回避しても問題は起きる
途中からシリウスとナージャの回想があります。
わたくしたちは日々を過ごし、もうじき初夏に差し掛かる。
乙女ゲームのシナリオから怯えていたが、学園にもだいぶ慣れて案外普通に過ごしていた。
ヒロインのアンジェラも相変わらずわたくしには怯えるけど、わたくしが何もしないでいるといつも変な表情を浮かべて『いつになったら始まるの?』と小さく唸る。
嫌がらせを期待していると思っているけど、残念。
わたくしは彼女に興味がない。
それでもアンジェラは攻略対象者達と仲良くなろうと接触しているみたい。
とはいえ、アンジェラは攻略対象者達と上手くいっていない。
理由は本来、起きているはずの“イベント”が始まっていないからだ。
アンジェラもルーベルト様に『いつ私にあの話をするの?』と言わんばかりに遠回しに訴えてくる。
アンジェラが心待ちにしている攻略対象者を恋人役にするというイベントはまだ起きていない。
本当は保護申請が通っているが、ルーベルト様は敢えて遅らせている。
勿論、彼女に知られない様に影をつけて護衛はしているそうだ。
彼女を監視する意味も含めているから抜かりはない。
しかしアンジェラの歌が学園の中で広まった事で彼女を慕う生徒が続出している。
顔も可愛いうえ人懐っこい性格で男子生徒に人気だという。
その所為でアンジェラを気に食わない女子生徒達が沢山いるそうだ。
「その気に食わない女子生徒の中でわざとアンジェラに牽制かけるために、わたくしの名前をだす女子生徒がいるという事ね?」
「そうみたいだ。その女子生徒は彼女が僕に接触している事を知っているからこそ、君の名前を出して如何にもロザリアの言葉と言わんばかりに嫌味を聞かし嫌がらせをしているみたいだ。」
ルーベルト様とわたくしはカフェテラスでお茶を飲みながらヒロインの動向を話していた。
今は二人だけ。だから堂々と話が出来た。
普通なら護衛を務めるマリオット、マリアンがいるけど今は騎士の訓練で居ない。
でもこの後ナージャとシリウスもここに来るから、二人っきりは今だけだ。
因みにグレンはいない。
…あいつが何しているかは知らないけど、さっきカムと一緒に外を歩いていた。
ほっといても大丈夫でしょう。
今はそれどころではない。
まずは乙女ゲームのシナリオについてだ。
「やっぱり強制力なのかしら?」
「分からない。だけど別に強制力という力が無くてもありうる話だよ?」
紅茶を一口飲んでため息を吐く。
わたくしが何もしていなくても、他の者がアンジェラに嫌がらせをする。
それもわたくしの名を使って。
でもこれは人間の心理的なものだとルーベルト様は言う。
身分平等を掲げる学園にとびっきりの可愛い女の子が入学。
その女の子は美しい歌で心を和ませてくれる。
日々の癒しを求める者達にとって彼女の存在は安らぎそのものだ。
学園に通う者達は彼女を特別にみるだろう。
彼女に恋する者もいれば、手に入れようと邪な下心を者も現れる。
当然、婚約者や恋人がいる生徒でもちょっかいも出したくなる。
学園内は平等だからこそ羽目を外すのだ。
だけどその男たちの婚約者や恋人、好意を寄せている者はどう思うのだろう?
基本、貴族の女子は夫や婚約者に従順だ。
既に愛想をつかしているならいいかもしれないが、そうじゃない女子はとても面白くない。
だからこそ浮気する男ではなく、対象の女の子に敵意を向ける。
だけど、あからさまに敵意をぶつけては自分に分が悪い。
そこで自分より身分が高い者が自分と同じ目に遭っていたとしたらどうする?
