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12 ローラという名のババア

 妖精の里にも市場がある。


 そこでは、僕たちの村では考えられない不思議な食材がたくさん売られていた。降臨祭を思い出させるけど、その何倍も賑わっている。しかもこの市場は特別なわけじゃなく、毎日行われているのだから、その盛況っぷりは並外れている。


 今は日暮れの少し前の時間帯だから、夕食の材料買い出しで多くの人たちが市場を訪れていた。


 里は世界樹を中心に放射状に目抜き通りにつくられていて、その一筋に沿ってこの市場はつくられていた。この通りが、里のあらゆる生活を支えていることを想像させる。薬草や農作物、家畜から取れるチーズや卵、樹液を塗った色鮮やかな工芸品など、様々な商品が、所狭しと並べられていた。


 当然、それらを売るのも精霊たちだ。精霊といっても彼らの見た目はほとんど人族と区別はつかない。違いがあるとすれば、人族よりも肌がやや白く、髪の毛も金色に近い。そして耳がとがっている。それくらいだ。


 もっとも、教会の神父様から聞いたところによると、その寿命は人族の何十倍もあるらしい。


 市場のある目抜き通りのはずれで、精霊の子供たちが遊んでいる。だけど、もしかしたら彼らは僕よりもずっとずっと年上なのかもしれない。


 子供たちは、精霊の森に生える木でつくったのだろう、風車のようなおもちゃを、風に飛ばして競い合っているようだ。こうして遊んでいる風景を見ていると、僕たち人族と何も変わらない。おもわず頬が緩んでいく。


 風車が、トスっと、僕たちの足元近くに落ちた。それを隣にいる少女が拾う。駆け寄ってきた子供に手渡す。


「ありがとう! おねえちゃん!」


「いいのよ。遊びに夢中になって、みんなに当てないように気をつけてね」


「はーい!」


 子供にそう声をかけたのは、リリカだ。


 意外そうに見ていたのがバレたのか、彼女は僕の目線に気づいた途端、ツンと横を向いて顔を赤くする。


「なによ。わたしがこういうことすると変?」


「……いや、そうは思わないよ。すくなくとも、あの遅い昼食会を経た今は、ね」


『影』から情報を収集した僕らは理解できることと理解できないこと、両方があまりに多いことに驚いた。

ひとまず、長さまに情報の吟味は任せることにして、今は休息を兼ねて精霊の里を見て回っている。


 ここにいるのは、リリカとシャル、ロラマンドリだけだ。


「ねえ、すこしだけ回ってきてもいい?」


「市場をかい?」


「ええ。ダメ……かしら?」


「……かまわないよ」


「ありがとう! こういうところ、来たことなかったの! すぐに戻ってくるから!」


 子供が走って行った方角へ嬉しそうに歩いていくリリカ。物珍しげに、キョロキョロと首を振りながらゆっくりと散策する。


「……よかったの? リリカさんを一人にして……」


 僕の顔を覗き込むようにする幼馴染。


「キミがその魔術具を肌身離さず持ってくれている以上、彼女には何もできないよ」


「それに、我らの里でなにか不穏なことをしでかそうとしても、察知は容易じゃ」


 シャルの横に、赤毛の少女も並んだ。


「……『影』の情報を、できるかぎり聞いてみたけど、理解できないことが多すぎる。正直わからないことだらけだ」


「ふん。皆目見当もつかなかったところからは一歩前進じゃ。それについてはお兄ちゃんによる報告待ちじゃな」


「そういえば……トカゲさんも、この里は久しぶりなんじゃ? 友達に会いに行くとか、しなくていいんですか?」


「招かれざる客が訪問してくるときほど、嫌な気持ちになることはないじゃろう?」


 迂遠な表現だけど……つまり、トカゲさんの帰還はこの里の住民からは好意的には受け取られていないということなんだろう。これ以上深く踏み込んで話すことはおのずと憚られた。


「もしかして、ローラねえさん?」


 僕の思考は、幼い少女の声で止められた。


 いつの間にか、僕らの周りに、精霊の子供たち数人が集まってきていた。見た目としては五、六輪廻くらいだろうか。先ほどの、風車で遊んでいた子供たちとは別の集団だ。


「む、サラか。元気にしておったか?」


 トカゲさんの知り合いだ。先ほど彼女は、同族から距離を置かれているようなことを言っていたはずだけど……あれはただの嘘だったのか、それともこれくらいの子供にはあまり関係ないことなのか。


「……なに、そのキモちわるい話し方。ババアっぽい」


「ば……! なにをいう、これは魔女として生きる上で伝統的な――」


「そういう言い方がすでにババア。ね、スーザンもそう思うよね」


「わーい、ババア! ババア!」


 キャッキャッと、スーザンと呼ばれた少女が地面を跳ねながら連呼する。


 トカゲさんは、その言葉に顔を真っ赤にしてわなわな震え始めた。


「大人として我がしっかりとおぬしらをしつけてやる!! そこを動くな!!」


「わー! ローラねえさんが怒った! にげろー!」


 幼い少女たち数人は、散り散りになって逃げだした。


 その中の一人――サラと呼ばれていた子供――を標的に、赤毛の少女は怒り心頭で追いかけていく。


 僕とシャルは、その様子を唖然として見つめる。


「ぷっ……」


 思わず吹き出す幼馴染の少女。


 僕も頬が緩んでしまう。


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