6 夜闇の中の特訓
「貴様は、闇から授けられた力を持て余しておる」
それは僕が精霊の里で目を覚ました直後。敵であるリリカを殺さず里に運び入れ、回復を待っていた頃だ。
次の『影』との戦いに備え、密かに行われた鍛錬の一幕。
里のはずれ、広く拓けた城跡。植物を由来とし、建築物も全て木製のこの里で唯一の石造り。精霊界の英雄リアード伯爵が城主であったその跡地で、ロラマンドリと僕は向かい合って立っていた。
完全に夜のとばりがおり、辺りは真っ暗だ。
「持て余す……ですか?」
腕組みをするトカゲ少女の言葉を僕は鸚鵡返した。
「ふん、いいか人族。貴様の力は、いわばまだ受け身じゃ」
闇夜でもわかる鮮やかな赤毛を風に靡かせながらロラマンドリは続ける。
「まず、貴様の能力を説明してみよ」
「は、はい。ええと……どんなに深い傷を受けたとしても……それが致命傷であっても、死ぬことはない。即座に回復する力、です」
「ふん、いいじゃろう。だいたい合っておる。まあそれだけでも驚異的ではあるのだが……貴様のその力には、欠点も多い」
「……それは……なんとなく、理解しています」
あの全ての魔術を使いこなす瑠璃色の髪を持つ『影』との死闘で、自覚せざるを得なかった。
「まず貴様の能力は、敵から攻撃を受けてはじめて発揮される。逆に言えば、先制攻撃には全く向いておらん」
「はい、その通りです……」
黒い炎は、敵に触れるとその命を燃やし尽くすまで消えることはない。我が力ながら恐ろしい力だと思う。しかしこの炎も、僕自身が怪我を負ったり、自ら傷つけなければ出現することはない。
それはつまり、初手で致命的な――たとえば回復までかなりの時間を要する攻撃を敵が仕掛けてきたとしても、防ぎようがないということだ。
夜闇に紛れ赤毛の少女は会話を続ける。
「あのリリカとかいう傲慢でうかつな女だからこそ、事なきを得たが……これからの戦いで幸運なぞ期待せぬことじゃ」
たしかに、その通りだ。
僕には、熱意や信念はあるかもしれない。
持て余してしまうほどの恐るべき力も。
しかし、敵を想定しての実践的戦略は皆無だった。
「ふん。だからこそじゃ。貴様のその黒い炎、自らを守るためだけではなく敵に向ける矛としても扱うことができれば――」
「『影』との戦いも、有利に運ぶことができる!」
「今から特訓を開始する」
どこか、目の前のトカゲ少女は得意げだった。彼女が望んだ言葉を僕が継いで発することができたからかもしれない。
先ほどの腕組み姿勢のまま、うむうむ、と満足げに頷くのみだった。
もしかしたら、ロラマンドリはこういう師匠役をやりたかったとか……?
「そのふるまい、マリアンさんみたいですね」
図星をつかれたのか、ロラマンドリの顔が赤くなる。この暗がりでもわかる狼狽ぶりだった。
「ご、誤解するな! 決して真似をしているわけではない!!」
ゴホンと一つ咳払いし、僕を睨み付ける火蜥蜴の少女。
――べつに魔女マリアンを模倣していても、いいと思うんだけどな……?
ロラマンドリは誤魔化すように「はじめるぞ」と僕へ前振る。
「人族。まずは炎を出してみよ」
「……うん、わかった」
「ただし、身体に傷をつけずにじゃ。できるか?」
「……やってみるよ」
僕は掌を胸の辺りまで持ち上げ、目を閉じて考える。
闇の炎は、僕の身体が傷ついた時に燃え上がる。
逆に傷ついてなければ、黒い炎は出せない。
自分に傷をつけず黒い炎を発生させるには……どうすれば良いのだろうか。
目を閉じたまま、人族からも魔族からも忌み嫌われる存在となってからの自分について、あらためて思い返していく。
あの黒炎は日頃、自分の体内に秘められている。僕が外から攻撃を受けると、傷を塞ぐために燃え盛る。たとえるなら、火が消えた木炭に息を吹きかければ再び活性化するようなものか。
そして、黒い炎は自然界にあるような炎じゃない。
その根拠は、リリカとの戦いだ。僕の黒い炎は、あの戦闘中彼女だけを燃やし尽くし、そして鎮火した。
あれだけの勢いで燃え盛ったにもかかわらず、建物への延焼は免れていた(焼け焦げたのは、むしろリリカが出した竜の姿をした炎による影響だろう)。
一方で、彼女と接敵する前。リーバインの城下街へ通じる関所の戦いでは、僕の黒い炎は辺り一帯を焼け野原にした。
この差はなんだ?
