悪役令嬢は本音を語る
リリーは部屋に戻っていなかった。
お母様がまだ侍医に診て貰っている中で行くとしたら…?
「…あそこかしら?」
わたくしがここで住んでいた時、一緒にいた所…。
一番星が良く見えところ。
庭を出て大きな登り坂を歩くと小さなベンチがある。
やはりそこにリリーがいた。
「リリー。」
「…お姉様。」
リリーは俯いた顔をあげた。
「もう、勝手にどっか行かないで。探したわよ?」
ブロッサム邸はただでさえ広いのだから。
妹は再び俯く。
「何故…お姉様はお父様を庇うのですか?」
小さな声でリリーは問う。
「お父様はお母様を今まで無視し続けたのですよ?私にも…お姉様にも見向きもしなかった。それなのにどうして?」
リリーの言う様に今までのお父様はそうだった。
お母様とリリーに会う事を避けていた。
そしてわたくしにも王都にいるのも構わず、仕事で中々屋敷に帰ってこない。
わたくしだけは父に溺愛されていたが、所詮は我儘を聞くという名の形だけ。
後はカムに任せっぱなし。
寂しさが常にあった。
それをリリーは悟っている。
それなのに何故父を庇うのか…か。
「…そうね、確かに悩んでいたわ。わたくしたちの家族は他所の家族と違いバラバラだった。そんな状況でお茶会を開くたびに、親族の他の令嬢達が両親と仲良くしている姿を見るとわたくしは彼ら達を凄く羨んだ。…何度か家族に苛立ったこともある…。」
公爵家のお茶会でいつもわたくしは独りぼっち
公爵の両親が忙しい事は特に普通の事で、誰も揶揄ったりしなかった。
寧ろ、幼い子供がお茶会を切り盛り出来きる事に多くの者が褒めた。
流石、公爵令嬢だと。
でも…わたくしは常に子息子女の傍に居る親・兄弟をみて凄く羨ましかった。
どうして家族がいるのに傍に居ないの?
「でも公爵令嬢としてプライドが許さなかった。家族がいない事がなによ?貴族として当然でしょ?…そう思って割り切ったの。」
まだ幼子なのに一人で耐えていた。
姉が一人で耐えていた事を知ったリリーは痛そうな表情をする。
わたくしの言葉は上手く伝わっているようね?
だから続ける。
わたくしの想いを知ってほしい。
「貴女はわたくしが何もしていないと思っているかもしれないけど、ちゃんと出来ることはしていたのよ?お父様の近くに居れば、お母様に似ているわたくしを見て思い直してくれるかもしれない。そう思ってお父様の傍に居た。」
わたくしも出来るだけの事をした。
本当は正面からお願いしたいけど、もしかしたら父に見捨てられるかもしれない。
そう思と恐怖で震えて面と向かって言えなかった。
だから妹と一緒であくまで間接的に説得を試みた。
母の様に愛想をつかされない様に気を付けて。
でも、恐怖は時間が経つと増加してきて…
「…気づいたら、わたくしも父と同じ逃げたの…見向きもしないお父様、嘆いてばかりのお母様、お父様に怒ってばかりで何もしないリリーから逃げたかった。」
「…お姉様。」
わたくしの心情にリリーは複雑そうだった。
でもまだ続きがある。
「それからわたくしは現実から目を背ける様に沢山豪遊したわ。折角公爵令嬢なのだから、最高貴族として贅沢してやろうって。そしていつか素敵な王子様が迎えに来てこの家を一人で抜け出す。そう思って過ごしてきた。」
お父様の望むような公爵令嬢としていれば、お父様は目を瞑ってくれる。
だから現実逃避するのは簡単だった。
「でも…そんな現実逃避も長くは続かなかったわ…だってカムに出会ったから。」
カムに出会ってからわたくしの世界が変わった。
カムはわたくしの我儘をことごとく跳ね返し良い悪いと分別を教えてくれる。
口煩いのに何故かカムと一緒に居ると楽しい。
