9 復讐相手との会食
なぜ、いきなり態度を変えたのだろう。
まさか、さっきの僕の言葉から滲んだ想いを汲み取ってくれた?
いや、そんなはずはない。彼女とギルドで戦った時、僕らのことは虫けらのように扱っていた。同情的なことで変わるはずがない。
だってそうでないと。
これだとまるで、彼女が僕ら人族と同じ考え方を持つ存在みたいじゃないか。
待て。考察はよそう。
よけいなことは考えるな。
目の前の存在は、敵だ。忌々しい『影』なんだ。
今は、今だけは、結果だけを受け止めるんだ。
「じゃ、じゃあ、さっそく。僕らはあんたと戦っているときにいくつか気になる言葉を聞いた。まずそこから教えてくれ。そもそも別の世界ってのはいったい――」
「でもその前に」
青毛の彼女は僕からの急いた質問を、掌を立てて制する。
「え?」
その時。
きゅぅぅ~~と、可愛い音が部屋にこだました。
な、なんだ? 調子を狂わされ、面食らいながらも、僕はその音が発された原因のほうを向くと――。
右手を挙げたまま、顔を真っ赤にしている『影』の少女。
左手は、自分のお腹を押さえていた。
僕だけじゃない。皆が彼女(のお腹から出た音)へ注目していた。
僕の隣に座っている少女が、やれやれ、とため息をついた。
もちろん、ロラマンドリだ。
「お兄ちゃん?」
「ああ、用意しよう」
兄と呼ばれた精霊の長が、椅子から立ち、手配のために部屋から出て行った。
当然だけど、お腹をすかせた目の前の『影』に、なにかを与えてやるためだ。
そのやりとりを聞いて、僕らの仇敵は顔を真っ赤にしたまま「はー」と安心したような息を吐き、後ろの背もたれにぽすっと身体を預けた。
「やったー……助かる……。このまま話が続いたら、涙ながらに懇願してたところよ……」
これが、僕ら人族を蹂躙した奴らの仲間なのか。
ギルドで戦っていたときに感じた威圧は、今は微塵も感じない。
ただの、可愛らしい少女だった。
* * * * *
「イセカイテンセイ?」
十人程度が座ることのできる円卓。大木を切り抜いて造られた、植物性の応接室。
そこには精霊の里自慢の豪華な食事が並んでいた。
リリカと名乗った『影』は、目の前に広がる食べ物に感動しながら舌鼓を打っていた。彼女はカゼクイドリの蒸し焼きにチーズをかけたものを美味しそうにほおばりながら、
「そ。こっちの世界ではそう言うの。とにかく、わたしは『前の世界』で一回死んでるの」
「つ、つまり、あんたは――」
「リリカ。私の名前はリリカよ」
「……あんたは、自分たちが元いた世界で死んで、僕たちが住むこの世界に生まれ変わった、と?」
ふん、とちょっと拗ねたような態度をみせた青毛の少女は、
「たぶん、そう」
果実水をごくごくと一気に飲み干して、首肯する。
「この世界だと、ダイエットもしなくてよさそうだし。魔術でどうにかなるでしょ。はー幸せ」
可憐な姿からは想像出来ない豪快な食事風景に、僕たちは唖然とするばかりだった。
……っと、そんな場合じゃない。こっちはまだ訊くことが山ほど残ってるんだ。
しかし、僕の詰問を制するように『影』のほうから、
「ねえ、あなたたちの名前も教えて」
僕はトカゲ少女のほうを見る。無言で頷いた。
それくらいなら良いだろう、という判断だ。
「……わかった。僕の名前はユーリィ。右隣の子がシャーロット。左隣がロラマンドリさん。さらに隣に、彼女のお兄さんの……」
「フィニアスだ」
この豪華な食事を手配してくれた精霊の長が自ら声を発してくれた。
「ありがと。それで話を戻すけど……。わたし、こっちの世界に生まれ変わったんだけど、帰る方法は知らないわ」
「ふん……」
リリカの言葉を聞いて、ロラマンドリは何かを思案するかのように、右手を顎に沿えた。
そして、吟味するようにゆっくり問いかける。
「貴様、なぜこの世界を選んだ?」
「それはわたしが聞きたいわよ。神様にきいてよね」
「神様……だと?」
トカゲ少女が鸚鵡返した。
「ア、アーシア神様のことかしら……」
シャルが呟く。
「あ、いまのはもののたとえよ。たぶん、あなたたち……えっと、ユーリィくんやシャーロットちゃん。あなたたちが考える神様じゃないわ」
「ユーリィくん……」
「シャーロットちゃん……」
いきなりの馴れ馴れしい呼び方に面食らう。しかし慌てて気を持ち直す。ここで油断しちゃダメだ。敵を目の前に弛緩しそうになる空気を撹拌するように、質問を続ける。
「僕たちの考える神様じゃないってことは、あんたの世界の神か?」
「それが、それとも違う気がするのよね。だってわたし、死んだあとは真っ暗な空間にいて……その神様っぽい人が、わたしのタブレットにメッセージを表示させてたもん。そんなことする? あ、っぽい人って言ったけど実際にみたわけじゃないけどね。そう思ったってだけで」
喋る間にも、リリカの手は止まらず、皿に乗った里自慢の料理が次々と彼女のお腹の中へと入っていく。
「むぐ。で、選択肢でyesを選んだから異世界転生した――ってことなんだけど……これで伝わったかな。待って! これほんとに美味しい! ほわぁ♡」
豪華な食事の一つ、タワーのようになったお菓子の皿の一つに載せられた、野いちごのムースを食べたリリカはびっくりした表情を見せる。
僕には、彼女が語る内容の後半部分はよくわからない。
ただ、わかったこともある。
火蜥蜴の師匠である魔女マリアンの予測は正しかったのだ。
――やつらは……そう。どこか別の世界からやってきたように、突然現れた。
僕はこの感覚を共有するかのように、赤毛の少女へ顔を向ける。
しかし、静かに思案中だったはずの彼女はなぜか笑いをこらえながら、
「そのムースは、里の長自らのお手製だからな! くくく……よかったね、お兄ちゃん」
「ろ、ローラ! そういうことは言わなくてよろしい!!」
長さまは、ゴホン! と咳ばらいをしながら居住まいを正す。
お菓子作りが趣味なんだ……。もしかして、さっきからソワソワしてたのも、食べた感想が気になっていたからなのかな……。
この部屋に張りつめていた空気が変わった気がした。
「でも本当においしい。……ありがとう、精霊さん」
『影』が。
等身大の少女の笑顔を見せる。
「ほ、本題に早く戻りましょう」
長さまは、次の話題を促す。




