抵抗する為に
最後あたりにリリーの回想があります。
現大臣であるグレイス・マーカスを陥れる…。
それも自分の父親を?
「…どういうことなの?」
「…話は長くなる。」
わたくし達はベンチに座りグレンの話を聞くことにした。
「…一つ聞きたいが、お前たちは既に俺の家の事情を知っているよな?今までシリウス達のまわりでコソコソと動いていたんだ。」
図星だ。
…わたくしたちがシナリオを折る為に動いていたのはグレンにお見通しだったわけね…?
焦って考えているとグレンは首を振る。
「これにはシリウスも気づいている。ただ言わないだけだ。今はあの女、アンジェラ・フェルファに対してお前達は警戒しているから傍観している。」
そこまでバレバレとは…そんなにわかりやすく動いていたかしら?
カムが申し訳なさそうに頭を下げる。
「…それについては黙っていて申し訳ございません。皆さんの気に障らない様に気を付けていたのですが、お嬢様はとても分かりやすいので…言い訳はしません。」
あら?カム、わたくしの所為と言いたいわけ?
「ですが、貴方の事はマーカス侯爵の複製として育てられたという事だけ知っています。全てを知っているわけではありません。」
そう、わたくしたちが知っている事は、『グレンがマーカス侯爵に似せて育てられている』だけ。
それ以上は分からない。
なにせマーカス家は謎に包まれている。
「…確かにグレンはマーカス侯爵様の様に育てられていました。…でもそれは過去の事。すでにグレンは侯爵様の目的から外れました。グレンは…被害者なの。」
リリーが切なそうに答える。
グレンがマーカス侯爵の目的から外れたのなら、グレンは解放された?
『マーカス侯爵は繁栄のためにグレンを育てていたのではないの?』
分からないことだらけだ。
「…マーカス侯爵の目的とは一体何だい?」
ルーベルト様の問いにグレンは表情を歪める。
「…英雄レベンス・フォン・バロンの再来…あいつの目的はいつもそこにある。」
レベンス・フォン・バロン…それってレベンス・ブロッサム前公爵…?
「…私達の…お爺様?」
「先代王の弟で僕の大叔父だね…。」
リリーまで表情を痛そうに歪めた。
…そういえば、リリーがマーカス領地に行く前にお爺様について話していた。
あの時、違和感していたけど、ここで繋がっているとは思わなかった。
「…レベンス様は今もこの大陸では有名人だ。成程、マーカス侯爵は彼を真似て英雄になったんだね?」
そう、レベンスお爺様はこの国で初めて英雄と呼ばれた人。
とても強く、どの国の強豪なる戦士を倒している。
大陸一の最強だった戦士。
彼によって何度も他大陸から来る脅威を退けた。
戦神と呼ばれ恐れられた英雄。
『マーカス侯爵もお爺様が死後に起きた戦で英雄になったと聞いている。』
マーカス侯爵もお爺様みたいに戦で戦って英雄になった人だ。
噂によるとお爺様並みの強さを持っている。
ただお爺様と違うのは、王国にある全ての領地が住みやすく改善しているそうだ。
医療の知識も強く、多くの人達を助けている。
でも二人はとても似ている。
マーカス侯爵はレベンスお爺様を真似しているの?
「…それだけ聞くと、何となく繋がりますね。」
カムも神妙な顔で頷いた。
どうして頭がいい人たちは勝手に納得するのだろう?説明してほしい。
「どういうことなの?どうしてマーカス侯爵がお爺様の真似するだけで、グレンが被害を受けるの?」
「‥父は前英雄のレベンスを敬愛している…いやそ異常なほど崇拝しているんだ。だから俺にも同じになる様に幼いころから強要されていた。」
マーカス侯爵がお爺様の真似をして、それをグレンに押し付けていた。
他人なのに無茶だ。
「…なぜそんなことをする必要があるの?」
「それは分かりません。…ただグレンに対してはそれだけだった。だけどマーカス侯爵様は突如目的を変えたのです…私と出会って…。」
リリーは苦しそうに話す。
リリーと会ってマーカス侯爵は目的を変えた?
「どうしてリリーが?」
「私がお爺様によく似ているから…」
リリーがお爺様に似ている?
