10 チートの王
僕はロラマンドリの考えを継ぐように、手元の薄い板金を持ち上げ質問する。
「この魔術具について、教えてくれないか」
「それはタブレットっていうの。そこから、この世界のすべての魔術を引き出せる。タブレットそのものの本来の用途は違うんだけどね」
「真か……。到底信じられん。やはり、世の理を逸脱しているどころではないぞ」
「そりゃそうよ。この世界のものじゃないもの」
「つまり、リリカさんの世界ではこういった魔術具が当たり前に存在する……?」
「いいえ。本来の用途とは違うっていうのはそこなんだけど、このタブレットもこの世界に来る前は別の使い方があって、死んだあと持ち込めたのも偶然だし……うーん、説明が難しいな」
『影』の少女は野いちごのムースをつついていた木製スプーンをぴっと上に立て、
「えっとたぶん……なんだけど、いまここにわたしがいる意味や、転生してくるときにもたされたこれについては、考えても無駄かも。何の意味もないと思う。神様の思惑とかそういうのも、たぶんない」
「……どういうことだ?」
「そう思った理由は……長くなるから、これは後回しにさせてほしい。じっくり話せるときに話すわ。今はそれより、あなたたちは状況分析とこれからへの対処をしたい……そうよね?」
「ふん。たしかに貴様の言うとおりだ。優先的に知りたいことは別にある。我らが次に聞きたいのは、他の『影』の情報じゃ。おそらく、これに似たものを、他のやつらもそれぞれ持っているな?」
「……そうね」
野いちごのムースを食べ終わったリリカは、あごに手をあて、
「その質問に答える前に、わたしにも質問させてほしい」
「なに?」
火蜥蜴と精霊のハーフの少女は、やや気色ばむ。
「それくらい構わないでしょ? そっちの質問にはあとでちゃんと返すわ」
そういう問題ではない、といわんばかりに円卓に前のめりになるロラマンドリ。
しかし、
「トカゲさん、それくらい構わないですよ」
僕の反応に、シャルも意外そうにこちらを向く。
いいんだ。
今行なっている、目の前の『影』からの情報収集は、強引な手段をとる必要はない。少し前からそう思い始めていた。これは強制的な尋問じゃない。僕らは頼み事をしているんだ。
「ふん。これだから人族は……」
ぶつぶつと不満を垂れる赤毛の少女。「というかまたトカゲさんに戻ってるではないか」とかなんとか言っていた。
……そっちが気になるの?
いや、そんなことより、今は目の前の『影』に集中するんだ。
乱暴な詰問じゃなく、対等な立場として訊きだすんだ。
この青毛の少女を、僕たち人族と同じ存在だと考えるんだ。
気持ちは、きっと伝わるはずだ。
「リリカさん、質問とは?」
「!」
初めて彼女の名前を呼んだ僕の意図を読み取ったのか、恥ずかしそうに微笑んだ。
僕の思いは伝わっただろうか。
「むぅ……」
――痛っ!?
