6 精霊の少女 その②
ロラマンドリが目指す先まで、そこまで時間はかからなかった。
永遠に続くかと思えた深い森を進むと、すぐに変化が訪れたからだ。
緑で塞がれていた視界が、いきなり拓けた。
鬱蒼とした木々の旺盛はなぜかこの一帯では勢いをなくし、空を取り囲んでいた森の暗がりも晴れた。
陽の光が差し込むこの空間は奇妙だった。
まず中央には、巨大な樹木の切り株がある。大人の人族が手を繋いで囲むには数十人は必要であろう大きさだった。
大きな切り株の周りには、人族一人が腰掛けるのにちょうど良い大きさの切り株が、等間隔で取り囲んでいる。
まるで、会議や話し合いを行うためにその切り株が置かれたように。陽の光も、この場所だけ木々が覆わないのも、そのためであるかのように。
そして、巨大な切り株の向こう側には。
陽の光の下、こちらを見つめる者がいた。
人族とは思えないほどの白い肌、やけに尖った耳、流れる川のような金の髪の毛、すらりとした長身。刺繍が鮮やかな、絹でできた服装。
シャーロットは、教会で教えられた古典や歴史の授業の記憶を必死に紡ぎ合わせる。
「あの方が、精霊……?」
――どう見ても長耳族だわ! とっくに滅んでしまったはずの文明がここに!?
彼女は興奮のあまり、右脇腹の痛みを忘れているようだ。
精霊と思しき人物の背後、森の奥から何十人も同じような風貌の一族が現れた。男性、女性、年老いたものから若いものまで幅広い。彼らはロラマンドリとシャーロットの到着を待ち構えていたかのように、整然と並んでいる。
その中央、男性の精霊が皆を制して数歩前に出る。おそらく、彼が代表者――一族の長なのだろう。頭に戴く立派な月桂樹の冠がその証だ。
「……なんのようだ?」
精霊の長は、警戒を露わに問いかける。
「借りを返してもらいに来た」
シャーロットの足元にいたトカゲが答える。トカゲは彼女の肩までぴょんぴょんと駆け上がり、人の目線と対等の高さとなる。
「……すべてを捨てて、里を出たお前が?」
「私がいなければ、この里は滅んでたわ」
「なにを……世迷い事を」
「本当の事でしょ」
「だとしても、お前がこの地を去ったことには変わりはない。我らの掟を破ってな」
「くだらない……間違っていても何百年も変えることのできない掟なんて、ただの害悪だわ」
トカゲと精霊長のやりとりに緊迫の度合いが増す。
周囲は沈黙で見届けるのみだが、そこでシャーロットは気がついた。
自身の肩に乗るトカゲの口調が、いつもの老獪で偉そうなそれではない。
自分と同じ、年頃の若者のような……。
「何度も言うが、それでお前の罪が消えるわけではない」
「その、常に自分が正しいっていうものすごく頭の悪い考え方、どうにかしたほうがいいよ」
「……お前も、その高慢な口ぶりは変わらぬな」
「とにかく。ここは、どうしても私のわがままを通させてもらうからね――」
ロラマンドリは有無を言わさない高圧的な態度で、
「――お兄ちゃん」
トカゲは切り株の向こう側にいる長をそう呼ぶと、少女の肩からぴょんと飛び降りる。
陽の光が当たる地面に降り立ち、ぶるる! と身体を震わせた後。
その小さな身体がボウッ! と真っ赤な炎に包まれた。
炎は渦となり、シャーロットの背の高さほどまで燃え上がる。
自然現象ではありえないが、その渦は地面に近い炎から次第に消え去っていく。
まず、細い足が見えた。
次に、小柄だがくびれのある腰回りが。
そして、ささやかな流線を持つ胸が。
最後に、幼いが凛々しく整った可愛らしい顔立ちが。
炎が全て取り払われると、そこに不気味なトカゲの姿はなく、美しい赤毛の少女が立っていた。耳長族の特徴である、繊細な煌びやかさと儚い可憐さをそのままに。
「え?! え?? ええええええ!!??」
シャーロットさん、お気持ちわかります。
「自我を失って暴走寸前の『虚ろな者』を、里の入り口まで連れてきてる。そいつをどうしても助けたいの。お願い力を貸して。お兄ちゃん」