家族と一緒に過ごしている感じで嬉しく思う。
そして一緒に過ごしている中でもっと変化が起きた。
「…突然変なことを言い出すから困るじゃない。」
「え?」
「そうよ。カムが急に変になったの。あの男、わたくしが悪役令嬢だと言って更に厳しくなったわ!ちょっとしたお願いも悪役ルートだから駄目だって断ってお願いを聞かないの。
王家のお茶会だってルーベルト様の為に色々と計画したのに全部却下されたわ!」
公爵令嬢として格を見せつける為に、前々からデザイナーに提案していた贅をつくした衣装やアクセサリーをカムは却下した。
当日に届いたのは当初のデザインと異なるドレスと宝飾品。
これには本当に困ったわ。
「しかもお茶会の当日もカムは変な事を言って邪魔をしたのよ?ルーベルト様の婚約者になるなと言って…このお茶会はその為のお茶会だと言うのに…。」
「…そうなのですか…?」
突然わたくしの愚痴にリリーが困惑している。
話が脱線してしまっている事は理解しているけど、まだ話は終わっていない。
「でもね?…カムのその変な行動のお陰で、お父様の本当の気持ちがわかって…お父様がお母様を助けようとしていた事にわたくしは嬉しかったの。家族四人で暮らしたいとお父様が思っていた事に…わたくし達家族の心は一緒だと感じて本当に嬉しかった。」
「…お父様が家族で暮らしたい?…本当に…?」
驚くリリーに頷いた。
「ねえリリー。貴女はどうなの?今でもわたくしたち家族で一緒にいたい?それともお母様とフレッドと一緒にいたい?どちらがあなたにとって大切なの?」
「私の大切…。」
「わたくしも今でも家族で暮らしたい。お父様とお母様、リリーとみんなでやり直したいの。だからまずお母様の蟠りを取りたい。リリー協力してちょうだい。今のお母様はわたくし達の声を聞かないわ。貴女の協力が必要なの。」
今度こそ家族でやり直したい。
父もそう心から思って戻って来た。
だからリリーも…貴女が今でも家族でいたいと思ってくれるなら。
協力して?
「私は…私は‥‥。」
リリーの眼から涙が流れ頬を伝う。
「今までずっとこの屋敷はお父様だけがいなかった。だから私はお母様に聞いたの。「どうしてお父様はいないの?」って。」
産まれてからリリーは父に指を数える程しか会えていない。
その理由は父が屋敷に帰ってこない為。
初めて会えたのはわたくしがリリーを王都のタウンハウスに連れていったからだ。
これは初めて会う前の話だろう。
「お母様は『わたくしが男子を産めず病気が悪くなった事で領地に帰ってこなくなったの』っていったわ。…それは私が産まれたからお母様の病気が悪化した…私が女だったからお父様が失望したってという事でしょう?私が家族を狂わせた!」
確かにお母様はリリーを産んで身体を壊した。
でもこれはリリーの所為ではないのに、この子は思い込んでしまった。
「その事実が苦しくて何度もお父様に『お母様に会ってほしい』と手紙でお願いしたの。お母様の為にと言っておきながら、心の中では『私の所為じゃない』って『私が産まれたことを否定しないでほしい』って願っていた。でも…何度も返ってこない返事に落ち込みました。」
勇気をもって直接会って父に言えていれば、その勘違いは無かったはず。
きっとリリーも真実を知る事が怖かったのだろう。
「…私は狡い…家族と一緒に居たいと思うのに、自分の事だけしか考えていなかった。そしてただお母様やグレン様に…フレッドに縋り付いていた。」
そんなの全く狡くない。
家族が一つになる事が、リリーにとって何よりの救いだった。
それが叶わなくて偽りの家族を求めた。
妹もわたくしと同じで逃げたのね?
