13 『死の呪い』への抵抗
精霊の里で目覚めてからというもの、トカゲさんの意外な側面が徐々に暴かれつつある。初めて会ったのは、ヴルカン村の山奥で獣から追われている小動物の姿のときだったけど……今では考えられない変化だ。
そこでシャルがふと気づいたように、
「また、こんな緩やかな時間を過ごせてるなんて……夢みたい」
もちろん、リリカによると『影』はまだあと三人いるのだから、油断は禁物だ。むしろここからが正念場になるはずに違いない。
「そうだね……でも」
うまく言葉にできるだろうか。
僕は、夢の中でずっと考えていたことを彼女に伝える。
「今がどんなに楽しいと感じだとしても……忘れちゃいけないことがある。僕は、幸せになっちゃいけないんだ。この手で、すでに何人も殺してしまった。いつか報いを受けるときが来ると思う。でもだからこそ、僕は復讐を果たす」
「ユーリィ……」
「僕は、忌み嫌われている存在だ。人族からも。魔族からも」
シャーロットのほうを向いて、
「でもそれだけじゃない。もう一つ、目的を見つけたんだ」
「え……?」
「シャル。キミは自ら決断してくれたけれど……僕は抗いたい。キミの『死の呪い』は、僕が解呪してみせる」
「……!」
「キミは、僕が絶対に死なせない」
「そんな……無理よ!」
「無理……かもしれない。だからこそ、やる価値がある」
幼馴染みの少女は、驚いたままこちらを見つめている。
「だけど、復讐しようとしている僕と、一緒に旅をするだけで危険なんだ。だって……ギルドでも『影』に襲われたとき、僕はシャルを守ることができなかった」
今から幼馴染に伝える内容は自分としても、とてもわがままなことだとはわかっている。
「本当は、僕一人でやらなければならないことなんだ。……でも。でも、僕は一人じゃ戦えない。シャーロット。だから、これからも一緒に僕の旅についてきてくれるかい?」
そう、僕は一人では、なにもできないただの村人なんだ。
わがままだと自覚はしてるけど、そう彼女に伝えるしかなかった。
虚栄心なんてかなぐり捨てないと、『影』に打ち克つなんて不可能だ。一番の理解者にたいして、僕は見栄やごまかしをしている場合じゃない。
「……」
無言でこちらを見つめ続けるシャル。
やはり僕の身勝手と、彼女は感じているだろうか。
なぜなら、あの闇の神は契約の際にこう言った。
《貴様が復讐をなしえた後、この娘は火あぶりになり死ぬ》。
これを逆手にとれば、つまりは復讐を完遂しなければシャーロットは死ぬことはない、ということなのだ。
あの呪いはそういう契約だ。
だったら、僕が復讐を諦めれば、彼女は火あぶりにはならず、幸せな人生をまっとうできるはずだ。こんな血塗られた道を歩むこともなく、別の生き方をできるはずだ。
なのに、僕は……。
彼女と共に旅をしたいと、思ってしまっている。
贖罪と不安がまじりあった、僕の表情を見てとったのだろうか。
すこし瞳を潤ませた幼馴染の少女は一歩こちらへ進み寄って、僕の顔に向けすっと右手を上げる。
陶磁のように白く華奢な掌が、僕の右頬にゆっくりと触れようとして――。
「ユーリィ、怒るよ」
ぐに! と、頬をつねられた。
「むぐっ!?」
「だめなわけないじゃない」
「むぐぐぐぐ」
「わたしは、前にあなたに伝えているわ。『生きながら死ぬ』なんてごめんよって。なのに、もう一度同じことを聞いてきた。……つまり、わたしのすご~~~~く大切な話を、聞いてなかったってことでしょ!」
「ひひゃ、ひょんなつもりひゃにゃくて」
「言い訳しない! 次同じことを尋ねてきたら、もうあなたに朝ミルクを入れてあげないからね!」
ヴルカン村の教会で毎朝の日課だった話題だ。
それを持ち出して、面白おかしくごまかしてくれてはいるが、彼女の意志は僕に明確に伝わった。
本当に、ありがとう。
僕は、かならず、キミを呪いから解き放ってみせる。
「はい、もう辛気臭い話はおしまいよ!」
頬をつねっていた右手を離し、今度は僕に腕組みをしてくるシャル。
「お、おい!?」
「じゃあ、忌み嫌われし者同士、仲良くしましょ! あっちに、おいしそうなパンプキンパイが売られていたわ」
腕を組みながら市場のほうにずんずんと引っ張っていく。
この強引さは、三つ編みおさげ少女がまれに見せてくる性格の一端だから、僕としては馴染みのものなのだけど、腕組みされるのは初めてかもしれない。
なんというか……その……。
シャルの女性らしい柔らかな感触が、僕の腕を通して伝わってくる。
自分の顔がどんどん赤くなっていくのを自覚する。
やばい、足元もおぼつかなくなってきた。
「ねえ、ちゃんと歩いてよ。……どうしたの?」
「なんでもないよ! よし、歩こう! 僕は今日も元気だ!!」
「……この世界の人たちって天然でラブコメするのね」
「うわあ!!」
僕らがぎくしゃくしながら歩くすぐそばに、いつの間に戻ってきたのかリリカさんがあきれ顔で立っていた。
「ど、どうしてここに!?」
「すぐ戻ってくるって言ったじゃない。変態魔王さん」
「なにその仇名!?」
必死に醜態をごまかそうとしていると、シャルは僕に組んできている方とは別の腕を青毛の少女に絡めながら、
「リリカさんも!」
「わわ! え? わたしも何?」
「今だけは、楽しみましょ!」
『影』と魔王、二人を連行し始めた幼馴染は、再びお目当てのパイが売られているお店まで進軍を開始する。




