18 最強の魔術師 その⑤
「ユーリィ!!」
「人族!!」
少年はこと切れた。
ロラマンドリが、詠唱をやめて彼の胸元から這い出てくる。
「……まったく、むかつくこと言ってくれちゃって……キミ、ちょっと腹立ったかも」
青毛の『影』、リリカは倒れているユーリィの傍までつかつか歩き、思い切り蹴りつける。
「やめて!!」
シャーロットが悲鳴を上げながら止めに入る。
しかし、
「雷撃の魔術『でんげきしょっく85』」
高速詠唱。
三つ編みおさげの少女は、リリカの手から水平に打ち出された雷に貫かれた。館の木造壁まで吹き飛ばされた。
シャーロットの右わき腹から血が滲み始める。彼女は意識も失ったようだ。
「二度と!! 落ちるというな!!」
延々と。ユーリィを『死体蹴り』をする。
「はあはあはあ……」
ギルドの館で唯一立っているのは、リリカのみとなった。
彼女は、息を整えたあと、すっきりした表情で、
「さ、あとはこのギルド全体を爆破しておわりかな♡」
懐からコンパクトを出して、ぼさぼさになってしまった瑠璃色の髪の毛を直し始めた。
少年は敗北した。
そして、復讐が始まる。
* * * * *
少年の体内、その左胸。
黒い炎が、破裂した心臓に巻き付いていく。
炎は、死を許さない。
呪われた心臓は、闇の力で元通りにさせられ、
再び脈動を開始する。
* * * * *
「近くに……き…たな……」
「え?」
ユーリィは、青毛の少女の足をつかむ。
「おお!! おおおおおおお!!!」
黒い炎は、僕の心を消し炭にする。
思いの丈を吐き出すような咆哮を上げながら、彼は黒い炎をリリカに注ぎ込む。
瑠璃色の少女が一瞬で黒い炎に包まれた。
「きゃああああああああ!!」
黒い炎に巻かれながらも、彼女は高速で手に持つタブレットを操作する。
「洪水の魔術『おぼれろ83』!!」
何もない空間に、突然大量の水が発生した。生み出されたそれは一斉に彼女を包み込む。しかし、蒸気があがるだけで一向に炎は消えない。
「凍結の魔術『こおりづけになれ95』!!」
今度は、包み込んでいた大量の水が一気に氷漬けになった。リリカを燃やす黒い炎はその躍動を止めた。
しかしそれも一瞬で、バリン! という音と共に氷を粉砕し、再び燃え続けた。
「あ、あ、あ……」
轟々と燃え盛る黒い炎。
そうして。
ついに。
青毛の少女が、『影』が、黒ずみになってばたりと倒れた。
「あ……!」
ユーリィは、ゆっくりと起き上がり、
「や、やった……!!」
その灰になった影を見届けようとする。
しかし、
「なーんちゃって?」
リリカのすぐ直上から、真っ白な羽を背中に携えた裸体の幼児が二体現れた。
手にはラッパを持つその二体の天使は、回りながら下降し、青毛の少女だったもの――黒焦げの塊――に触れる。
黒ずみから眩い光が放たれ、リリカが元通りの姿によみがえった。
「復活の魔術『しんでももとどおり100』」
「な……!!」
「――ぶっころす」
『影』のタブレット操作と、高速詠唱が響く。
「人族!! 逃げろ!!」
ロラマンドリの警戒を促す声もむなしく、
「圧殺の魔術『いしのなかにいる100』」
中空から現れた石の柱が高速で落下し、ユーリィを押しつぶした。
腕はちぎれ、肉片があたりに飛び散る。
彼の四肢はバラバラになった。
「お前にはもう近づかない。遠くから始末する」
石柱からスキップで後退し、距離をとる青毛の少女。
「もういっちょ。拘束の魔術『ぬけだせない100』」
高速詠唱。
石の柱に鉄の鎖がビシビシビシ! と絡まり、抜け出せない監獄となった。
「ほんっと、キミって最悪だったわ。キミもわたしと似たような自己蘇生魔術をかけていたのよね。ほんっと、忌々しい。でもあれって一度がけしかできないし、もううかつに近づかないわ」
タブレットの表面を右手でスワイプしながら、魔術を検索する。
「というわけで。念には念を入れて、キミをやっつけるわ。さっきぶっ殺すって言ったけど……また復活されるとやっかいだし。だから、殺さずに永久にそこへ封印しておくわ。さっきの戦い方を見ても、怪力すごーいとか、瞬間移動ビューンとか、できなそうだし」
目当てのものを見つけたのだろう。操作の手が止まる。
「じゃあねー、ばいばーい!!!!」
青毛の少女が、タブレットの画面をタッチした。
「永久封印の魔術『えいえんにぬけだせない100』!!」
高速詠――
「え……?」
リリカが、黒い炎に包まれた。
「あ……え……なんで……?」
炎に包まれながら、瑠璃色の少女が、原因を探るように振り返る。
彼女の背後から。
肩にロラマンドリを従えたシャーロットが、
ユーリィのちぎれた右腕を持って、
リリカに触れていた。
少年のちぎれた右腕、その切断面から噴き出す黒い炎が、彼女を背中から燃やしている。
「あ、あなた……」
幼馴染の少女は、右わき腹から血を垂れ流しながら、苦痛を伴った声で『影』に宣言した。
「私たちは、絶対に、手加減、しない」
リリカが、炎に悶えながら手元のタブレットを落とす。シャーロットは、その落ちたタブレットを奪う。
「そ、それを返せ……!!」
「地獄で会いましょう」
「返せええええええ!!」
怨嗟の叫びをあげながら、床に倒れ伏すリリカ。
黒い炎は、いまだ彼女を燃やし続ける。
シャーロットは、『影』の顛末を見届ける前に、再び意識を失って倒れてしまう。彼女の出血もまた、致死レベルに達していた。
「人族が……よくぞここまで……」
ロラマンドリが感嘆していると、背後で大きな崩壊音がする。
石の柱が砕け、四肢を切断されたボロボロのユーリィが転がり出てきた。
「まったく!! どいつもこいつも!!」
ロラマンドリはまず、ユーリィの許へ駆け寄った。
* * * * *
闇の力を得た、いたって素朴な少年と、
異世界転生をきっかけに最強のスキルを得た『影』。
少年の復讐は終わらない。影を全て殺し尽くすまで。
* * * * *
そして。
この一部始終を、超小型ドローンが撮影・中継していた。
中継先は、オティーヌ王国の最高級来賓室。
ドローンからの映像を、ポータブルデバイスで見ている小柄な影。
「……そういうことか」
ノアが、興味深げにデバイスを操作し、データ入力を開始した。