確かにリリーはお爺様に似ていると言われていた。
髪とか目の色は確かに同じ。
でもお爺様は男性でリリーは女性だ。
全く異なる。
とは言っても肖像画でしか、お爺様の事は知らない。
リリーはゆっくり説明した。
「マーカス侯爵様に初めて会ったのは私が8歳の頃、マーカス侯爵様がグレンを連れて泊りがけでブロッサム領地の調査にいらした時です。その時に言われました。」
『 ああ…君はブロッサム家の中で一番あの御方の血が濃く入っているのだね?レベンス様にそっくりだ。』
いつも厳つい表情のマーカス侯爵が嬉しそうにリリーを話していた。
その場に立ち会った者達、誰もが目を疑ったという。
「…その時からリリーはあいつに狙われるようになった。俺にリリーの話し相手になれと言って何度かブロッサム邸に赴いた。あいつはブロッサム夫人の執着を利用してリリーの拠り所が俺になるよう画策したんだ。…全ては前英雄に似たリリーを手に入れる為。」
母親がリリーに執着している為、迂闊に奪う事は出来ない。
でもブロッサム家の事情を逆手に取りじわじわと攻めた。
その結果。望みどおりにリリーはグレンに執着する。
グレンは乗り気ではなかったと話す。
「当時の俺はリリーに興味などなかった。…リリーには悪いが、最初はあいつに命じられるまま仲良くしていただけ…それだけだった。だけど、ある切っ掛けを境にリリーを意識するようになった。俺は父の命令だとしても協力したんだ。」
『なんか、とてもリリーに失礼なんですけど!?』
つい妹を侮辱されて憤慨してしまう。
でもリリーは微笑んでいる。気にしていないようだ。
「切っ掛けってなによ?」
問いかけると、グレンは懐かしむ様に目を細める。
「…リリーが母親に責められていた時に俺は偶然遭遇した。そしてその後、リリーは自分の部屋の隅で泣きながら『自分を否定しないで?』と何度も訴えていたんだ。…その姿は俺と同じ…リリーは俺と同じなんだ。」
…覚えがある。確か領地でお母様の事を解決するためにリリーと話し合った時だった。
『私が女だったから…私が産まれたから…お父様はお母様を見捨てた…』
『私が産まれたことを否定しないでほしい』
グレンは自分と重なったと言う。
グレンの個性を無視して、父親と同じになる様に育てられた。
「俺はずっと周りから自分として見られたことは一度もない。常に『父の様に』と言われ『俺』を否定されていた。いくら父がリリーに目的を変えても、父親が“英雄”である限り求められるのは同じだ。」
同じ心の傷を持つグレンとリリーは寄り添い庇い合う。
そうすれば傷を受けても耐えることが出来る。
そう考えてグレンは耐え続けていたが、リリーだけは少し違っていた。
「リリーは傷つくと分かっていても何度も父親に手紙を書いていた。返事が来ないから諦めろと、俺や裏切り者たちに言われても…俺は理解が出来なかった。」
グレンにはリリーの行動が分からなかった。
来ないと分かって泣いて、それでも書いて、の繰り返し。
「意味のない行動なのに、俺はリリーに惹かれた。」
傷つくのが分かっているのに何故続ける?
いつか届くと思ったのか?
相手を信じたいのか?
「…俺にない感情で新鮮だった。これがあいつの思惑通りだったとしても、俺はリリーを守りたい。相手が父だろうと、ブロッサム家だろうと、誰であろうとも…リリーは渡さない。リリーはずっと俺だけのものだ。」
そう言ってリリーを引き寄せるグレンに身震いする。
結局、リリーに固執しているのは変わりない。
リリーも困った顔しているが嬉しそうだ。
『なに普通に受け入れているのよ!?そこは拒否しなさい!』
注意をしようと思ったけど、なんだか疲れたからやめた。
執着ってこういう風に生まれるのね?
うん。確かに病んでいるわ。全ての元凶はマーカス侯爵の所為ね?
「…話が少しそれましたね?グレン様、マーカス侯爵の狙いはリリー様と分かりました。でも、マーカス侯爵はリリー様に何を求めているのですか?」
カムが話を戻すと、グレンは忌々しいように憎悪に満ちた表情になる。
リリーといちゃつくのを邪魔したから、嫌な顔してないでしょうね?
「…あいつは当初、リリーがレベンスの様になれるかを確認していた。でもブロッサム夫人に囚われていたリリーを見て不可能と思ったのか、俺とリリーに赤子を作らせ、その赤子を自分の手で戦神の英雄レベンス・フォン・バロンを復活…いや再現させようとしている。」
…。
衝撃な発言に時間が止まった気がした。
何て言ったの?
リリーに何をさせるって?
「…俺達の子をマーカス家の次期当主におく事があいつの目的だ。目的が達成したら父は俺とリリーを不要として殺すだろう。」
更に爆弾発言。
空気が急に冷え切った。
駄目…頭が追い付かない…。
また身体が震える…まるで受け入れるのを拒否している様だ。
「…何故そんな事が分かったんだい?」
ルーベルト様はグレンに問う。
「学園に入った頃にあいつが言った。…『リリーを手籠めろ』と。詳しく問いかけたら回答は今の話だ。極めつけに『お前はレベンス様になれなかった出来損ない。最後に役に立て』…だと。」
酷い。
酷すぎる。
貴族だからと言って、血が繋がった息子に良くも酷い言葉を言えたものだ。
今度は怒りで体が震えた。
「夏頃に母からも同じ話があった…あいつは本気だと。」
夏頃‥マーカス侯爵がブロッサム家に来た時だ。
『冗談と思っていた話は本気だったんだ…。』
いくらレベンスお爺様に崇拝していたとしても、これは非道だ。
許されたことじゃない!
「…リリー様、この事を旦那様は知っているのですか?それとも知らずにお二人の婚姻を認めたのですか?」
この状態で婚姻?あり得ないわ。
でもカムの問いにリリーは頷く。
「知っています。勿論、お父様は怒り私達の婚約を破棄しようとしました。でもシルヴィア様の話を聞いたお父様は自分がマーカス侯爵様を追い詰めてしまったと仰っていました。原因は自分にあると…。」
父が何かしたの?
