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最凶なる夫婦

この話は『呪縛からの解放』の話を2つに分けて追加しています。


温室に入ると三人がマーカス侯爵に圧倒されている。


もしかしてすごくピンチだった?


「カム大丈夫?」


「はい。俺は大丈夫です。お嬢様、どうしてシルヴィア様がここに居らっしゃるのですか?」


「そうなのよ。わたくしもびっくり!」


そう、悪の元凶の奥様がここに居る。


でも彼女はわたくし達の味方みたい。


部屋を出る時に彼女は意味深な事を言っていた。



『巻き込んでごめんなさい。でも、もう心配しないで?何とかなるから。』



どういう事だろう?




お父様、シルヴィア様とマーカス侯爵

三人の間は重い空気に包まれていた。


「ふふっ。貴方がリリーを連れ出すために、ここへ来ることは分かっていたわ。だからわざとリリーを泳がしたの。でも貴方も大胆ねぇ?大人の事情にわざわざ他の生徒を巻き込むなんて…迷惑以外何でもないわ。」


「…お前があの狂人を味方につけてリリーを隠したのが原因だろう?」


渋い表情をするマーカス侯爵に対して楽しそうに笑うシルヴィア様。


「まあ!大公家じっかの秘蔵を借りてリリーを守っていただけよ?でも確かに義兄は甥っ子が大好き過ぎて、甥っ子のお願いで毎度連れてくるお人形を良い様に歪ませるから狂人と呼ばれても仕方ないわ?」


「はぁ!?…まさか?家出する貴族子息がここ数年に多いと噂を聞いていたが…もしかして大公が…?」


シルヴィア様の隣で父が大きく反応した。


家出して行方不明の子息が突然戻って来たと思えば性格が別人のように変わっている


そんな事がブロッサム領地で頻繁にあった。


お父様が震えながら頭を抱える。

でもシルヴィア様は楽しそうだ。


「…どういう事?」


わたくしは分からない。

でもルーベルト様とカムは顔を青褪めながら納得していた。


「…グレンが裏でやっていた事に、大公が絡んでいたなんて…」


「ええ。マーカス侯爵と国王の力もあると思いますが、大公まで手を貸していたら当然、誰も裁けませんよ?」


よく分からないけど、マーカス家は我欲を通せる程の周囲の力があるという事だ。


「そんな事は良いじゃない?今は大公家側と王家側が喧嘩しているのだから。“戦神の英雄レベンス様”を巡って…ね?」



一斉にリリーとグレンを見る。

でもシルヴィア様が動いて二人を隠した。


「お義兄様から伝言よ?『レベンス様が築き上げた基盤は、今、国の舵を取るお前達が背負う事。子供に背負わすなよ?バーカ』ですって?」


…。


ばーか…


衝撃だった。


アルヴィス大公は実はこの国の中でも一番謎が多い人物だ。


余り表に出てこない。

王族及び大臣クラスの上層部ぐらいしか大公と知り合えないのだ。


公爵令嬢のわたくしでも大公とは一度も面識がない。



『…どんな人か興味はあったけど、絶対に堅物な性格ではないわね?』


どちらかというとグレンに近い。


馬鹿にされたマーカス侯爵はというと。


狂気な威圧はそのままでも、呆れたようにため息をついた。


「馬鹿はどっちだ?あいつも俺と同じで本物ではない癖に。偉そうなことを…。」


「グレイス、そう自覚があるならもうやめてくれ?」


お父様が前に出る。


「…リリーとグレンは父の代わりになれない。いや、誰もならなくても良いんだ。そもそも、父様は俺に武術を教えなかったのは、英雄の後継ぎにしない為。だから俺は学ばなかった。その結果、先代王は俺に期待していなかっただろう?」


英雄レベンスの血を継ぐ父

普通なら周囲から期待されるはずなのに、父は文官の最高峰の一つ、財務大臣という職に就いている。


そんな父にマーカス侯爵は鼻で笑う。


「お前は武術のセンスが壊滅的だったからだ。だからレベンス様は俺に武術を継承したに過ぎない。俺にはこれ以上のない名誉な事だけどな。」


「それは違う!父様は俺に小さい頃から、ずっと英雄を継いでほしくないと願っていたから歩まなかった。そしてグレイス、お前も俺と同じだ。父はお前に武術を教えたのは英雄という国の犬になる為じゃない。父を思い出してくれ!?」


