悪役令嬢の友は婚約者に対して何を想う
カレントス庭
シリウス達が話し合う場所で、わたくしたちは二人が見えないところに身を潜めて見守っている。
何故か前にもこんなことがあった気がするが気にしないようにしよう。
前は直ぐ駆け寄りたい衝動に駆られていたが、今度は逆に只ならぬ雰囲気で入り込む事ができない。
でもカムは前回同様にわたくしのドレスの裾を掴んでいた。
「覚えているか?お前と僕が初めて話した時…お前がレイチェルを狩猟銃で殺そうとした時だ。」
シリウスを呼び出して何を語ると思えば思い出。
シリウスは静かに覚えていると頷いた。
「…はい。覚えていますよ、あの時の僕はどうかしていた。貴方が止めてくれなかったらレイチェルはいなかったでしょう?…そして今の僕達もいなかった。」
静かに語るシリウスにレイドリックはそうだなと苦笑する。
「僕は兄さんを憎んでいた。幼い頃、母から父の不義を聞かされて、なぜ愛人をこの地に匿っているのだろうと思いました。父もまともに説明しなかったので腹ただしかった。『ハイズの者達に接触するな』と言われも領内にいるのに、何を言っているのだろう?…と。」
「そうか‥だからあの時、お前は僕をすごい顔で睨んでいたんだな?」
「そうです。たまたま先生の案で遠出した授業だったのに、まさか兄さんと合同で授業を受けると思いませんでした。しかも憎む人と一緒に行動。嫌に決まっているじゃないですか?」
幼いシリウスは母親の影響でレイドリックの事を良く思っていなかったようだ。
その時を二人で思い出している。
「だからあの時、僕は兄さんと違って正当なハワード家の後継者だと分からせてやりたくて、独りで鹿の群れを狙ったのです。…でも…そんな僕に天罰が下りました。」
「足を滑らせて落ちてしまった」とシリウスは苦笑する。
「ああ、お前は先生の話を聞かず一人で行ってしまうからそんなことになったんだ…。しかも僕が必死に追って助けようとしたのに、お前は血迷ってレイチェルの母鹿を撃った…」
大人しく救助されないで、ムキになって狩猟をしようとしたシリウス。
…どうしようもないわね?
「僕もあの時は母の言うとおりハワード家は醜悪な一族だと思ったよ。平気で人を蹴落とすことが出来る悪鬼の一族…でもお前はどこか僕と似ているように思えて、子鹿に銃口を向けるお前を僕は必死に止めた。」
「…思いっきり叱ってくれましたね。僕もあの時はびっくりしました。」
その時に叱られたことを思い出したのか、苦しそうにシリウスは笑う。
「シリウスがあの時思い止まってくれて本当に良かったよ?…それから先生たちが駆け付けて一緒にコテージに戻った。それがきっかけで僕たちは初めて会話をしたんだ。」
お互いを初めて知った時だった。
過去の父たちの過ちで今の自分達がいる。
レイドリックは苦笑した。
「…手当を受けている時に僕は聞きましたよね?『復讐するつもりで近づいたのでしょう?』と…あの時の兄さんは否定しましたが、やはりそのつもりで僕に近づいたのですか?」
レイドリックは首を横に振る。
「…確かに母に言われていた。…でも復讐で近づいたわけではない。あの時も言ったけど僕と血の繋がりがある異母弟に興味があったんだ。どんな弟か…単純に興味があった。」
年の離れた異母弟がいる。
異母弟は自分のことを知っているのだろうか?
