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従者は悪役令嬢に戸惑う

カム視点です。

お嬢様と離れホールに戻ったがどこか心は空しく感じた。


お嬢様が俺に向けた怒り…俺が二人の時間を邪魔したからなのか?


もしかしてお嬢様は王子に執着してしまったのか?


止められなかった?


そう思うと胸の中が苦しくなる。



「お兄様。」


「…リリー様」


呼ばれて顔を上げるとリリー様が心配そうに俺をみている。

リリー様の横でグレン様も俺の事を気にしているようだった。


「どこか具合が悪いのですか?」


リリー様達は俺がバルコニーから部屋に戻ってくる姿を見ているそうだ。


「いえ、特には悪くありませんよ。久しぶりにダンスをしたので少し疲れてしまっただけです。」


「ロザリア嬢も調子が悪そうですね?先ほどはそうでもなかったのに今は特に顔色が悪い。」


グレン様が王座の間の方へ視線を向けると、そこにはルーベルト様とロザリアお嬢様が貴賓に挨拶をしている。


お嬢様は今でもどこか様子がおかしい。

王子様が傍にいるのに嬉しそうではない。


「…そうですね。」


でも、お嬢様はこのままゲームのとおりの悪役令嬢になってしまうのか?


今はあんなに遠い…

普段は一番近くに居たのに…。


…寂しさを感じる前にまずこの痛々しい視線を気にするのが先だ。

リリー様がずっと俺を見ている。


「リリー様、どうかなされたのですか?」


「…先ほどお兄様はヴァンデル家のご令嬢と踊っていましたね?お兄様、レティシア様とはどのようなご関係ですか?」


耳を疑った。

俺とレティシア様の関係を疑われている?


リリー様の視線がとても痛い。眼鏡でフィルターされても、この威圧は貫通させる程の威力がある。

まるで妻に浮気を問い詰められている気分になった。



「レティシア様は以前からロザリア様が参加するお茶会で何度か見かけていましたが、直接話したのはこの場が初めてです。」


特に親しいわけでもない。あちらにしても社交辞令で挨拶しているだけと思う。


うん。これは浮気ではないので安心してください。奥さん…って、リリー様は決して俺の奥さんではない。

口に出したら確実に殺される…お隣で殺気を込めた目で睨むグレン様に…。


俺の返答にリリー様は安心した様に一息ついた。


「そうですか。ならば後でお姉様にそのことを必ずお伝えしてあげて下さい。きっとお姉様の調子が良くなります。」


微笑むリリー様に余計分からなくなる。

なぜそれでロザリア様の機嫌がよくなるのだろう?


頭の上に?マークを浮かばせていると、突然周りの人達の波が割れた。


何事かと思えば、本日の主役であるルーベルト王子殿下。そしてその後ろに護衛のマリオット・カイナン様がこちらに向かっている。


あれ…お嬢様は…?


「談話の中、邪魔して申し訳ない。」


「いえ大丈夫です。王子殿下この度はおめでとうございます。それで…お姉様は見当たりませんがどちらに?」


リリー様は殿下達に礼を取りながら問いかける。


「ロザリアは気分が優れない為、先に別室で休憩をしている。クラベル氏、先ほどは巻き込んで済まなかった。」


「いえ、こちらこそ誤解を招く行為をして申し訳ありませんでした。」


謝る殿下に恐れ多くて深々と頭をさげた。


でもまた痛い視線…

今度はマリオット・カイナン様のようだ。


視線を合わせるとマリオット様の表情は更に険しくなる。

…どうやらこの人はまだ俺の事を疑っているらしい。


「そちらの方は?」


その視線を気にしているとリリー様がマリオット様の事を聞く。

どうやら彼の視線に気づいているようだ。


「ああ、済まない。マリオット挨拶を?彼女はロザリアの妹君だ。」


ルーベルト様は挨拶をするようにと促しマリオットが前に出る。


「マリオット・カイナンだ。」


ぶっきらぼうに名乗るマリオットにリリー様は微笑み返した。


「ブロッサム公爵の二の娘、リリーと申します。初めまして?」


「あの女の妹か…。どんな女かと思えば、大人しいただの女だな?」


挨拶すらまともに行わずリリー様を貶す。

リリー様が爵位高い家の娘なのも構わないなんて、ある意味度胸があるな?


