従者はフラグを折る為に思考する
カム視点です。
大きな狼…これは偶然なのか?
ゲームでシリウス様が足を不自由になるその原因が狼。
ナージャ様を庇い狼に噛みつかれて怪我をした事だ。
なぜこんなところに?
お嬢様と別れて、狼を連れていた業者が立ち寄った店に入る。
「いらっしゃいませ」
カウンターに店主が一人で品物を整理していた。
「店主少しお尋ねしたいのですが、さっき出て行った大きな荷車の持ち主について教えて頂きたいのです。」
「荷車の持ち主?さっきの奴か。なんで?」
怪しそうに俺を見る店主にブロッサム家の家紋を見せる。
これで俺が貴族の従者だと分かるだろう。
案の定、店主は相手が貴族だと分かり酷く驚いていた。
「積み荷に大きな狼が居ましたので、私のご主人が興味を持たれまして。見せてほしかったのですが、既に出発されて話しかけられなかったのですよ。どこの業者か分かりましたら紹介してほしいのです。」
「そ、そうかい。俺も初めて見る相手だったから紹介はできん。でも、さっきの業者はハワード家が管理している牧場に届けると言っていたぞ。行けば会えるのではないのかい?」
ハワードの牧場に届ける…どうやらビンゴの様だ。
「そうですか。因みに業者さんのお名前は分かりますか?」
「えーと、さっきの購入した伝票に名前が…あった!えーとなんて読むんだ?」
「見せて下さい。」
俺も確認するべく店主に伝票を見せてもらう。
伝票の字はかなり癖があり読み辛い。
業者の受け取りサインが書かれている。
でもその紙にもう一つの名前が書かれていて、俺はそっちに気を取られる。
「…依頼主ミリア・フェルファ。フェルファ子爵家の者…?それと注文したものが銀の犬笛…。」
「おっとお客さん。そこまで読まないでくれ?」
店主は慌てて伝票を隠す。
「すみません。」
俺は謝り店を後にした。
移動中に頭の中で整理をする。
フェルファ子爵家…これはびっくりだ。
ここでまさかヒロインの養子先の名前が出てくるなんて…。
でもヒロインは『ミリア』という名前ではない。恐らく縁者の可能性がある。
待てよ?
確かフェルファ子爵家とレイドリック様の実家ハイズ子爵家は、ハワード侯爵家から一部の領地を任されている貴族だ。
シリウス様のルートだと、ロザリアお嬢様がハワード家とカレントス家がライバル同士の様に昔からハイズ家とフェルファ家が敵対している事を教える。
そしてフェルファ家がシリウスの足を怪我した事件に関わっていた事を知ったナージャ様がヒロインの家に仕組まれたことに激怒して、ヒロインを突き落とすという暴挙にでる。
そしてその後、シリウス様がナージャ様を断罪する…。
「…。」
今の時点で分かるのは、
カレントス家はハワード家をよく思っていない事。
カレントス領地である街にフェルファ子爵家の業者がいたという事。
そして『狼』を乗せた業者がハワード家の牧場へ連れて行った事。
ここで疑問になるのは、フェルファ家が裏で引いているのか?だ。
フェルファ家と関係するのはあくまでハイズ家。
でもフェルファ家の主であるハワード侯爵家を巻き込んでまで、事を起こすのは流石に考え無しだ。
フェルファ子爵家とハイズ子爵家。
ハワード侯爵家とカレントス侯爵家。
この4家に何かしらの繋がりがないと…
「…。」
考えても分からないことだらけだ。
まずはシリウス様にフェルファ子爵家の『ミリア』という人物を知っているか聞こう。
そこから事件の繋がりが分かるかもしれない。
せっかく友人ができたお嬢様の為にもこのフラグを折らなければ…。
「そこにいるのはブロッサム公爵の補佐官ではないか?」
突然正面から声がかかった。
顔を上げると驚きの人物。
「貴方は…。」
ハワード侯爵家の紋章が入った馬車。
その馬車の窓からバロン王国宰相、エイベル・ハワード侯爵様がいた。
「そこで何をしているのかね?」
急いで頭を下げる。
「ハワード宰相閣下、ご機縁麗しゅう」
「ああ。で?質問に答えてくれたまえ。」
ハワード侯爵様は段々苛ついているのか早く言うようにと急かす。
それを見て頭を下げた。
「申し訳ありません。本日は我が主のご息女がハワード侯爵様のご子息様とカレントス侯爵令嬢ナージャ様のお誘いを受けて、ハワード領地にある牧場へ見学に行きます。その旅路の休憩にこの街に立ち寄りました。」
ハワード候は怪訝な顔をする。
「シリウスがブロッサム家令嬢を?…いつの間にそんな親しくなったのやら…」
納得してくれた様でほっと一息をつく。
でも何故宰相閣下とあろう者がここに?