「母はいつも僕を本当の父の元に連れいくと、そればかり口に出していた。義父は母の心が病んでいるからとそっとしておいてと言われたけど、母が心を壊すぐらい酷い目に遭わせたハワード侯爵を幼い僕は憎んだよ?」
自分の母親がおかしくなったのはハワード侯爵の所為。
幼い子供が憎むのも無理がない。
復讐を望んでもおかしくない。
「でもね?僕は父上から復讐など考えられないぐらい色んな事を学ばせてくれた。父と過ごす時間がとても楽しかった…だから母には申し訳ないけど復讐など頭になかったんだ。」
義父達から大切にしてくれる。このままハイズ家で静かに暮らせればいい。
レイドリックはそう決めていた。
「では、兄さんは今回の件に全く関係なかったのですね?」
今回の件をレイドリックは知らなかった。
ホッと撫で下ろすシリウスにレイドリックは表情を曇らせる。
「…それはどうかな?」
「どういうことですか?」
レイドリックは真面目な顔しシリウスを見つめる。
「…シリウス、僕がナージャの事が好きと言ったらどうする?」
「え?」
衝撃な言葉にシリウスは固まる。
そんなシリウスを見てレイドリックは小さく笑った。
「…お前が母鹿殺しの罪滅ぼしにレイチェルをあの牧場に連れて行ったよね?僕をあの牧場に誘ってくれた時、君はナージャを連れて来たじゃないか。…あの時、ナージャの小花が咲いた様な笑顔がとても愛らしかった。」
まさか6歳差の女の子に惚れるとは思わなかったよと笑うレイドリック。
その言葉に横で隠れているナージャが顔を真っ赤にしていた。
複雑な表情のシリウスにレイドリックは視線を背け呟く。
「…こんな可愛い婚約者を侯爵子息なら出来るんだと思って妬ましかった。…初めてお前に嫉妬した。」
「…。」
「でもシリウスも僕にとって可愛い弟だったから、ナージャを取ろうなど思わなかった。けど、その気持ちを母に気づかれたんだろうね?恐らくカレントス家を巻き込んだ原因は僕だ。僕は母がナディルに近づいた事を知っている…。」
きっかけはハイズ家が手掛けている事業の一つにナージャの好物があった為、ナディルは
ナージャの誕生日に手渡したいとレイドリックは相談した。
「…一緒に商会へ行った時、ナディルは母と会っているんだ。まさか彼を巻き込むと思わなかった…。」
エミーリアはナディルを取り込んだ。
そのきっかけをレイドリックが作ってしまった。
ただ大切な人に贈り物をしたかっただけなのに…
シリウスとナージャは複雑な表情になる。
そんなシリウスにレイドリックは真面目な顔して問いかける。
「‥‥シリウス一つ教えてほしい。お前は僕たちが大切と言ったが本当にそう思っているのか?」
「…大切ですよ。何故そのようなことを言うのですか?」
「ここに来る前にお前はナージャに婚約破棄を伝えたよな?何故ロザリア嬢が言った様に抗おうと思わなかった?まだ言われてもいないのに諦めて彼女を捨てようとした。今までシリウスがナージャを大切にしていたのは偽りだったのか?」
「違います!でも、あの父なら確実にそのような話に持っていくのが分かっているから…」
焦るシリウスにレイドリックは鋭く責める。
「父の言いなりか?貴族として正解かもしれないが男としてはどうだろうな?…なら、僕の事も大切と言ってくれるなら、ナージャを僕に譲ってくれないか?」
「…何を言っているのですか?」
「僕はナージャが好きだ。今回、追放がなくなったおかげで殿下の側近とハイズ家の跡取りとしてまだ残れる。僕ならナージャを何があっても守るし離さない。だから君から婚約解消してナージャを譲ってくれないか?」
まさかの展開。
ナージャを巡ってレイドリックとシリウスが言い合いを始めている。
「言っている意味が分かりません。兄さんがナージャを守る?どうやってナージャを守るのですか?少なくとも今回の件で兄さんの立場も悪くなるというのに、それに援助のないところにカレントス侯爵が頷くとは思いませんが?」
「そんな些細なことはいい。ナージャには家の命令で簡単に切り捨てる男よりも心から愛して守ろうとする男の方がいいだろう?」
「それは僕がナージャの事をどうにも想っていないと言いたいのですか?」
「そうだ。」
従兄弟同士が睨み合う。
そんな二人の姿をみてナージャは震える。
「ち、違うわ、だって…」
「ナージャ?」
「…そんな…ことない…だって‥シリウス様は!」
ナージャが急に飛び出した。
ちょ、ちょっとナージャ今出たら不味いわよ!?
止めようとしたけど、カムに引っ張られて止められなかった。
「待ってください!レイドリック様は誤解しています。」
「ナージャ?」
二人はナージャに注目する。
「レイドリック様、シリウス様はちゃんと私の事を大切に思ってくれています。だって私が今までシリウス様の婚約者でいられるのはシリウス様のお陰なんですよ!」
「ナージャ?」
「…ナージャ黙ってください。」
シリウスが眉を細めてナージャに黙るよう言ったがナージャは首を振った。
「いいえ。誤解されているので言わせてもらいます。私は…本当はこの歳で他所の富豪の元に嫁がなければいけない身でした!それを助けてくれたのはシリウス様です!」
14歳のナージャが結婚。
それって相当事情がないと有り得ない事。
どうして?