「そうですね?このような華やかな場はあまり好みませんから、出来れば大人しく家にいたいものです。」


まだ幼いリリー様の方が大人だ。

楽しそうに微笑んでいる。


「リリー、そんな馬鹿を相手にするな?」


でもその反対にグレン様が黙っていない。

リリー様を守る様に前へ出た。


「礼儀も知らぬ馬鹿に言われる筋合はない。それも剣をまともに振れぬ騎士もどきにリリーを侮辱するなど俺が許さない。」


「…くっ、グレン。」


マリオット様は悔しそうに睨むが、身体は素直で後退する。


冷たい刃の様な視線で睨みつけるグレン様は相変わらだ。

威圧だけで容易く相手を捻じ伏せる。


マリオット様の威嚇など比べようにもならない。

でも巻き添えを食らった周囲の人まで怯えさせてしまうのは考え物だ。


「マリオットいい加減にしてくれないか?そんな態度をとり続けるなら僕の護衛を解かせてもらう。」


今度はルーベルト様が咎めた。


「も、申し訳ありません!」


流石に主の声はマリオット様に効果抜群だ。

後ろに下がって大人しくなった。


そんなマリオット様にルーベルト様は大きくため息を吐いた。


「何度も済まない。実は頼みたいことある。僕はこの後、別の公務で席を外さなければならないので、僕の代わりにロザリアを迎えに行ってくれないか?」


殿下は俺に顔をみて言う。

つまり俺にこの件を頼んでいる。


正直戸惑った。


お嬢様と会う…悪役令嬢化したお嬢様と…。


先ほどのお嬢様を思い出すと不安がよぎる。


このまま会って大丈夫なのか?


「分かりましたわ。お引き受けいたします。」


リリー様が殿下に承諾してしまった。


「り、リリー様?」


「お兄様、お姉様を迎えに行きましょう?」


戸惑う俺に有無を言わせない様に笑顔で牽制するリリー様。


その笑顔に頷いてしまった。


「ありがとう。任せたよ?」


そう言って殿下はこの場を去っていった。



「さぁ、迎えに行きましょうか?」


リリー様は俺とグレン様の手を掴んでホールの出口に向かう。


ウキウキなリリー様は強い…。

俺とグレン様はそんな仔兎様に苦笑しながらついて行った。



・・・・・


廊下を歩いている中、俺はマリオット様の事を思った。


現実の彼はゲームと同じで自身を見失っている状態だ。


マリオット・カイナン。


友人の死によって騎士としての誇りを見失っているが、父親が騎士団長の為騎士として続けている。


でも本人は騎士を辞めたがっているのだ。


辛うじてマリアン様を倒したいと言う一心がある為に騎士を続けていると言っても過言ではないだろう。


そんな心情の持ちながら学園に入学してヒロインと出会う。

そして彼女を護衛することによってヒロインに接していくに度に、彼は段々と騎士として誇りを取り戻していくのだ。

そしてロザリア様によって悪に染められたマリアン様を討ち倒してヒロインと結ばれる。


因みにバットエンドはマリアン様と相打ちになり、マリオット様が「騎士として友の元に行ける。」と言って死んでしまう。

その亡骸をヒロインが抱きしめたところが感動したと妹は言っていた。


それは感動するところなのか?と俺は疑問に思ったけど…



マリオット様のゲームの話を考えていたらふと気づく。


先程グレン様はマリオット様を騎士もどきと呼んでいた。


グレン様は少なからず彼のことを知っているのではないか?


「グレン様はマリオット・カイナン様をご存知なのですか?」


グレン様がマリオット様の名を聞くと、不機嫌そうにそっぽを向いた。


「…彼は以前、騎士学校で対戦したことがあっただけです。」


グレン様が騎士学校に?


