悪役令嬢は侯爵令嬢に戸惑う
カレントス侯爵家へ出発する前日。
「これもシナリオの設定なの?」
王都に戻って数日後。
ブロッサム邸のいつものテラスでカムと一緒にナージャ・カレントスからの招待状をみる。
「いえ、ナージャ嬢がお嬢様に接点を持つのは学園です。だから恐らくイレギュラー的なものが発生していますね?」
カムはまた攻略ノートを見ながら確認している。
「イレギュラー?」
「はい。お嬢様とシリウス様がブロッサム本邸で知り合った事態、既にシナリオと異なっています。本来ならシリウス様と知り合うのは学園に入学してから。だからこれもイレギュラーが発生しているとしか考えられないのですよ。」
「もうシナリオが無くなったとかではないの?」
だって学園前で知り合っているのだし…
でもカムは渋い顔をする。
「いいえ、それは断定できません。奥様の件でリリーお嬢様は旦那様を憎まずフラグは折れたかと思いましたが、思っている以上にグレン様がリリーお嬢様に執着しています。そしてお二人は婚約なさいましたし、この先リリーお嬢様も断罪される可能性があるのですよ?」
「そうよね…あいつは異常だわ?…何故かわたくしを目の敵にしてくるし…。」
「それはグレン様が訪問する度にお嬢様が邪魔をするから、彼から見れば敵なのでしょうね…。」
わたくしとカムは同時にため息を吐いた。
リリーが頻繁に王都に来るようになったお陰で、度々会いにくるあのヤンデレ。
グレン様が来る度に、わたくしはリリーに何か(破滅イベント)あったらと思い、一緒に付き添っていた。
毎回嫌そうな顔されてもリリーを守るために必死だったわ。
そしたらとうとう煮え切ったのか、あの男はわたくしになんて言ったと思う?
『姉風吹かすのも大変宜しいと思いますが、あまり妹離れが出来ないと直ぐにリリーが嫁いだ場合、貴女は寂しくなるでしょう?少しは離れて見守ってあげたらどうですか?』
嫌味ったらしい笑顔をしながら、わたくしを配慮するような言葉
でもその意味は…
邪魔ばかりするとリリーをすぐにでも嫁がなければいけない様にするぞ?引っ込んでいろ。
幼い妹を手籠めるなんて…なんと恐ろしい男である。
お陰で堂々とリリーを守れなくなった。
カムもこれにはお手上げで、現状を見守るしかない。
彼が将来の義弟になるなんて、考えたくないわ。
「話を戻しますが、変化があってもルーベルト殿下とグレン様の設定は変わっていません。ですが、この招待状はシナリオを壊す良い切っ掛けになるかも知れません。ナージャ嬢と知り合い、シリウス様の足が不自由になる原因を突き止めれば、ナージャ嬢の断罪を止められる。お嬢様、これはチャンスですよ?」
「シリウス様の足が不自由になるってどう言うことなの?」
彼の身体は特に問題ない。
なのに、足が不自由?
「ゲームの話だと、シリウス様が14歳の時に事件で足を怪我するのですよ。それが原因でシリウス様とナージャ嬢の婚約が破棄になってしまうのです。」
原因の理由が、シリウス様がナージャ様を庇った為。
王子様がお姫様を守っただけなのに、王子の父親であるハワード宰相が激怒した。
全ての元凶はナージャ・カレントスにあると言う事で…。
「…理不尽だけど、跡継ぎに支障が出来るほどの傷を負ったなら、そう思ってもおかしくないわね?」
「まあ、それはあると思いますが、ハワード侯爵家もこれがまた複雑なんですよ?」
カムはノートの一部のページを広げてわたくしに見せる。
そこに書いているのはハワード侯爵家の家系図だ。
「複雑?」
家系図を見てもよく分からない。
「俺が分かる範囲ですが、実は…」
・・・・・
カレントス領地に向かうため馬車を走らせる。
招待状には、『お茶会はカレントス領地で行うので、是非お泊りで来てほしい』と書いてあった。
王都にもカレントス侯爵家のタウンハウスはあるけど、ナージャ様はほとんどカレントス領地の本邸に暮らしているらしい。
カレントス領地は四大侯爵家よりも王都から距離がある為、日が昇らなない深夜に出発する必要があった。
「なぜ領地なのかしら?…初夏の月なのに肌寒いわ?」
寒さに耐える為、身体を両手で抱きしめるが底冷えは収まる事はない。
公爵家の高級馬車だから多少は寒さから守ってくれるけど、結構応える。
「カレントス領地は王都の北にありますからね。お嬢様、膝掛けをお使いください。」
アリアから温かい毛布を貰い体に被せた。
これで何とか寒さを凌げそうだ。
「こんな時間に出発するとは思わなかったわ…。」
「昼下がりには到着しますよ?文句ばかり言わず睡眠を取ったらどうですか?」
難しそうな本をひろげてカムは読んでいる。
「煩いわよ。」
全く従者なのに礼儀がなっていないわね。
カムだって小さな灯りしかないのに、本を読んで目がクラクラしないのだろうか?
