
「…従者にそんなことを言っては駄目ですよ?お嬢様。」
「!?」
まるで頭に冷や水をかけられた様な気がした。
ひ…否定された?
「な…んで?…わ‥たくしは、本当の…気持ちで言っているのに…?」
「…お嬢様が俺にそう想ってくれるのは嬉しいです。…でも貴女はルーベルト様の婚約者。そして俺はしがない従者です。いくら公爵家を任せて頂くと言う名誉を頂きましたが、あくまで俺はお嬢様達の御子が産まれるまでの繋ぎでしかありません。」
繋ぎ?わたくしたちの子供が生まれるまで?
「俺は本来なら養子として公爵家に入れるほどの身分ではないのです。一応、実家は伯爵家ですが、俺は伯爵家の人間ではありません。」
急にカムの表情が暗くなった。
「…どういう事なの?」
「以前、お嬢様にお話をしたことがあると思います。…俺がどうして名前を変えているかという話を…それについて少し話をさせてください。」
…カムの名前…
カルフェン・クラベルと言う真名。
カムはその名前が嫌いだと言っていた。
母親が付けた皮肉の名前…だと。
カムはわたくしから離れて窓の側まで移動した。
窓の外を見つめて俯く。
「…俺の出生の話です。俺の母、ラミナ・クラベルは男爵の娘。父、ローロエル・クラベル伯爵と政略結婚をして兄のロウウェンを産みました。普通の貴族の家でしたよ。何の変哲もなくブロッサム家に仕える家として二人は貴族の務めを果たしていました。」
伯爵家と男爵家の政略結婚。
男爵家は基本成金や商会等、成功した家が多い。
中級貴族の多くは、その経済力を求める為に男爵家と縁を組むことがある。
カムの家も同じで商会の縁が欲しい為に、カムの両親はお互い義務として結婚した。
「母は父と結婚する前に市井に恋人がいました。男爵家には女子が母一人だけ。仕方なく恋人と別れ、伯爵家に嫁いだそうです。でも兄が産まれて数か月後、母はその恋人に再会し…陰でその恋人と付き合っていたそうです。勿論、父はその事を知りませんでした。」
当時の母は赤子の兄を乳母に任せっきりで出かけるばかり、そして父も普段は家に居ない。誰も気に留める事も無かった。
「でも、父がようやくおかしいと気づいたのです。そして母にどこに行っているのかを問い詰めたら、母は答えず黙って家を飛び出したそうです。父は心配して探しに行きました。」
探した先は市井だった。
そして父が見たのは母とその恋人。
「父は激怒しました。貴族でも嫡子を産めばその後は好きにする家は多くありますが、父は母を愛していた。母の裏切りに心を痛め、父はその恋人に母を誑かした罪で、とある鉱山の重労働へ行かせました。そこで働く者は必ず死ぬと言われるところです。当然、恋人はそこで亡くなりました。」
父は母の恋人を裁いたことを母には伝えなかった。
でもその事実を母は知った。
当時の母はずっと軟禁状態だった為、どこでそのことを知ったのか分からない。
でも、それを知った母は凄く嘆いたそうだ。
母は父を恨んだ。
父だって家に帰らなかった癖に、と母は父に罵った。
「その後、母はクラベル家の別館に住み父と兄と離れて暮らしましたが、母は問題を起こしました。恋人の子を宿していた事を隠していたんです。…その母のお腹に中にいたのは…俺です。」
「…カムがお母様と恋人の子供…。」
小さく呟いたその言葉に、カムは怒りを帯びた険しい表情になる。
母親に対しての怒り…隠し事をしていたから?
「母は父に内緒で俺を産みました。父に知らせない様に自分の侍女達を脅したのでしょうね?どう脅したかは分かりませんが、俺を産んだ後で父に知らせました。」
その事を知った父は当然母の元に行った。
そして母は父に俺を見せた。
『私達の子よ。もう殺さないでね?』
「恋人を失った母は気が狂ったのか、楽しそうに笑っていたそうです。『カルフェン』と何度も言いながら…。」
そこからはどうしようもなかった。
父は自分がここまで母を追い詰めてしまった事に悔やみ、その子供を自分の子として認めた。
母を離したくなくて、そうするしかなかったのだろう。
そして、その子供の名前を『カルフェン・クラベル』として出生届をだした。
でも父の本心はその名前で出生届を出したくなかった。
その名前はその子供の為につけた名前ではなかったから。
「『カルフェン』はその恋人の名前です。母はそのまま俺につけたのです。恋人を殺した父への復讐として…そして俺が幼い頃、母は毒薬を飲んで亡くなりました。自害したのです。」
「お母様が…。」
衝撃すぎる…何故子供を置いて自害を?
カムは辛そうに微笑む。
どうして自害したのか分からない。
でも母の自害を目の前で見てしまった…と。
「そう…母が亡くなったのは丁度7つの頃ですね。もう考えられる歳です。俺はなぜかこの事を違和感に思い、母が亡くなって少し経った位に俺は父親に確認しました。」
なぜ自分達は離れて暮らしているのか?