俺は驚いた。


「グレン様は騎士の学校に通っていたのですか?」


リリー様も知らなかったようで、俺の代わりに質問するとグレン様は否定する。


「俺は通ってないよ。…ただ、父が俺の実力を測る為に騎士学校に少しの間だけ通わされて数人の教官を相手にしていただけだ。」


「すごい…。」


騎士学校の教官は全て蒼騎士隊と紅騎士隊という軍隊に配属した上級騎士だった者達だ。

国の警護をする警護隊や城を守る衛兵・一般兵とは格が違う。


何かしらの理由で軍隊に居られなくても軍総括長のお眼鏡に適った者なら、騎士学校に天下りが出来る。


何が言いたいというと、教官は一般騎士よりも断然強い。

そんな相手にまだ少年であるグレン様が挑む。


その結果はどうなったのだろう?

マリオット様の情報が欲しいのに、グレン様の事が気になる。


「別に大したことはありません。教官全員を相手しても歯応えを感じませんでしたから。」


「…それはもっとすごい…。」


つまりグレン様は余裕で勝ったという事だ。


流石は英雄の子息。



「そういえば公衛大臣も剣の腕前は見事なものと聞いたことあります。御二人揃って文武両道とも優れていますね?」


今の英雄、マーカス公衛大臣はこの国で一番強いと言われている。


その為彼は軍総括長であり総大将という地位についていた。

騎士団長よりも立場が上で、騎士団のトップに立つ存在だ。


でも武術だけが強いだけじゃない。

戦略も騎士団長よりも上回り、指揮を執れば必ず勝利をもぎ取っていた。

それだけでは終わらず、様々な薬剤や医学に強く多くの医学者達に頼られている。


そんな偉業を間近で見たことはないが、マーカス侯爵の偉業は何度か耳にしていた。

本人には片手で数えるぐらいしか見た事がない…。


グレイス・マーカスと言う人物を思い出していると、やけに空気が重くなった。


「…誰かの影響でしょうね?忌々しくて仕方ない…。」


しまった!?グレン様の前でマーカス侯爵を語るのは失言だ。


案の定、グレン様は殺気に近い雰囲気を醸し出している。


でも何かが引っかかった。


『グレイス・マーカス様が誰かに影響された?…一体誰に?』


でも今のグレン様の様子では、それ以上は話してくれなさそうだ。


「…グレン様。」


リリー様もどこか切なそうにグレン様をみつめる。

そんな彼女にグレン様は気を取り直したようにリリー様に微笑んだ。


「話を戻しましょう。俺が教官を負かしている時にあの馬鹿が絡んできました。…それで俺は完膚なきまでに叩きのめしただけです。」


「…それはおいくつの時のお話しですか?」


「14になったぐらいです。」


…という事は、彼の親友がまだ存命している。

ならグレン様は何も知らない。


「それが何か?」


「はっはい。先ほどからやけに敵対心丸出しでどうしてだろうと思いまして…。同じ騎士であるマリアン嬢にもやけに敵対しているような感じでした。何か警戒でもしているのでしょうか?」


マリアン様に突っかかる理由は、マリオット様にとって一番倒したい相手だからだ。

でも他の人まで敵対している。公爵令嬢のリリー様にもぞんざいな態度で失礼極まりない。


…何かに警戒しているのか?


「彼は単純ですから自分が認めていない相手にはあんな態度ですよ?配属しているところでも彼は結構揉め事を起こしているそうで、単細胞のくせに扱いが面倒くさい奴です。マリアン嬢に対しては…馬鹿の考えることはよく分かりません。」


認めた相手に忠実になるとグレン様は教えてくれた。


うん。グレン様から滅茶苦茶馬鹿にされているな?


因みにマリオット様は未だにグレン様の実力を不服と思っている様だ。

でも一度、圧倒的に負けた事でグレン様には文句が言えないらしく、不貞腐れた態度を取るそうだ。



しかし体育系の攻略対象者と聞いていたが…ただの脳筋か…?


