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狂信者

リリーの回想の続き①です。



夏の日差しが眩しくて、やけに虫の鳴き声がガゼボに響き渡る。


「…どういうことですか?」


「言葉のとおりよ。リリー聞きなさい。ただグレイスが貴方達の子供を欲しがっているだけと思っていないでしょうね?」


グレンではなくレベンスの血を持つ子供にマーカス家を継がせたい。とグレンから聞いている。


「違うのですか?」


「あの人は常にレベンス様を求めている。彼が亡くなった後も支えになっていて今のグレイスがいるのよ。」


英雄になったのもレベンスの影響。

グレイスはレベンスを神の様に崇拝している。


でもグレイスだけが彼を崇めているわけではない。

レベンスに敬愛する民・貴族はとても多く、他国まで彼を慕う者達もいる。


「私も小さい頃にお会いしたけど、レベンス様はとても素敵な御方だった。だからグレイスの気持ちは分かる。でも、あのカリスマ的な存在は誰も真似が出来ない。…グレイスはレベンス様の元で武術を習っていたから真似できると言い張っているけど…。」


「…それで私に白羽の矢が立ったのですね?」


リリーをみてグレイスは狂喜した。

その姿は余りにもレベンスに似ているから。


「ご自身の御子を捨てて私を求めるなど、どうかしています。何故マーカス家は英雄を必要しているのですか?」


リリーはずっと疑問に思っていた。


マーカス侯爵及びマーカス侯爵家は“英雄”に拘っている。


シルヴィアは苦笑した。


「英雄に拘る…か。推察力もあの御方と似ているのね?…それはリリーがこの家に嫁げばその意味が分かるわ。でもグレイスはあくまで“レベンス様”に拘っているの。」


だからグレンとリリー、もしくはその子供に求める。


グレイスが求めるレベンスになるように。


「彼は既に貴女を見切って、二人の子供に注目している。…グレイスはグレンとリリーがお子を成せば用済みと私に話していたわ。」


「…。」


どこまで彼は狂っているのだろう…?


リリーは頭を抱える。


『マーカス侯爵様と会う度、私にいつもレベンスお爺様の話をする。』



出会った時は


『レベンス様も小さい頃は大人しかったと言っていた。きっと君もレベンス様の様に強くなれる。』


最初は何も違和感がしなかった。


でも、リリーがグレンに会う為マーカス家に訪れた時。


『グレンは全然だめだろう?あれではレベンス様に程遠い。…でも君なら…どう動くか楽しみだ。』


すぐにリリーはマーカス侯爵が自分とレベンスと重ねていると理解した。


理解は出来たが、決して口に出さなかった。

それを見てマーカス侯爵は残念そうにため息をつく。


そして…


最近の出来事では彼はこう言った。


『リリーがレベンス様を受け継いで来てくれて嬉しいよ?もうブロッサム家から離れてマーカス家に嫁いでおいで?グレンもそう望んでいる。』


『お言葉は嬉しいですが、私はお爺様の様になれませんよ?それに婚儀は学園卒業してからです。それまでお待ちください。』


『そんな事は分かっている。君もあの御方になれなかった。…だからこそマーカス家の為に早く嫁いでほしいんだ。グレンはその為に居る。』



余りにも言い方にリリーは苛立ちを隠せないが、グレンはマーカス侯爵に逆らえない。


自分が何を言っても彼は聞く耳も持ってくれない。


ただグレンに酷い事をしない様に言葉の駆け引きをする。


彼の前で油断は出来なかった。


でもマーカス侯爵は考え方を変えない。



英雄レベンスを崇め求める狂信者だ。



『自分の子であるグレンを消すつもりなの?』


余りにも非道な話にリリーの身体が震える。



「…恐ろしい事を考えるのよ。あの人は…。でも怯えても何もならない。グレイスは前々から仕掛けている。ねぇ、ブロッサム夫人が亡くなった後、王都と領地を行き来する貴女に侍女達や護衛が変わったのは何故だと思う?」


シルヴィアの指摘にリリーは考える。


リリーの周りの使用人達は父とマーカス侯爵が話し合って決めた者達だ。


リリーは一度父親に尋ねた事がある。


何故、マーカス侯爵が口を挟むのか?と。


理由はリリーが父の仕事を手伝う事をマーカス侯爵が反対したそうだ。


それならすぐにマーカス家へ住んでマーカス夫人の勉強をしてほしいと。


しかし父親は却下して断った。でもマーカス侯爵は一歩も引かない。


『 リリーは自分にとっても大切な娘だ。公爵家の令嬢なのに何かあったらどうする?マーカス家に来られないなら専属侍女と護衛はこちらが選んだ者にして欲しい。』


マーカス侯爵が育てた護衛は王家の護衛並みのレベル。

公爵家でもそのレベルは数少ない。


父親は了承し、マーカス侯爵が選んだ騎士と侍女たちをリリーにつけた。


唯一、侍女テレサだけはリリーの幼いころからいる侍女。

後は新しく配属された者達。


「…私を監視していたのですか?」


「そうよ。監視を付けて貴女の行動を見張っていた。貴女の侍女テレサも既にこちら側に引き入れているの。この件はグレンも知っているわ。貴女に変な虫がつかない様に裏で排除していた。」