「…カレントス領も結構広いのね?」
窓から周囲を見渡すと、真っ暗だけどのどかな平原。
四大侯爵家の中でも一番広い領地を持っている。
「そうですね。昔はハワード家と並ぶ程の権力を持っていたと噂があります。お互いライバル同士で争っていたそうですよ。」
アリアがカレントス領の事を教えてくれる。
アリアの親戚がカレントス領地に住んでいるから詳しいのだろう。
「どの領地よりも多くの産物を生産して国に貢献していたそうです。貿易の監査もあのフェロミア侯爵家と分けて担っているので、それなりに重要な家だったのですよ?…ですが今のカレントス家は良い話を聞きません…。」
生産領地として栄えていたカレントス家。
でも、それは過去形だとアリアは言う。
「良い話はないって、何かあったの?」
アリアは戸惑いながら言いづらそうに話す。
「いえ…あくまで噂ですが、カレントス家は経営難で領地の運営が上手く出来ていないのではないかと言う話と聞きました。」
経営難…カムが話してくれた話とこれは繋がっているのだろうか?
これから会う悪役令嬢は一体どんな人なんだろう…。
そう思いながら目を閉じた。
・・・・・
「お嬢様着きましたよ、カレントスの本邸です。」
カムが屋敷に着いたことを教えてくれる。
本当に昼過ぎに到着になった。
長い道のりだったわ…。
「遠いところ、ようこそおいで下さいました。」
馬車から降りたわたくし達に、わたくしと同じぐらいの少女が出迎える。
肩まである赤茶色の髪が緩くうねった少女。
ぱっちりの黒目はお人形みたいに可愛い。でも、一番目に付くのは…わたくしと同じ歳のはずなのに、お胸が大きく目立っている。
本当に同じ歳の子よね?
「ナージャ・カレントスと申します。お会い出来て光栄です。」
ナージャ様は柔らかな笑みを浮かべ淑女の礼をとる。
「お招き頂き光栄です。ロザリア・ブロッサムです。後には従者のカムと侍女アリアですわ。今日は宜しくお願い致します、」
わたくしも淑女の礼をとった。
カムとアリアも同時に頭を下げてナージャ様に挨拶をする。
「どうぞ、こちらへ」
ナージャ様に促され屋敷に入る。
屋敷の中に入ると使用人達からも歓迎してくれるが、どことなくこの屋敷は静かだ。
周囲を見渡すと、侯爵家の本邸なのに使用人が少ない。
出迎えも、この家の主の娘一人が迎えるだけで誰も彼女と一緒に迎えなかった。
それに家財をみると本邸と思えない程、質素な物が置いてある。
四大侯爵家の一つとはいえ、これでは威厳を保てないだろう?
部屋を案内してくれるナージャ様に声を掛けた。
「ねぇナージャ様?」
「何でしょう?」
「今日のお茶会のお客様は、わたくし以外に誰が来ているのかしら?」
貴族令嬢達のお茶会でこの出迎え。
きっと参加しているのはナージャ様の親しい友人だろう。
だが、わたくしの予想とは裏腹な答えがナージャ様から返ってくる。
「ロザリア様だけですわ。」
「え?」
「ロザリア様だけです。私が呼んだのは…いけなかったでしょうか?」
急にナージャ様の雰囲気が変わった。
無表情に答えるナージャ様の思考が読めない。
「…いえ、そんな、事はないですわよ?」
なら良かったです。とナージャ様は視線を外し再び歩き出した。
「???」
カムと顔合わせしながら疑問に思う。
ナージャ様の雰囲気が急に変わった。
先ほどの穏やかな表情とは違い、今のナージャ様は冷たい雰囲気を醸し出している。
とても歓迎していないように思えた。
どういうこと?
茶会の部屋に到着したナージャ様は扉をノックし扉を開けた。
「やあ、ロザリア嬢。お久しぶりですね?」
部屋を入ると、にこやかにお茶をすするシリウス様が座って手を振っていた。
お読み頂きありがとうございます。