父が必死に訴えているのにマーカス侯爵は黙ったままだ。


「父様がお前に武術を教えたのは、マーカス侯爵家の…」


「国の犬になると決めたのは俺の意志だ!!」


「っ!?」


マーカス侯爵が声を張り上げると、凄く重い空気が一気に乗りかかった。

立っていられず座り込んでしまう。


ここに居る皆も地面に膝をついていた。


「グレイス!?」


「レベンス様の才能を何一つも受け継げなかったお前が、分かっているような口調をするな?自分の問題事すら対処が出来ない癖に、俺をどうにか出来ると思ったか?」


圧倒的な威圧を放つマーカス侯爵がお父様を睨みつける。


「いつまでもレベンス様の威光を借りて我を通せると思うなよ?お前にあるのはレベンス様の御子という肩書だけ。だから国王は大臣職の中でも一番無難で安全の場所にお前を配属した。王家の血を持つお前を守る為にな!」


「…っ。」


お父様は悔しそうに口を塞いでしまう。


酷い。お父様は決して才能がない訳ではないのに…。



「…だが、お前に感謝しよう?…お前はちゃんとレベンス様の後継を残した。」



散々父を侮辱したマーカス侯爵がふと厳しい表情を和らげる。


視線の先にあるのはリリー。


「お前の奥方が隠していた二人目の娘、リリーはまさに英雄の写し身。その容姿・頭脳、そして本質こそレベンス様を受け継いでいる!まさに俺が求めていた希望ものだ!!」


狂ったように喜ぶマーカス侯爵をみて全身が震える。


恐怖…なんていうレベルじゃない。


少しでも気を抜くと意識がなくなる。それほど全身が恐怖で怯えているのだ。


この場に居る皆も同じ感覚のようで、誰一人動けない。


「リリーが居れば、次代のマーカス一族はようやく認められる。まさにリリーは闇夜の光なのだよ!?」


狂喜する狂信者グレイス・マーカス侯爵。

こんな狂人を相手にどう立ち向かえばいいのか?


でもこのままでは妹が危険に晒される。


…そんな事…絶対に駄目!!



「おふざけは大概にして頂戴!!」


震える身体を何とか起こして立ち上がる。


「リリーはリリーであって、お爺様と違う人間だわ?何度もお爺様と重ねるなんて、わたくしの大切な妹を侮辱しないで!!」


これでもないと言うぐらいに声を張り上げた。


でもマーカス侯爵はわたくしを見ても表情は変えない。

寧ろ馬鹿にしているような眼差しを向けている。


突き刺さる威圧は肌を斬りつけられるような感覚でとても痛い。

怖気つけば確実に壊れるだろう。


「お嬢様!!」


カムが立ち上がり、わたくしを守るように前へ立つ。


絶対的な恐怖で心と身体全てが悲鳴を上げているのに、カムがいると不思議に沸き立つ緊張感が少しだけ和らぐ。


大丈夫。カムが傍に居てくれるなら、わたくしは立てる。


「…大体、いつまで過去の事を引っ張っているつもりなのよ?今は戦時でもないのに、英雄なんて出る幕ではないわ?そんな事をするぐらいなら、戦争にならない様に外交を務めるのが貴方達の仕事でしょう?いつまでもお爺様に甘えないで欲しいわ!」


いい大人の癖に誰かを頼ってばっかり。

情けなさ過ぎるわ?


皮肉を込めて微笑む。


するとマーカス侯爵は冷ややかに口端を上げた。


「綺麗な箱の世界なかしか知らないお嬢様に言われても何も説得力はない。しばらくの間、黙って貰おうか?」


「!?」


狂気を帯びた威圧が更に襲って来る。


…だめ、もう耐えられない…


意識が薄れていく…



「こら、子供を虐めないの。」



シルヴィア様の声が威圧を遮る。



気付けばわたくしはカムに抱きかかえられながら地べたに座っていた。


前を見ると今度はマーカス侯爵とシルヴィア様が向き合っていた。


「お前も俺と同じ考えを持っていると思ったが…残念だ。」


「そう?私は貴方が今まで行っていた事には文句がないわ?可愛い息子を貴方のように強くすることも、尊敬するレベンス様に似た可愛い子兎ちゃんを、息子のお嫁さんにする事も大賛成。だから仔兎ちゃんに群がる虫退治は積極的に協力したでしょう?」


失望するマーカス侯爵の前でもシルヴィア様はケロリとしている。


マーカス一族総出でリリーに群がる虫を退治。

目的の為に手段は選ばない。

この家族は異常だ。


「確かにレベンス様ならマーカス侯爵家の問題を容易く解決できるでしょう。貴方の言うようにこの国はまた戦神の英雄に守られる。王家や貴族、多くの国民はこれほどのないぐらいに安心するでしょうね?レベンス様は絶対的な希望だもの。それは今でも変わらない。」


「そうだ。レベンス様の威光は年月を経ても色褪せない。今でも誰もが彼を望んでいる。」


二人は同調している。

この流れだと誰も止められないのでは?