「宰相閣下、失礼ながら質問しても宜しいでしょうか?」
「うむ。認めよう。」
気難しい人だから言葉に気を付けないといけない。
「恐れ入ります。宰相閣下は本日業務でこちらに来られたのでしょうか?」
宰相は王国の政務を担う国王の代理人。
国王の代わりに手足になる人だ。
殆ど王と共にいるはずなのに、ここにいるのは仕事の為か?
「いや。宰相としてこちらに来たわけではない。侯爵当主としてカレントス侯爵に面会していた。まぁ、すぐに王城へ戻るつもりだ。」
そうか。普段カレントス侯爵様はこの街の役所で侯爵の業務を行っている。
本来、立場上の理由でカレントス侯爵様がハワード宰相の元へ行くはずだけど、何か理由があってハワード宰相が赴いたのだろう。
「そうでしたか、お忙しいところお邪魔して申し訳ありません。」
再度頭を下げた。
すぐ王都に戻るなら、これ以上引き留めてはいけない。
だけどハワード宰相が暗い顔をして小さな声で呟く。
「…シリウスがここにいるという事は、あいつもここにいるのか…。」
あいつ?
一度何を言われたか理解が出来なかったが、レイドリック様の事だと気づいた。
ハワード宰相はシリウス様とレイドリック様が会っていることを知っている?
「あの愚息の事は何隠そうと分かるぞ。あいつの為に小賢しい事をしているのだろう。でなければこんな遠回りしてこの街に来ない。」
流石は宰相。
シリウス様達が陰で会っている事を把握している。
でもその事を息子のシリウス様に話していない?
ハワード宰相はフンっと横に顔を向けた。
「…どうしてそれを知っているのならば、彼がハワード領地に入る事を禁じていらっしゃるのですか?」
問いかけると、ハワード宰相は忌々し気に顔を歪めていた。
「…あいつの側にあの女がいるからだ。」
あの女…昔の恋人の事か?
「それはどういう事ですか?」
「ふん、戯言を言った。…私は妻と子供達を守りたい、それだけだ。失礼する。」
そう言ってハワード宰相は御者に声をかけて馬車を走らせた。
馬車が去っていく姿を俺は見つめる。
頭の中はハワード宰相の言葉がリフレインしていた。
あの女から妻と子供たちを守りたい。
やはりここはゲームと一緒…いや、違うところがある。
ハワード宰相はシリウス様とレイドリック様が密かに会っている事を黙認している。
それもハワード領地に隠れて入っているレイドリック様を罰していない。
「もしかしてレイドリック様を何かから守っている?」
『あの女』
女だけでは誰か分からない。
でも予想するなら…レイドリック様の母親。
もしくはフェルファ家の『ミリア』
情報が少なくて穴抜けが多いパズルに困惑する。
もっと情報を集めないと。
「…考えても仕方ないか…。お嬢様の元に戻りましょう。」
大きく息を吐き、宿屋へと向かった。
カウンターでレイドリック様の名前を言い部屋番号を教えて貰う。
偽名ではなく普通に自分の名前で借りていてくれて安心した。
部屋に着いてドアをノックしたらお嬢様が出てきた。
「カム遅すぎだわ!」
すごくお嬢様は怒っている。
「すみません。少し時間がかかりました。」
なだめるように言うと、お嬢様は急がすように俺の腕を掴む。
「と、とにかく早く入って!」
お嬢様の様子が何かおかしい?
中に入るとレイドリック様、シリウス様、ナージャ様…それと見たことがある少女…
ええ!?
「え?どうして…貴女がこちらにいらっしゃるのですか?」
目の前の少女に質問する。
「今日はそういう顔をされるのが多い日ですね。」
女性は苦笑して微笑む。
「貴方とは王城で何度か見たことがあります。確かクラベル家の者ですね?マリアン・アンバーです。よろしくお願いします。」
騎士の礼を取るマリアン様。
思いがけない状況に目を疑う。
お嬢様これはどういう事でしょうか?
そう思いながらお嬢様の顔を見る。
それが伝わったのか…
「わたくしに聞かないでよ!」
ムキーと怒ったお嬢様が俺の肩をグーで叩いた。
お読みいただき有難うございます。