リリーに近づく者はグレンとマーカス家の使用人たちが全て片付けていた。


そしてグレンが16歳になり成人を迎え、それも終わりになる。


世間的に認められた歳なら後はリリーをマーカス家に迎えるだけ。


その事実にリリーは段々と怒りが募る。そしてシルヴィアを責めた。


「…シルヴィア様、どうしてもっと前に教えてくれなかったのですか?こうして教えて頂けるのなら早くても良かったはず。どうして今なのですか?」


対処法を考えられる時間があった。

逃げられる時間もあったはず。


シルヴィアは暗い表情で俯いた。


「…そうね。でも私も病気してから教えられたの。それまでは彼がやる事に疑問すら持たなかった。…これでも私はグレイスを愛しているのよ?彼の望みがマーカス侯爵家にとって最善だと思っていたの。」


彼は決して悪い人間ではない。

シルヴィアは全面的にグレイスを信用していた。


「あの人の全部が冷酷ではないわ。この家の為に常に戦っている。そのお陰でマーカス家は四大侯爵家の中でも王の信頼が厚い。それに今の王国民が安全で暮らしやすくなったのは全て彼のお陰なのよ。」


「…。」


リリーもグレイスの貢献は嫌程知っている。

だから常に疑っていた。


『彼が“英雄”になったのは、王家とマーカス家の間に何かしらの原因があると推測できる。でも私が持つ情報網では足取りが掴めなかった。…それは監視の所為?…いえ、きっとこれだけは誰でも分からない様に仕組まれている。』


それこそグレンを苦しめる元凶…。



リリーが考える様子にシルヴィアは苦笑する。


「だから私は今までずっとグレンをグレイスの様に英雄にさせると思っていたの。だけど私が病に倒れた時に言った事が余りにも信じられなかったわ。彼は何て言ったと思う?」


リリーが首を傾げると、シルヴィアは哀しそうな目で口を開いた。


< あと少しでレベンス様を継ぐ御子が手に入る。マーカス家から初めて誕生する正統なる英雄の御子だ。一緒に育てよう?だから早く良くなって? >


グレイスの言葉にリリーはぞっとした。

シルヴィアも嫌そうに表情を歪めた。


「私がどういう事?と聞いたら、あの人は『グレンはレベンス様にはなれない。リリーも同じだ。だからあの二人に早く赤子を作って貰い、その赤子をレベンス様として育てる。…今後こそ成功するぞ?なにせレベンス様を継ぐリリーが居る。』…って、余りにも絶句するわ?」


「…シルヴィア様はこれに同意するおつもりですか?」


「同意していたら、昨日貴女が到着していた時点で、グレンと一緒に部屋に閉じ込めているわよ?…一応、あの人に警戒されない様に表向きは協力すると言ったけどね。」


下手に敵対すればグレンとリリーの安全は保障が出来ない。

だからシルヴィアはグレイスの言う通りこの領地にリリーを呼んだ。


グレイスはこの地でリリー達をどうこうさせようと考えている。


全てはグレイスの計画通りに…。


リリーの身体が怒りで震える。



「…グレン様はマーカス侯爵様にとって一体何でしょうか?マーカス家に何かあるとはいえ、ご自身のお子の人生を蔑ろにする理由などありません!グレン様をこれ以上苦しめるおつもりなら、私が守ります!もう彼を傷つけさせない!!」


怒鳴るリリーをシルヴィアの目は穏やかになる。



「…そうね。でもどうやって貴女はグレンを守るのかしら?貴女はレベンス様に似ていても非力だわ。知能もカリスマ性も弱い。公爵家の力があってもグレイスの前では何もなさないわ。」


「…。」


痛いところを突いてくる。


「それに彼の後ろには国王がいる。きっと陛下も貴女を見て同じことを考えるでしょうね?…それだけレベンス様は絶対的な存在だったの。貴女に勝ち目はない。」


勝ち目がない。


…本当にそうだろうか?