ナージャはその答えをぽつりぽつりと話した。
「我が家の負債はとても多く、ハワード家の援助だけでは到底足りなかったのです。負債が増えるばかりの事業の所為で…そんな時に、たまたまこの地に来た他国の大富豪の御方が私を第二夫人として嫁げば全てを帳消しにしてくれると父に申し入れました。」
その大富豪は小国のバロン王国よりも大きい大陸にある貴族。
カレントス家の膨大な借金とハワード家から今まで融資してくれた資金及び契約違反金全てを肩代わりすると約束した。
その代わり、ナージャが第二夫人と言う名の愛人となる。
それを聞いたカレントス侯爵はその交渉に一度は応じようとした。
ナージャは悔しそうに手を握る。
「父がこれに応じると言われた時、凄く悲しかった…。借金の所為で私は売られる、もう一人の弟も同じでどこかに連れて行かれる。どれだけ恨んだか…でも、その時シリウス様が来て、お父様達に交渉して頂いたのです。『この家の事業を自分に任せて欲しい』と。」
事情を知ったシリウスがカレントス侯爵とハワード侯爵に交渉。
幼いシリウスがカレントス家の事業を立て直すと申し入れた。
普通に凄いと思う。
まだ子供なのに、大人が経営する事業をするなどあり得ない。
でもその後、奇跡的にカレントス家の事業が泥沼から抜け出すことが出来た。
「ここ近年、カレントスの経営が軌道に乗れたのはシリウス様のお陰なんですよ。愚かな祖父の事業を変え立て直してくださいましたから。でもその代わりにシリウス様は宰相の勉強だけではなくカレントス家の事業サポート等で御自分の自由が殆ど無くなりました。」
ナージャの眼から涙が流れる。
「事業を立て直すなんてとても子供には難しい…。試行錯誤する度にシリウス様はハワード侯爵様に頭を下げて必要な資金を求めてくださいました。何度も私の婚約を解消しろとハワード侯爵様に言われても首を縦に振らなかった。」
自分のプライドを捨てて…
今の二人が婚約を続けているのは、シリウスの努力のお陰ということだ。
なんかシリウスを見直した。
でも、ナージャは肩を震わせている。
「シリウス様がハワード侯爵様に逆らえないのは、今でも補っている我が家の事業援助の所為です。…逆らえば私がその大富豪に嫁がされるから…。それなのに私達カレントス家は
ここまでしてくれるシリウス様を仇で返すなんて…もう…この家など、なくなって!」
「ナージャ!」
シリウスは声を荒げて張り上げるナージャの声を遮った。
「‥シリウス‥様。」
「自分の家を貶める言い方はやめてください。…いつか僕の家族になる人たちですから‥。」
「…ごめんなさい。」
シリウスはナージャにハンカチを渡しながらため息を吐き、再度レイドリックに視線を向けた。
「兄さんの言う通り、僕が父の言いなりなのは事実です。父から次は無いと脅されていますからね。でも、僕は父の言いなりになるつもりはありません。例え破棄されようと必ず取り戻すつもりですから。それだけ僕も本気ですよ?無論兄さんにナージャを譲る気はありませんから。」
「シリウス様…。」
ナージャはまた顔を赤くする。
戸惑っているが嬉しそうだ。
…わたくしたちは聞いていて恥ずかしいけど…。
「‥‥あははっ。」
突然レイドリックが笑い出す。
ハワードの血を引く者は皆笑い上戸かしら?
「…兄さん?」
「すまない。やはり親子だなと思って…ハワード侯爵もシリウスも欲張りだ。いつかそれが首絞めるぞ?」
「…そうかもしれませんね。」
レイドリックは心配するナージャに振り返り優しく微笑む。
「心配しなくても君を取るつもりはないよ?ナージャが望んでくれるなら良かったけど、二人が両想いのようだから僕は諦める。…でも大切な二人なのはこれからも変わらない。僕にとってシリウスとナージャはとても大切だよ。ただ…。」
何かを決心したようにレイドリックの眼差しは強い。
「僕はルーベルト殿下の側近を辞めて、この国を離れようかと思う。」
それを聞きてビックリする。
「レイドリック様!?」
「…どうしてですか?兄さんの母上が捕まった為ですか?」
そういう理由だと思う。
けど、レイドリックは違うと言った。
「前から僕を母から引き離す為に、義父が隣国の文官を勧めてくれたんだ。子爵当主になる為の勉強として…本当は君たちが学園に入ってからの予定だったけど、少し早めようと思う。」
振られたからでは無いよ?と冗談を言ってレイドリックは笑う。
「僕も後継ぎとして知識を増やしたいし、可愛い婚約者も見つけたいと思っているんだ。あと身分の高い貴族にならなくても幸せになると母に証明したい。いつか修道院で面会する時にそう言いたいんだ。」
良いかな?とレイドリックは微笑む。
シリウス達は神妙な表情で彼を見つめた。
「ちゃんと帰ってきてくれますよね?」
シリウスに「うん。」とレイドリックが頷く。
「お手紙を送っても良いですか?」
ナージャに「もちろん。」とレイドリックが頷く。
「兄さん、絶対ですよ?」
「分かったよ」
泣きそうな二人をレイドリックは小さく「ありがとう」と言い、二人を抱きしめる。
「僕は二人の兄でいて良いかな?」
その問いに、二人は肯定する様にレイドリックを抱きしめ返した。
それを物陰で見ていたわたくしたちは小さく微笑む。
「良かったわね?」
カムも頷く。
「そうですね。」
マリアン様もニッコリ微笑む。
そしてわたくしたちの後ろから執事が慌ててこちらに向かってくるのが見えた。
「ナージャお嬢様!シリウス様!」
ナージャたちが何事かと振り帰ると執事は肩で息を吐きながら言った。
「牧場でシリウス様達がお世話をしている雌鹿が子を産んだそうです。」
その朗報に皆嬉しそうに表情を綻ばせた。
お読み頂き有難うございます。