「お父様は何をしたの?」
リリーの表情が曇る。
「…詳しくは聞けませんでしたが、お父様は過去の自分の行いによってマーカス侯爵様がレベンスお爺様を異様に崇拝するようになったそうです。私たちが追い詰められている事を知って酷く落ち込んでいました。」
お父様とグレイス・マーカスは幼馴染と聞いている。
お父様達の過去に何かあったのか?
その所為でグレンとリリーは苦しむことになった。
「いくらお父様が公爵でも、マーカス侯爵様は先の戦を終わらせた英雄で、この国の為に様々な分野で多く貢献しているので、国王を始め多くの王国民から厚く信頼されています。だから訴えても誰も聞く耳を持ちません。」
王族の親族であるお父様。
そして現国王の子であるルーベルト様でも、高く積み上げた実績を持つ男の前に太刀打ちが出来ない。
だから誰もマーカス侯爵を止められないだろう。
「俺達が婚約破棄なんてしたら、あいつは真っ先にロザリアとブロッサム公爵を始末するだろう。俺もその話を聞いた時は、殺そうと思ったからな?」
「グレン!?」
つい叫んでしまった。
リリーと婚約破棄させるだけで、わたくしたちを始末?
こいつらは怖すぎる。
「破棄してないから殺す気はない。…その後、俺の母からある提案を出しブロッサム公爵は頷いた。その為にリリーは王都に返さず、母がいるマーカス領地で籠ったわけだ。」
リリーを閉じ込めていたのはマーカス夫人の提案の為?
「…マーカス侯爵夫人はどんな提案を?」
わたくしが動揺していても、ルーベルト様は冷静に二人を見ている。
するとリリーが顔を上げた。
「それは私がお話しましょう?私がマーカス領地に到着した翌日に、シルヴィア様のお茶会が開かれました。その時にシルヴィア様は私に話してくれたのです。」
ルーベルト様の問いにリリーは静かに語りだした。
※※※
リリーが領地のマーカス家に到着してその翌日。
マーカス侯爵夫人シルヴィアから、ガゼボでお茶会するとリリーは誘われた。
「リリーいらっしゃい?」
「シルヴィア様、御機嫌よう。体の調子が良くないとお聞きしましたが、お加減は如何ですか?」
グレンと同じ黒髪に長く腰までのスラッとした真っ直ぐな髪、病気を患っている為か肌は青白い。
でも病を患っているのに関わらず、表に出さない漆黒の瞳は夫人の強さを現している様だ。
「昨日は顔を出せなくてごめんなさいね?少し調子を崩していたから…でも、今は平気よ?」
「それは良かったです。グレン様も心配していましたよ?いつも元気な母様が突然病で倒れるのですから。」
「あら?グレンが私を心配するなんて、明日にでも槍が降るかしら?」
シルヴィアはグレイスと同じように、グレンを厳しく言い付けていた。
その為グレンは母親にさえ心を開かない。
だから夫人はグレンが心配していると思っていない。
でも、どんな人でもグレンの母親だ。
子を心配しないわけがない。
「そんなことはありません。グレン様からよくシルヴィア様の話を聞きます。お一人で領地にいて何をしているか心配だと言っておりました。」
「その心配は、私が何か悪さしていると言う意味でしょう?」
シルヴィアは半目になっている。
リリーは苦笑した。
「それについては否定しません。マーカス侯爵様がご不在だから、寂しくて周囲を巻き込みながら何かすると言っていましたよ?夫婦の仲が良くて素敵だと思います。」
マーカス侯爵とシルヴィアは決して仮面夫婦ではない。
仲が良いのだ。
ただグレンに対して問題が在るだけ。
「…そうねぇ…。ねぇリリー。グレンは領地の視察に行ってまだ戻ってこないわよね?…戻ってくるまでに、私と大事なお話をしましょうか?」
「大事な話…?」
「そう。貴方達が警戒しているグレイスのお話よ?勿論グレンの為に聞いてくれるわよね?」
悪戯をするような表情のシルヴィアにリリーは戸惑っている。
話の内容はグレンが話してくれた内容の事か?
それとも自分たちを嵌める言葉の綾なのか?
シルヴィアの真意が分からない。
『罠だとしても聞くしかない。』
リリーは頷いた。
「お話を伺います。」
「…本当に貴女はあの御方にそっくり。容姿だけじゃなく、その目も…懐かしいわ?」
シルヴィアは懐かしむ様にリリーを見つめる。
そんな夫人にリリーは複雑な気持ちになった。
シルヴィアは使用人たちを下げ、ガゼボにはシルヴィアとリリーだけになる。
「回りくどい事は嫌いだから単刀直入に言わせて貰うわ?リリー、グレンが大事ならグレイスを失脚させる為に私と協力しなさい。」
シルヴィアのとんでもない言葉にリリーは耳を疑った。
いつもお読み頂き有難うございます。
次はリリーの回想から始まります。