それもこの国の王子の婚約者だ。
勿論、利用するだろう。
その婚約者を持ち上げて対象の女の子を排除する様に嗾ける。
もし婚約者が動かなかった場合は、自ら動く…ただしあくまで“親切心”という名を掲げて。
名目上は婚約者がいる王子を誑かしたことに注意しても、本心はその女の子を排除したい。
例え自分が勝手にやったと言われても、王子の婚約者の為に注意したのだと言えば免れるだろう。
自分は理を説いただけと言って。
「随分甘い考えだわ。そんなことでわたくしが情けをかけると思うのかしら?」
「…同感だが、今の言葉は悪役令嬢っぽいよ?ロザリア。」
苦笑するルーベルト様にむっとするが反論せず「そうですか」と言い、残りの紅茶を飲み干す。
人は追い詰められたら何するか分からない。
たった些細な事でも敵意が牙となり相手に襲い掛かる。
理由なんて後付けだとルーベルト様は話を締めた。
どうしたらいいものかと思いため息をつく。
「いっそ、その場でわたくしがアンジェラを庇えば、この件は終わるのではないですか?」
「寧ろ悪化する可能性があるからそれは無理だよ。第一、あの子はそうなる事を望んでいる。下手したら本当にロザリアが疑われかねないよ?」
確かに加害者と被害者がわたくしも同罪だと言えば、巻き込まれる可能性が大だ。
いくら公爵令嬢でも多数の人に疑われれば、嫌がらせをした加害者として見られる。
真実が平気で偽りへと塗り替えられるのだ。
「じゃあ、ルーベルト様がわたくしではない事を証明してくださればいいのでは?」
そうよ?ルーベルト様がわたくしの証明をすればいい。
アンジェラに嫌がらせをしていない事を周りに進言すれば収拾するのではないだろうか?
「それも恐らく無理だよ。相手は都合の良いように解釈する。『王子はロザリアが嫉妬して内密に嫌がらせをしたことを知らないだろう』とね。あと例え僕がその騒動を止めたとして表向きで納得しても裏で彼女を攻撃するだろう。結局変わらない。」
どんなにわたくしとルーベルト様が仲睦まじくしていても、アンジェラに嫉妬する子がいる限り変わらない。
もし例えば乙女ゲームに関係なくて、ここにわたくしがいなかったとしても別の上級貴族の誰かがその役割を担う。
その場合は恐らくナージャだ。
次期宰相であるシリウスの婚約者。
ナージャたちの事を考えた矢先、背後に人影が現れる。
振り返るとナージャとシリウスが居た。
「…お待たせしてすみません。」
あら?シリウスが随分と機嫌が悪い。
ナージャも泣きそうな表情をしている。
「何かあったの?」
恐る恐る聞いてみると、二人はわたくしたちの席に着いて大きくため息を吐いた。
「はぁ…。ルー、あの子何とかしてください。いい加減なことばかり言ってくるのですよ?」
あの子?…もしかして…。
「あの子とはアンジェラ・フェルファの事かな?」
ルーベルト様が確認するとシリウスとナージャは同時に頷いた。
ああ…やっぱり…。
予想的中。二人はすごく疲れている。
「シリウス、一体何があったの?」
「思い出すと腹が立ちますけど、実はですね…」
姿勢がいつも綺麗なシリウスがテーブルに肘をつけて事の顛末を話した。
※※※
丁度昼食をとったシリウスとナージャが食堂から出ようとしたところ。
食堂入口の廊下で女子生徒たちが揉めていた。
「シリウス様みて?またあの子が絡まれていますよ?」
最近、グレンがいるクラスの女の子が他の女子生徒達に絡まれている。
事の発端はルーベルトに歌をプレゼントした時からだ。
彼女の歌に惚れ込み慕うものが続出している。
「あの噂のアンジェラ・フェルファ嬢ですか?こんな人通り多い中で迷惑ですね?はぁ…仕方ない。」
面倒くさいと言わんばかりに表情を歪めるが、見過ごすこともできない。
そう思いながら揉め事の中に入っていった。
「どうかしたのですか?」
「シリウス様ぁ!」
アンジェラはシリウスの顔を見ると花が咲くような笑顔になり、責めている女子生徒を無視してシリウスの胸に飛び込んだ。
「助けに来てくれたのね?シリウス様、怖かったですぅ。」
アンジェラがシリウスに抱き着く姿に女子生徒たちは悲鳴をあげた。
ナージャは「あら?」と首を傾げる。
「貴女、何を言っているのよ!わたくしたちは注意しただけでしょう?それに無暗に男性に抱き着くなんて恥を知りなさい!」
「この人は私の婚約者候補よ!何がいけないの?」
意味がわからない事を話すアンジェラ。
「どうしてこんなことになっているの?」
ナージャは争っている女子とは別の女子生徒たちに訳を聞く。