さらに深く、思考を巡らせていく。
あるとすれば……。
いや、まさか。
でも……そう仮定してみれば符号する。
おそらく、僕は制御し始めているんだ。
あの脳が焼き切れるような連続で、無我夢中で意識も失っている状況の中で、僕はあの黒い炎を次第に操れるようになってきている。
絶命の炎が、僕の体に馴染みつつあるんだ。
この闇の力は、僕の復讐心から授けられたもの。
僕の恨みや憎しみの心を糧に、生み出されている。
そんな黒い炎を自分の意志で表出させるためにはどうすればいいのか。
つまり今は。
こう願うんだ。強く、強く、恨みと憎しみで脳が焼き切れるほどに。
――僕の家族を、村のみんなを皆殺しにしたヤツらを絶対に殺す。
――この力で必ず!!
刹那、僕の右掌に変化があった。
傷のない皮膚の表面から、何かが浮き出てきたのを感じる。
僕は目を開け、右掌をじっと見つめる。
ボウッと揺らぐ、黒い炎が生み出された。
僕が強く刻んだ怨嗟の念。
それを薪替わりに燃え盛っているようだった。
静かに僕の試行錯誤を見守っていたロラマンドリが、「ほう」と感心の声を上げた。
「何度も炎に巻かれ、そして蘇った貴様じゃ。ある程度の操作ができるようになったようだな」
体内に宿る黒い炎を念じれば発火できるようになった。
復讐者としての前進。それは人としての後退を意味する。
「そのまま、強く念じ続けよ」
僕は頷くと再び目を閉じる。
この炎は、忌まわしき闇の力の化身だ。
しかし、僕にとっては、かけがえのない、失ってはならない、復讐するための力。
だからこそ、使いこなす。
想像する。
あのリリカとの戦いでは、僕は彼女に近づくことができずに苦戦した。
いや、苦戦というには生ぬるい、惨敗した。至近距離にまでたどり着くことができず、彼女にこの炎を撃ち込むことができなかったからだ。
だったら、この炎を遠く離れた場所からでも、撃ち放つことができれば――!!
もう一度強く願う。
復讐の炎が、自分の身体を火種に燃え盛るのが分かる。
目を閉じた中でも、掌の炎のゆらりとした揺蕩いが感じ取れた。
精霊の里のはずれ、リアード伯爵の城跡。真夜中で無風状態だ。
しかし、炎の揺れを感じる。右掌からの解放を今か今かと待ちわびているようだ。
念じろ。
――この炎を、『影』たちに、注ぎ込む。
――必ず息の根を止める。だから――!
――飛べ!!
カッと目を見開く。
それに呼応するように、黒炎はボウッ! と音を立てて右掌から飛び立つ。
「やった!」
……そして、すぐに近くの地面へ落ちた。
黒い炎で地面が照らされる。石の回廊でメラメラと燃えていた黒い炎は、しばらくして燃え尽きた。
薄く煙が立ち上り、再び闇に包まれる。
「貴様、今ので歓喜の声をあげたのか? 痴れ者が……」
呆れるロラマンドリ。
「いや、でも、飛びあがりました。今までよりも十分すごいですよ!」
「ふん、うつけが。これなら、単純に魔術を扱うほうがよっぽど効率的であろう」
「そ、それはそうかもしれませんけど……」
「手から炎の奔流を放ち、石造りのこの城跡全てを灰に変える程度の威力を出せ」
「そんな無茶な!」
「無茶でもなんでもやれ。貴様の信念とやらはその程度のものなのか?」
「ち、違いますけど……」
「これから毎晩特訓じゃ。朝までずっとな。なに、三日くらい寝ないでも人族は死なんだろう。あ、すでに不死であったか」
――なんでこんなに煽ってくるんだ、トカゲさんは!?
胸の内で非難していると、それが僕の顔に現れていたのか、
「我が師マリアン様ならこの程度では済まなかったがのう?」
ニヤリとする赤毛の少女。
――あれ、根に持ってたのか……!
「……ぐぬぬぬ! わかりましたよ! やります! やり切って見せます!」
「その意気じゃ。朝また見にくるぞ」
そういうとロラマンドリは欠伸をしながら自分の寝床であるコテージへと帰っていった。