『祖父に似ている私が居る事で周囲を狂わすのなら…。』


「だからって、グレンの為に居なくなろうと思わないでね?貴女が居なくなってもグレンは利用されるわ。次は貴女のお姉様が巻き込まれるわよ?」


「…っ。」


英雄の孫は一人だけではない。

姉、ロザリアも同じだ。


グレイスの考えを変えない限り、リリーは無意味だと知る。


「だから、私達で彼を懲らしめてあげましょう?」


リリーは耳を疑うが、シルヴィアは本気だ。


「彼の絶対的な立場を弱らせれば、国王の信頼も薄くなり、英雄に拘らなくなる。だから貶める必要があるわ。」


『…私達が…マーカス侯爵様を貶める…。』


これから自分達が罪を犯す…そう聞こえた。


別の意味でリリーの身体が震える。


「…ねぇリリー。貴女はグレンの事が好き?」


突然、シルヴィアから話を変えられてリリーは驚愕する。


「…え…と」


言葉を詰まらせた。


前にも姉ロザリアに聞かれたことがある。


本当にグレンでいいかと?


その時は兄の様な親愛なる人と思っていた。


でも月日は経ち、グレンと一緒にいる時の感情を思い出すと、親愛がどう変化したかが分かる。


リリーはシルヴィアを見つめた。

その眼には迷いはない。


「好きです。」


答えた。

けど、シルヴィアはまだリリーを確認している。

きっと理由もいるのだろう。


「初めは兄の様な存在でした。独りぼっちだった私に彼は屋敷の中で一緒に遊んでくれて、知らない外の話を聞かせてくれて嬉しかった。グレン様が来てくれる日を私はいつも心待ちにしていたのです。」


軟禁状態のリリーにとってグレンの来訪が唯一の楽しみだった。


「辛い時でもグレン様がいたから私は耐えられた。でも…私は彼にただ彼に甘えてばかりだったのです。彼も悩んでいたのに、ずっと負担を与えていたの。…それを知ったのは何気ない中での偶然だった…」


いつものように、リリーとグレンはブロッサム家の図書室で好きな本を読んでいて過ごしていた。


二人しかいない静かな室内で、リリーが何気なくグレンを見ると彼は寝ている。


でも何か苦しそうだ。

リリーは起こそうと近づいた時、グレンは泣きそうな声をあげた。


<…俺は父さまじゃない!…やめてくれ…期待しないで…俺をみて!?>


突然目を覚ますグレンは狼狽えていた。


リリーは声を掛けられず見つめるしかない。


『…私は今までこの人の何を見ていたのだろう?』


優しく頼りになる兄の様な人。

でもそれは仮面を被って偽っていたに過ぎない。


『…今、目の前で怯える男の子が本当のグレン様だ。』


強がっているけど、本当はとても繊細な心を持っている。


孤独に怯える闇を背負った少年。


それがグレンという少年だ。


「それを知ってから私はもっと彼を知りたいと思いました。彼の孤独を知って苦しみを取り除きたい。少しでも私に安心して寄りかかってくれるように…でも私は愚かだった。グレン様を苦しめている元凶が私…本当に愚かです。」


リリーはグレンを助けたいと思っても、真実を知って絶望する。


「…グレン様をこれ以上苦しめたくない。だから私は婚約解消を願いました。」


グレイスの目的が自分なら、彼を解放できるかもしれない。

そう思って婚約解消を願った。


「…話をした時、凄く胸が苦しかった。もう彼の笑顔を間近で見る事が出来ない。もう大好きな声も聴く事が出来ない。言った傍で…既に恋しかった。」


別れを切り出したのに、とても耐えられなくなった。


「…これが恋だと知って…また私は絶望したの。」


彼を守るには離れるしかない。

でも離れたくない。


どうして…どうして…?


“私”が存在しているの?


絶望して泣いているリリーに、グレンは思いもよらない事を言った。


< リリーまで、俺を捨てるのか? >


「驚きました。グレン様は私を恨んでもおかしくないのに、捨てるなど考えられなかった。」


リリーは真意が分からずグレンを見返すが、グレンの表情をみて更に動揺する。


グレンは今にでも泣きそうな表情になっているではないか?


演技でも何でもない。


親に見捨てられたと思い込む幼児のよう。


「私はもう耐えきれなくて、心の内を吐き出しました。…その時に私は初めて人を愛する事がどういう事かやっと理解が出来た気がします。」


憧れの延長でもない。親愛でもない。



「…グレンを愛しているの。だから守りたい…。その為なら私は何でもする。」


それが罪を犯すことになっても。


リリーの覚悟にシルヴィアは満足そうに微笑んだ。


「そう…グレン、良かったわね?」


「…え?」


後を振り返ると、グレン様が立っていた。


読んで頂き有難うございます。

②に続きます。


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