「私にはお母様達がいる。この人達だけが居ればそれで良い。そう何度も自分に言い聞かせていたの。…でも…違う…私の家族は存在している…お父様とお母様、お姉様。私の家族が居るの。」
「…ええ、そうね。わたくし達家族が存在している。目を背けたって忘れるわけないわ。」
わたくしが贅に逃げていても、やはり家族の事が忘れるわけない。
リリーも同じだったのだろう。
「はい。いつも家族みんなで暮らせたらどんなに良いのだろうって。…私は今でも叶うなら…家族で一緒いたい。…ちゃんとお父様が居てお母様が居て、私とお姉様がいる。そんな家族団らんをずっと夢見ていた…。」
「リリー」
嬉しかった。やはり妹も気持ちは同じ。
リリーは涙を拭う。
「…フレッドを疑う事で、お母様のお父様へ疑心は解けるのでしょうか?」
「そうよ。…貴女は辛いかもしれない。でも手紙や毒がお父様じゃないと判れば、お母様もお父様への誤解は解けるわ。」
父への嫌悪はきっと手紙と毒。
誤解と分かれば、お父様の話を聞いてくれるかもしれない。
「…本当はフレッドを疑いたくない。あの人は私にとってもう一人の父親です。」
彼を想うリリーは暗い顔をする。
「なら、猶更止めてあげないといけないわ?どんな理由があるとしても毒を使いお父様とお母様を仲違いさせるなんていけない事。大事な人と思うなら止めてあげる事も必要よ。リリー貴女は強くならなければならない。大事なものを守りたいなら強くなりなさい。」
もう誰かの後ろでめそめそしてはいけないわ。
「…強さ…私が強くなって止める…。」
「ええ。リリーが彼を叱ってあげなさい。貴女なら出来るわよ?だって私の妹だもの。」
そう喝を入れると、リリーの表情が徐々にしっかりした顔つきになる。
「…お姉様、私も協力します。いえ協力させて下さい。」
よし!これでこそ私の妹よ!
「お願いね?あとは…お父様の所に行って、フレッドを止めてもらわないと…痛いぃ!」
頭に何か当たる。
「お嬢様は大阿保ですか?何度も申し上げたはずです。話は最後まで聞くようにと。」
ようやく妹に協力を得たのにこの男は…。
しかもわたくしの整った頭を手刀で叩くなんて!?
「カム、痛いじゃない!?」
こっちが怒っているのに、カムは呆れた表情を直さない。
「オーバーなのですから…そんなに強く叩いていません。全く、お嬢様はどうしたら直りますかね?その後先考えずの性分は。」
「なんですって!?」
手をあげるだけじゃ飽き足らず嫌味も言うの!?
「そんなことよりも、リリーお嬢様と和解できたのですか?」
わたくしが応戦しようとしたら、カムは話題を変えてきた。
「ふんっ、当たり前よ。」
「…ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。」
リリーはカムに頭を下げる。
「リリーお嬢様、どうか使用人の俺に頭を下げないでください。お苦しいお気持ちだと思いますが、お嬢様の協力が必要です。手伝って頂けますか?」
カムの懇願にリリーは頷く。
「はい。」
「良かった。では早速リリー嬢様に聞きたいのですが、旦那様が送った手紙はありますか?」
「手紙ですか?」
「そうです。それがあればお旦那様に異常事態とお伝えができます。そして奥様の誤解を解ける証拠になります。…ご存知でしょうか?」
手紙が証拠になる。とっても重要な事だわ。
でもリリーは首を振った。
「…手紙は無いと思います。」
…無い?
「ええっ、無いの?」
「はい。定期的に来るお父様の手紙をお母様は必ず読みますが…毎度怒って捨てています。」
「ああ…それは目に浮かぶ光景ね?」
母の気性が荒いのはわたくしとカムもよく知っている。
今更だ。
「で、では毒はまだお持ちでしょうか?」
「…毒薬はフレッドが片づけました。お母様の手にあるととても危険という事で、フレッドが処分したのです。」
万が一、自暴自棄になった母が薬を飲まない様に。
だから証拠は残っていない。
「そうか…。」
カムは悔しそうに呟く。
証拠になるものがないなら、どうやって証明したらいいのだろう?
「あの…この事をお父様に伝えますか?」
悩むわたくしたちにリリーは声を掛けた。
「そうです。公爵様からキャンベル氏を取り調べして頂かないとなりません。でも証拠になる手紙が無いと難しい。遠回りになりますが、偽旦那様やその関係者たちを捕まえてから旦那様に報告した方が良いでしょう。」
どちらにしろ、フレッドを調べなくてはいけない。
ただし時間がとても掛かる。
それを話すと、リリー徐に口を開く。
「証拠が無いのでしたら証人はどうでしょうか?…私は手紙を読んでいます。それをお父様に伝えれば宜しいかと思いますが?」
内容を知っているリリーがお父様に伝えれば、お父様はフレッドを疑う。
「証拠と比べれば弱いです。でも旦那様を動かすことは出来るでしょう。ただ…それはリリーお嬢様から直接旦那様に話さなければならないのですが…宜しいのでしょうか?」
今まで向き合ってこなかった父と妹。
「はい。私から父に話をします。」
でもリリーに迷いはなかった。
読んで頂きありがとうございます。