父は隠す事もなく説明した。
そして気遣ってくれたのか、最後に『それでも君は父の子』だと言った。
でも…納得しなかった。
「父も兄も俺を家族だと言ってくれましたが、俺は母が許せなかった。優しい父や兄を捨て恋人を選んだこと、そして俺を産み苦しめたことが許せない。俺は母を憎み、名前を捨てたいと願ったのです。父はその願いを聞き入れ、周りに俺の真名を隠す様に動いてくれました。」
父は最初に自分の主であり最も権力者であるブロッサム公爵に願い出た。
以前、ブロッサム公爵夫人の病気の為にブロッサム邸周辺の大規模な環境作りをしていた父にグラジオ様は深く感謝しており、クラベル伯爵の願いを叶えた。
「英雄の御子息の依頼だからこそ、多くの貴族たちは応じて貰えたそうです。お陰で手早く俺の名前を隠すことができました。」
英雄レベンスの名は王家すら動かせる程力を持つ。
誰も異議を唱えることはなかった。
そして『カルフェン・クラベル』から『カム・クラベル』として名前を変えた。
ようやく平和が訪れた…と思ったが、そう簡単にはいかない…。
「名前を変えて月日が経っても、心の虚しさは消せなかった。」
話を続けるカムの表情は当時を浮かべる様に暗い。
「俺はクラベル家の血を引いていない。父と兄を苦しめる存在です。だから俺はクラベル家を出て一人で独立できるよう文官を目指して猛勉強しました。そして学園入学前、父に卒業後に家を出ると言ったのです。でもその時父から了承を貰えず翌日、グラジオ様が俺に会いに来てくれました。」
父はグラジオ様に相談したのだろう。
そしてグラジオ様は『今からでもブロッサム家に来て補佐として勉強してほしい』と言った。
「俺はグラジオ様に従い、その日に補佐候補としてブロッサム家に行ってお嬢様と出会いました。8歳の貴女と出会って最初の言葉に目が点になりましたよ?…お嬢様は覚えていますか?」
「…覚えているわ。」
< ちょっと、そこの顔だけの男。わたくしの従者になりなさい!! >
まだカムが15歳と少年。
他の従者とは違い綺麗な顔してお人形と思えたから欲しかった。
でも、それだけじゃない。
綺麗な銀の髪にとても目を引かれた。
藍色の強い瞳に釘付けになった。
今思えば出会った頃から、カムが気になってしょうがなかった。
「初めて会って自己紹介もなく『顔だけの男』ですよね?公爵令嬢と思えないセリフでしたよ…。」
思い出しながらカムは大きくため息を吐く。
…わたくしだって、あの時は小さかったのだから仕方ない。
「…あの日から学園に通い、お休みの日はお嬢様と過ごし、卒業して本格的に補佐兼お嬢様の従者として過ごしました。そして前世の記憶を思い出した…。」
うん、覚えている。
あの頃は貴方にあれは駄目だとか、いつも説教ばかり言われていた。
従者なのに強気で。
本来なら主の娘に対してあり得ないのに。
そして何でもない日に珍しく血相を抱えて来て訳がわからない事を言ったわ。
とうとうカムがおかしくなった。と心配した。
でも…そこからわたくしたちはもっと親しくなったわよね?
懐かしむ様に目を細めると、カムは哀し気に微笑む。
「俺は、もともとお嬢様の従者として相応しくありません。ましてやこんな風に接する立場でもありません。…でも前世を思い出したお陰で、その垣根を壊しお嬢様と親しく話すことが出来ました。前世の記憶がなかったら、きっとここに俺は居ないでしょう…。」
どうして?
前世と関係ないでしょう?
「この『乙女ゲーム』が知らなかったら、前世を思い出してもこうしてお嬢様と一緒に話し合う事はなかったですし、行動もあくまで従者として距離を空けていました。」
違う。
そんな事はない。
「お嬢様が『悪役令嬢』でなかったら、俺はここまで破滅を防ぐために対策をしなかったかもしれません。」
やめて…
「お嬢様が『ロザリア・ブロッサム』じゃなかったら、きっと俺は貴女に…」
「止めて!聞きたくない!!」
気付いたら大声で叫んでいた。
「お、お嬢様…?」
「過去なんてどうでもいいわよ!大切なのは今でしょう!?カムが何者だろうが関係ない!それなのに…それなのに、今のわたくしを否定しないでよ!カムの馬鹿ぁっ!!」
カムを置いて講義室を飛び出した。
・・・・・
校舎をでて人気のない別館の裏側で足をとめた。
「…っ。」
どうして…。
わたくしの気持ちを勝手に決めつけて…無視して…。
ゲームじゃなかったら、わたくしと関わっていなかったと言いたいの?
違うよね?…そうじゃないわよね?
でもカムのあの悲しそうな目に答えは見つからない。
汚れると分かっても壁に額をつけた。
頭の中のモヤモヤがとれない。
胸が苦しくて押しつぶされそうだ。
自分がバラバラになりそう…。
「ロザリア…。」
わたくしを呼ぶ声が聞こえて振り返ると、そこにはルーベルト様がいた。
「…ルーベルト様…。」
どうしてここにルーベルト様いるの?
でも今のわたくしは、それ以上考えられなかった。
ルーベルト様が無表情で近寄ってくる。
そして制服のポケットからハンカチを取り出しわたくしの前に出した。
「…?」
「…泣いている…使って?」
…あ…そうか…。
自分の頬を触ると濡れていた。
胸の痛みで苦しかったから、泣いていたことに気づきもしなかった。
でも、そう思ったら余計に苦しくなって涙が止まらない。
「…うぅっ…」
受け取ったハンカチをただ握りしめるしかできなかった。
目の前にルーベルト様がいるのに、頭の中は哀しそうにわたくしを見るカム。
いつもみたいに呆れながら苦笑するカムではなく、ただ諦めたような悲しい顔。
なぜそんな顔をするの?
いつもみたいに怒らないの?
いつもみたいに笑わないの?
「うぁぁぁっ」
耐えきれなくてハンカチを握りしめ泣き続けた。
「…。」
泣き続けるわたくしをそっとルーベルト様が隠すように抱き寄せてくれた。




