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8 『影』との交渉

「え?」


 一瞬の出来事だった。


 リリカの視界に広がる、闘技場はその巨大な空間ごと消え失せていた。


 死の淵から目覚めたときと同じような、植物で作られた一室。しかし、その装飾はやや異なり、目覚めた場所は簡素な作りで、いわば医療処置だけを受けるための部屋だった。


 ここは違う。必要最小限の人数が収まる密室に違いはないが、樹齢数百輪廻は下らない大木を切り抜いて作られたことがわかる。造りは確かなもので、おそらくは身分の高い人物を向かい入れる応接室なのだろう。


 その証拠に、部屋の真ん中には厳かな円卓があり、それを豪華な椅子が取り囲んでいる。


 豪華な椅子の一つに、リリカは座っていた。


 全裸同然のはっぱ一枚の姿ではなく、手術衣のようなものを纏っていた。


 そんな彼女の真向かいには、ユーリィが腰掛けていた。両脇にはシャーロット、ロラマンドリ、そして精霊の長も控えている。


「え……?」


 もう一度同じ反応を示す『影』。


「貴様はこれがないと魔術は使えん、という確信を得たのでな。芝居はもう必要なかろう」


 ユーリィの左隣に座る赤毛の少女が、円卓の上に置かれた薄い板金を興味深そうにつんつんと指先でつつきながら言い放つ。地下闘技場では彼が持っていたものだ。


 続いて、精霊の長が口を開く。


「我が精霊族が得意とする偽装魔術。その効果は、視覚だけでなくあらゆる感覚、そして精神にも及ぼす。もっとも、緻密で精巧な詠唱が事前に要だが」


 さらにロラマンドリが、


「もし貴様が我らの世界の住人であり、あらゆる魔術に長けた歴戦の術士ならば、拷問を疑似体験させる偽装魔術なんぞ造作もなく見抜いていただろう。しかし、そんな片鱗さえ見せず、ものの見事に術にかかっておった」


 混乱がようやく収まってきたのか、対面に座る少女は得心したように、


「つまり……わたしは幻覚をみてた……?」


「そういうことだ。あんたは目を覚ましたあとはずっと、この会議室で椅子に座ってただけさ」


 地下の奥深くに広がった異様な闘技場。


 そこから這い出てくる不気味な化け物。


 化け物に蹂躙される青毛の少女。


 残酷な光景は、すべて幻だった。


 そもそも、闘技場のような野蛮な施設は、精霊の里にあるはずがない。


 ユーリィの性格上、できるはずもなかった。


 ロラマンドリと精霊の長が、リリカにどのような幻覚を見せているかは、魔術によってユーリィたちにも共有されていた。


 だからこそユーリィは、こんな陵辱なんて、自分にはできるはずはないと感じていた。


「……でも、ちょっとユーリィの尋問の仕方が変態だった」


「ど、どういう意味だい!?」


 突然、シャーロットが側に座る少年に向かって非難の口を開く。


 ――う、うちの幼馴染って心の中を読めるのかな!?


 いきなり右隣から鋭い指摘をしてきたシャルに狼狽しながらも、気を取り直す。そして、ユーリは正面を見据えて言葉を投げかける。


「……いいか、よく聞いてほしい。僕は、あんたたち『影』に復讐する」


「……そう……でしょうね」


 観念したのか、淡々と返す青毛の少女。


 亜麻色の髪の少年がヴルカン村の生き残りであることは、冒険者ギルドで二人が対峙したときに語られた内容だ。


 つづいて、


「だから、僕に、力を貸してほしい」


 ピクリと身体を動かし、少女が持つアーモンド型の瞳が揺れ動いた。


「……わたしは復讐される相手のはずよね?」


「ああ、そうだ」


「なのに、なぜ?」


 リリカは目の前の少年を見据える。


「あんたたちは、本当に謎だらけだ。そして、圧倒的な力を持っている。真正面から立ち向かっても絶対にかなわない。でも、絶対に復讐を果たしたい。……だから、僕は手段を選ばないって決めた」


「……」


「頼む、力を貸してくれ」


 そう言って、少年は椅子から立ち上がり、頭を下げた。


「……!?」


 目を見開くリリカ。


 ユーリィは、もう後戻りはできない。戻ったところで、そこには焼け野原しかないからだ。


「もう、()()()()()()()()()()()()()


 頭を下げたまま、絞り出すように言葉を紡いだ。


 彼の言葉は本心だった。


 ――復讐のために闇の力を得たからこそ、行使することに躊躇はない。


 ――しかし、いずれ……いずれこの力が、僕という存在を食い尽すはずだ。


 ――それが僕にはわかる。


 ――自我が保てている今のうちに。


 ――目的を完遂させるんだ。


 乱暴な真似はしたくない。その言葉は強がりでも威圧でもなく、彼の本心からだった。


「……」


 沈思黙考する青毛の少女。ユーリィの言葉を威圧的に感じたからではなかった。


 彼の声音に、リリカはどこか哀しさを嗅ぎ取っていた。二度と戻ることができない、自分の故郷を懐かしんでいる……そんな悲哀を。


 ユーリィ自身も脅迫めいた意図はなかったからこそ、先の言葉を取り繕おうと、わざと強気な調子で、


「もし拒否しても、さっきの拷問を幻じゃなく本当にやることだって――」


「いいわ。わかった。全部話すわ」


「……え?」


「協力するって言ってるの」


 リリカは長い沈黙ののち、そう伝えた。


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