「でもね?英雄の為に、息子たちと孫を利用するのは反対。」


ここで初めてシルヴィア様の目つきが鋭く変化する。


「何故だ?」


「何故って?それは貴方のやり方が卑怯だからよ?一言いえば臆病者。ねぇ?貴方のその選択が本当に子供たちの為になると思うの?」


やり方が卑怯?選択?


どういう事か分からない。


みんな不思議そうにシルヴィア様に注目する。


「前にも言ったはずだ。これはお前にとって最善になると…な。」


「馬鹿!!どんな事情だろうと、私達の大切な子供が傍に居なくなっちゃうなんて不幸以外何でもないわ?それに孫が生まれたって、可愛がれず英雄に祭り上げるなど、こんな最悪な事なんてない!!」


母親として当然の怒り。

シルヴィア様の気持ちが凄く伝わる。



「実に愚かだ。それがマーカス家の宿命だと教えたはずなのに…」


「分かっているから言っているのよ!!私を誰の妻だと思っているの!?」


シルヴィア様の勢いが完全にマーカス侯爵の圧を抑えた。

シルヴィア様も凄い威圧を持っている。


そんな事をわたくし達が思っている内でもシルヴィア様は言葉を繋いだ。


「私達は立場上、他所より重圧があるのは理解している。でもね?いつまでもその重圧の枷に繋がれるつもりはないの。もし、この先の混沌が起きると分かっているなら、私達がそうならない様に流れを作るべきよ?その為に私は今でも大公の実権を手離していない。」


大公ではないのに、大公の実権を持っている?

マーカス侯爵家の奥方が?


『シルヴィア様はマーカス侯爵家へ嫁いでいるのではないの?』


嫁いだ娘は基本、実家の家業とは関係なくなるのだ。


また謎が深まる。


「だから私は今回、義兄の協力のもと大公主催の和平協定議会を開く事にしたの。対象国は無論、大陸にある全ての国!議題は協定の強化!!無論貴方にも代表の一人として参加して貰います!」


「…はぁぁっ!?何を勝手に!?」


突拍子ない宣言にマーカス侯爵が絶叫する。


恐怖の狂信者・マーカス侯爵が初めて驚嘆するところをみてしまった。


別の意味で驚いてしまう。


でも目の前の夫婦は全く気にしていないようだ。


「勝手じゃないわ?葉月頃から準備していたの。時期は極月。だから貴方は義兄と一緒に作戦を練ってよね?私は大公側になるけど、フォローはしてあげる。」


「ふざけるな!お前が動くなんて、他所の近況が分かってそんな馬鹿な事をしたのか!?いや、馬鹿でも程がある!今すぐ撤回しろ!!…いや、王家側として利用するべきか…」


「大馬鹿さんは貴方よ?私は子供たちの為に動くのだもの。参加する事も大公の主催の撤回も絶対に致しません!あと陛下を頼っても意味しないわよ?あっちには義兄が私の代わりに叩きのめしているのだから!」



「「「・・・・・。」」」



見事な夫婦喧嘩が炸裂していた。


願うなら、少しでも周りを見て欲しい。


特に当事者の息子が仔兎を抱えてながら痛そうに頭を抑えている。


成程…きっとあれは日常茶判事なのね?


仲が良さそうは良いのだけど、狂人一家は厄介以外何でもない。



「とーにーかーく!言っておきますが、今回義兄は陛下の裏の代行者として、私は大公代行者として動きます。これにより他国を味方につけるつもりよ?これなら陛下は少しでも手札が増えて喜ぶでしょう?英雄を頼らずにすむわ?」


シルヴィア様は英雄に頼らず違う道を用意したという事は間違いない。

これならリリーとグレンを助けられる?


でもマーカス侯爵は納得していない。


「手札は増えてもやり方は変わらない!あいつは絶対に新たな英雄を求める。それなら最高のレベンス様をマーカス家から出してやればいい。民は安寧に暮らせ王家も満足する。我が家も呪縛がなくなる。一石二鳥ではないか?」


あくまで英雄レベンスを求める。

もう壊れているとしか思えない。


「いい加減しろ、グレイス!!それが父にとって一番心を痛めていた事だと何故気づかない?」


お父様が怒鳴り声をあげた。

でもマーカス侯爵は父に怖じ気ず睨み返す。


「お前に何が分かる…」


「分かるに決まっているだろ?俺達は小さい頃からずっと兄弟当然に過ごしてきたのだから。いや、違う。お前は俺の唯一残された家族だ!そのために父様は先代王の願いを聞いて英雄として戦った!全てはマーカス家を解放して、お前をブロッサム家へ迎える為に!!」


「!!?」


マーカス侯爵がまた驚いている。

いや、これにはわたくし達も驚いた。


今日は何度驚けばいいのだろう?

それほどに目まぐるしく情報が飛び交った。




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