「なんか、ちゃんと育てられていないワンちゃんみたいですね?今度お逢いする時は躾用のおやつを用意しましょう!」


隣で静かに聞いていたリリー様は突拍子もない事を言った。


それを聞いたグレン様と俺は肩を落とす…。


「リリー…それは止めておいてくれないか?」


仔兎なリリー様を抱っこしてグレン様が諭す。


「ええー!?」と不服そうな仔兎様に、グレン様は「今度リリーの好きな乾燥リンゴを持っていくから」という可愛らしいやり取りをする。

微笑ましくて俺は苦笑した。


まぁ言い得て妙…確かにマリオット様は犬でも躾されていない飼い犬だ。

武家であるが伯爵家の息子なのにうまく教育されていない方が問題な気がする。


『彼がそんな風になってしまった原因は、やはり亡くなった友人の所為だろうか?』


何処かで彼の本心を聞かなければならない。

でなければマリアン様が悪役令嬢となってしまうから…。


ゲームの悪役令嬢となったマリアン様を思い浮かべる。


マリアン様はマリオット様に騎士の誇りを取り戻してほしくて敢えて挑発な態度をとっている。

自分に敵意を向けさせて倒させる様に。騎士を辞めさせない様に…。


でもヒロインがマリオット様に「打倒する事が騎士の誇りを取り戻すことではない」と諭し彼の呪縛を解き放つ。


それによってマリオット様はマリアン様を倒すことをやめるが、逆にマリオット様が騎士を辞めるとマリアン様が勘違いしてしまう。


そしてロザリア様から『ヒロインがマリオット様を誑かしている』と言われてヒロインを消す為に共犯者になり最後はマリオット様に断罪され勝負を挑んだ結果、敗北…。


マリアン様はただマリオット様に友人と一緒に誓い合った想いを思い出してほしかっただけなのに道を外してしまう。


…それは何としても止めなければならない。まずは彼の警戒を何とかしないと…。


「…さま。お兄様!」


「はっはい。なんでしょう?」


しまった。また思考で周りが見えていなかった。


「先ほどからずっとお呼びしたのに返事がないものですから心配しました。…お兄様、本当に大丈夫ですか?」


「申し訳ありません。少し考え事していたのですから…」


「考えながら歩くのは危ないです。ほら、お姉様のお部屋に着きましたよ?」


気づいたら客間の前に来ていた。

お嬢様を迎えないと…でも先程の気持ちが蘇ってきて戸惑ってしまう。


「お兄様、私たちはここでお待ちしております。お兄様がお姉様をお迎えしてあげて下さい。」


「え!?」


まさかの丸投げ…。

いや、目の前にいるリリー様の笑顔をみると、最初からそのつもりだったそうだ。


「どうぞお姉様と心行くまでお話してください。…きっと大丈夫ですから。」


そうですよね?とリリー様はグレン様に同意を求めると、グレン様も同様に頷く。


「猪の飼い主が飼育放棄するのは犯罪ですよ?しっかりと最後まで面倒を見てあげて下さい。」


猪の飼い主…グレン様、それを聞いたらお嬢様がめちゃくちゃ怒るでは有りませんか…?


同時に子供みたいに怒るお嬢様の顔を思い浮かべる。


とても悪役令嬢と思えないぐらいロザリアお嬢様は人を想いやれる女性だ。


そうだ…まだお嬢様は破滅に繋がるほど悪いことはしてない。


もしゲームの様な悪役令嬢になったとしても、俺が彼女を全力で止めてあげればいい。


俺がロザリア様を悪役令嬢にはさせない。


「はい。ロザリア様を迎えに行ってきます。」


迷いは晴れた。


俺は扉を守る衛兵に、ロザリアお嬢様を迎えに来たと告げる。


部屋に入ると、奥のカウチにお嬢様が座って静かに見つめていた。


お読みいただき有難うございます。


グレンの件は学園編に出る予定です。

まだ解決しません。

因みに彼がロザリアを猪みたいだと王子に話したのがきっかけで13歳のプレゼントは

猪の縫いぐるみになった…という小話を考えていました。


次からはロザリア視点になります。


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