僕の右隣で、シャルが頬を膨らませながら横腹をつねってきた。
「ちょ、な、何!?」
「べーつーにー」
声を殺してコソコソやりとりをする僕と幼馴染。
「人族、どうした?」
その水面下の攻防を把握していないロラマンドリが不思議そうにこちらを窺う。
「い、イヤなんでもない! それで……続きを!」
慌てて青毛の少女に向き直る。
「ユーリィくん、キミの能力よ」
「え?」
「キミたち、わたしのことを化け物扱いしてるけど、全っ然、人のこと言えない。そっちこそ化け物みたいだったじゃない。この世界の住人全員がそうなわけ絶対ないし」
「あ……」
すっかりと。
忘れていた。僕は、僕の異常性を。その通りだ。僕こそ異端であり化け物なんだ。
「ふん。……この人族は何物にも代えられぬ代償を闇の神へ払い、『不老不死』になったのだ。貴様たちに復讐するためにな」
僕の代わりに、忌々し気に告げるロラマンドリ。
彼女は魔族の一人であるはずなのに、人族に寄り添うような言い回しで答えた。
「不老不死……なにそれ。この世界ってそんなことができるんだ……。じゃあ、ユーリィくんもわたしたちと同じチートじゃん」
「『チート』……?」
またしても耳慣れない言葉が出てきた。
「ずるいとか、汚いってこと。キミはつまり、死んでも死んでも生き返るんでしょ。ようは無限コンティニューな訳でしょう。すごくズルしてる。だからチート」
「チート……ずるい……汚い……」
「あと、魔王じゃないのに魔王とか嘘ついてたよね」
手にしたスプーンをくるくる回してしたり顔で指摘するリリカ。
う……やはり、バレていたのか。
「あんなに余裕のない頑張り屋の魔王なんていないわよ」
「まあ……そうだよね」
「ふふっ……そういうことよ」
二人して笑い合う。
仇討ちの相手と対峙しているのに、お互いに軽口を叩き合う気楽で奇妙なやりとりだった。
「むむぅ……」
「だから痛いって!?」
隣でシャルが、また横腹をつねってきた。
彼女はやたら僕のことを「魔王さま」と自慢げ(?)にしていたから、意外とこだわりがあるのかもしれない。
……ともあれだ。
「それにしても……ハハッ」
「? なんじゃ人族」
「チート……良い言葉じゃないか。たしかに僕は魔王じゃない。僕は、そうだな……強大な力も、魔王という名声も全部借り物の、偽りの王さ」
「ユーリィ……」
「だから、僕は『チートの王』なのかもしれない」
「『チートの王』……」
「そう、僕は『チートの王』だ。そんなずるいヤツがこんなに正直に質問に答えてるんだ。今度はリリカさん。あんたが、『影』のことを教えてくれ」
わざとおおげさに、身振りを大きくして相手を促す。
その小芝居じみた態度を見たリリカは、柔らかく微笑んだ。興が削がれたのかもしれない。また一枚、警戒という殻を脱いだ気がした。
彼女はすこし真剣な面持ちで、
「『影』か……。その表現は好きじゃない。アヤメくんも自分のことを勇者だって言ってるし」
ユウシャ……だって? はじめて聞く言葉だ。
ロラマンドリや長さまへ知識の助言を乞うべく顔を向けるも、二人とも首を左右に振るのみだった。
なぜかひどくひっかかる。『ユウシャ』……それはどういう意味なのか。
「……まさか、勇者って言葉知らない?」
「……初めて聞く言葉だよ」
「そうなんだ……うーんと、勇ましい者、略して勇者かな。私たちの世界では、世界を救う英雄の象徴みたいな感じ」
僕は呆れた。あの残虐非道の『影』が、そんなふうに自称しているだなんて、偽りにもほどがある。僕の魔王という詐称なんてくらべものにならない。
しかし、今更そのことを糾弾したところで、何の解決にもならない。
僕はもう一つひっかかった言葉について、青毛の少女へ問いかけた。
「それよりも……アヤメ? と言ったよな。そいつが、他の『影』の一人か?」
「そう。みんなの生徒会長みたいなものかな」
「セイトカイチョウ?」
今度は、シャルが鸚鵡返した。
またしても理解できない単語だ。
「あー、みんなのリーダー……ええと、みんなの代表っていえばいいのかな。そこのひとみたいな」
僕たちが意味を把握できていない空気を察したのか、リリカがわかりやすく説明しようと精霊の長さまを指さした。
「クク……だとすると、アヤメとかいうやつは相当小うるさそうじゃな」
「な……!」
赤毛の少女につっこまれ、兄である長さまの身体がピシリとこわばった。
「どちらかというと、ツンツンしてて一人が好きみたいだったけど」
――アヤメ……そいつが、僕の復讐相手ってことか。
僕は、その名前を心に刻み付けた。
ようやく。
有益な情報を得られるようになってきた。
ここからが、本番だ。