女子生徒達はどうやら男子生徒に色目を使うアンジェラを注意していたようだ。
実際はただの八方美人。
女子生徒達は注意と言っておきながらも彼女に嫉妬しているのだろうとシリウスは思った。
「ただでさえ、この人はルーベルト様に色目を使っているのですよ?婚約者のロザリア様がこの女にどれだけ苦汁を飲まされていのか…。だからこそロザリア様の代わりにわたくしたちが注意したのです!」
「成程、ね?取り敢えずアンジェラ嬢、離れて下さい。あと修正しておきますが、僕は貴女の婚約者候補ではありません。女性がむやみに男性に触れてはいけませんよ?」
「そんなっ、でもシリウス様は婚約者がいないじゃないですか?良いでしょう?」
そう言って更に抱き締める力を強める。
「離れなさいよ!!」
女子生徒がアンジェラに叫んだ。
このままではまともに話が出来ないうえに、収拾がつかない。
シリウスは頭を抱える。
「はぁ…。僕はナージャがいますから興味がありません。貴方達、僕達から注意しますのでこれ以上問題を起こすのは止めてください。淑女としてはしたないですよ?」
シリウスに注意をされて女子生徒たちはどよめく。
「あとロザリアの名前を勝手に出していますけど、本人がそう言ったのですか?僕たちは普段彼女と一緒に居ますが、一度もこの子にルーを取られて悔しいと彼女から聞いたことがありません。勝手な思い込みで彼女の名を出すのはやめなさい。」
でも…と反論するが、女子生徒達は気まずそうに後退する。
「…私もシリウス様と同意見です。ロザリアとルーベルト様は確かに仲が良いですが、嫉妬するほどロザリアはルーベルト様に執着していません。長い付き合いである私たちがそれを知っているもの。嘘を言うのはやめて下さい。」
いつも優しい口調のナージャが強めに注意をする。
二人に注意されて女子生徒たちは逃げる様にこの場を去った。
「ナージャが怒るなんて珍しいですね?あと、今の言い方だと別な意味で問題だから気を付けてね?」
シリウスは苦笑するが、ナージャは納得がいかなくて頬っぺたを膨らませる。
「だって、ロザリアは何もしていないのに勝手に彼女の所為にされているのですよ?許せません!」
「気持ちは分かります。…それで、いつまでくっついているつもりですかアンジェラ嬢?」
シリウスは自分の胸にくっついているアンジェラを強制に引きはがした。
「シリウス様ぁ、ブロッサム嬢の取り巻きから助けてくれてありがとうございます!」
「…貴女、人の話を聞いていましたか?」
シリウスとナージャはアンジェラの事を庇ったわけではない。
女子生徒達にロザリアが望んでいるような言いぶりを注意しただけだ。
なのに、なぜアンジェラはこの会話で絡んでいた女子生徒たちがロザリアの取り巻きと思い込んでいるのかが理解が出来ない。
アンジェラは目を潤ませてシリウスを見つめるが、シリウスはそんなアンジェラに白けるだけだ。
「アンジェラさん、もし宜しければ私達がこの事を先生方に言って彼女たちに注意して貰うように言いましょうか?そうすれば少しはアンジェラさんも過ごしやすくなるでしょう?」
ナージャはアンジェラに気遣うが、アンジェラはどうしてかナージャをきつく睨む。
「結構です。私にはルーベルト様やシリウス様達に守ってもらえるから。余計なことしないで“疫病神”さん。」
「え?疫病神…?」
アンジェラの言葉にナージャの目が丸くなる。
何を言われているのか分からない。
でも今わかることはアンジェラがナージャに意味不明な暴言を吐いた。
「僕の婚約者に“疫病神”なんて、聞き捨てなりませんね?アンジェラ・フェルファ嬢」
当然シリウスの目つきも変わる。
「だってそうでしょう?この人はシリウス様が足を怪我したのも、貴方の兄であるレイドリックが死んだのも全部この人の家がしたのよ?シリウス様だって、この事をお父様に聞いているではありませんか?」
彼女が何の話をしているのかが全く分からなかった。
だけど何故、アンジェラはシリウスの従兄弟のレイドリックを兄と知っているのか?
親しい人しか知らないはずなのに?
「シリウス様、その人をいつまでも想ってはいけません。でなければレイドリック様は浮かばれませんよ?私が貴方を癒してあげる…一緒にいきましょう?」
手を差し伸べるアンジェラにシリウスはただ黙りアンジェラを見つめる。
でもシリウスの手が差し出した手に触れようとしていた。
お読みいただき有難うございます。
次もシリウス・ナージャの回想の続きから始まります。
宜しくお願いします。




