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7 特訓の日々

 

 それから毎晩、本当に不眠での特訓が続いた。


 僕とロラマンドリだけで隠密に行っているため、毎朝、僕の寝不足を心配するシャルをごまかすのは大変だった。


 さらにトカゲさんは夜の特訓開始の合図だけして、さっさと帰って寝てしまうからずるい。


 しかも、肝心の成果はと言えば……芳しくはなかった。特訓初日こそ。黒い炎を自傷せずに出現させることができ、少しだけだけど掌から放つこともできた。


 しかしその日以降、黒炎を撃ち放つ特訓はうまくいかなかった。せいぜい大人の人族一歩分程度の距離を飛んで落ちる程度だ。つまり、掌から放つことはできても、威力を乗せることができなかったということだ。


 これでは攻撃とすら言えない。ロラマンドリがいうように、火炎魔術を使ったほうがまだましだった。


 転機は、結果を得られず試行錯誤を一週間ほど続けたあとの早朝に訪れた。


 朝靄が浮かぶ城跡で対峙する僕とトカゲ少女。


「あれから全く進歩がないのう……」


「すみません……」


「ならば、刺激療法といこう」


「え……?」



 ゴオッ! という轟音と共に現れたのは、


 赤い炎を纏ったロラマンドリ。


 朝靄の中で煌々と輝く姿は、まるで不死鳥のようだ。



「いくぞ」


 その不死鳥の少女は、すうっと指先をこちらに向ける。


 彼女を包む赤い炎の一部が命を吹き込まれたかのように分離し、僕に向かって飛んでくる。


「う、うわあああ!!」


「貴様、炎の使い手のくせに怖がってどうする!!」


 次から次へと飛来してくる炎の礫。それは生まれ故郷であるヴルカン村の、大火事を僕に想起させた。身がすくんで動けない。


「あ、う……あ……」


「どうした人族!!」


 真っ赤な壁のごとき炎の向こう側から、トカゲ少女の声が響く。


「この程度でひるんでいては、『影』は倒せん!! 貴様の復讐心は、その程度であったか!」


「で、も、これは……う、ああ」


 あの惨劇が脳裏に浮かんだまま、焼きついて消え去ってくれないんだ。


「ふん。興ざめだ。そろそろ終わりにする」


 ロラマンドリは、身体中の炎をさらに燃え上がらせる。


「今から撃ち込む我の炎、貴様が無様に直撃されるようなら、この度はもう終わりじゃ」


「!!」


「二度と貴様とは会わん。これが最後じゃ。――いくぞ!!」


 その巨大な炎が、僕の身体を貫こうと一筋の矢となってこちらに向かってくる……!


 とうさん、かあさん……。


 マリィ……おばあちゃん……。


 いろんな人たちが犠牲となってここに立っているんだ。


 こんなところで、止まっちゃだめだ!!


 僕は正面を見据え、高速で迫り来る一筋の赤い線を両眼でとらえる。


「ふっ!!」


 炎が着弾する一瞬前。


 僕は身を逸らしながら、左の掌を掲げそこで炎を受けた!


 しかし高速で飛ぶ一筋の炎は僕の右掌を貫き、左肩も削り取って飛び去った。


「はあっ、はあっ、はあっ!」


 恐るべき赤い炎の威力だった。ギリギリで躱しながら左手で受けたはずが、肩もろとも竜の顎に噛みつかれたかの如く奪い取られていった。


 あの軌道、本来であれば、僕の左胸にある心臓を射貫き抉りとったはずだ。


 つまり彼女は、本気で僕を殺しに来ているんだ。


 油断なんてもってのほかだ。死に物狂いの全力を出さないと、殺される。そして、二度とこの優しい皮肉屋の少女から教えを乞うことができなくなる!


「ふー、ふー、ふー」


 呼吸を落ちつかせる。左半身は大部分が削り取られメラメラと燃えているが、()()()()()()()()()


 僕は、幸い無事だった右手を眼前に掲げ、強く念じる。


 掌から、黒い炎が浮き出てきた。


 右手は傷を受けていないが、僕が願う通りにそれは出現した。


 闇の神から与えられた、復讐の炎。


「……む!」


 トカゲ少女がなにかを感じ取ったのか、身構える。


 もう一度炎を放とうと、体を燃え上がらせた。


「……いきます」


 僕は今まで特訓してきた成果をここで解き放つ。



 それは一瞬の出来事だった。


 赤毛の少女が高速で一筋の炎を射出したと同時、


 僕の黒い炎が、この空間を支配する。



「むう!? これはっ!?」


「トカゲさん!! あ、ぶ……ないっ!!」


 ――そして気づけば、赤髪の少女をお姫様だっこしていた。


 無我夢中で、そのときなにが起こったか、状況を整理するには時間がかかった。


 彼女は自らの炎ではなく、僕の黒い炎ですすこけていた。髪の毛も火の粉が散っている。


 特訓の成果を解き放った結果、僕は少女を圧倒した。そうして、あとすこしで彼女を燃やし尽くすところだった。そのぎりぎりで、僕は彼女を守った。


 つまり、()()()()()()()()


 まるで姫君を守る騎士(ナイト)のように、僕はトカゲ少女を胸に抱きながら考える。


 これがあれば、あるいはこれからの『影』との戦いで、一矢報いるどころか対等に戦えるかもしれない。


「――い、人族」


 思わず、腕に力が入る。


 戦いのさなか、炎で頭の中が真っ黒に燃え盛ってしまうあの現象も、今回は起こらなかった。


「――おい、人族、聞こえてるのか!」


『影』と戦ううえで、今の黒炎の使い方には手応えを感じた。


 成果は確かに喜ばしい。しかし、忘れてはならないこともある。


 闇の力をうまく扱えるということはつなり。


 僕は、もしかしたら闇の存在としてまた一歩近づい――


 痛い!!


「人族!! い、いいかげんにせんか!!」


「え……? あ!」


 僕の腕の中で、赤毛の少女がちょこんと収まって抱えられている。その顔は羞恥に染まり切っていた。


「あわわわわ!」


「貴様、これはわざとか!? わざとなのか!?」


「違います、ごめんなさい!!」


 自分の思考に没頭していたから忘れていた! 腕の中で僕を非難するトカゲ少女に謝罪する。


 僕の腕の中で(なぜか)大人しくしていたロラマンドリは、顔を真っ赤にしながらお願いするように話しかけてくる。


「いいか、そーっと、ゆっくり下ろすのじゃ」


「はい!」


 スタッと地に下りた少女。


「まったく、近頃の人族は……」


 うちのおばあちゃんのようなことを独りごちる少女。


 と、ハッと何かに気づいた少女は、


「それより人族、いまのは……」


「はい……無我夢中だったんですけど、これなら……」


 先程の成果を確かめる僕を見ながら、赤毛の少女は顎に手を当て、


「貴様は、もしかしたら、闇の眷属としての才能があったのかもしれんのう」


「……よしてください、そんな才能、いりませんよ。僕はこれでも、アーシア神様の洗礼を受けることができたんですから……」


「ふん。この状況下では、願いを聞き入れぬ善神よりも、代償があれば聞き入れる悪神のほうがよほど頼りになろう」


 その言葉は、魔女マリアンの住む家……その地下室でシャルが僕に話したことと、皮肉にも同じだった。



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