17 最強の魔術師 その④
一閃。
僕が右手に表出させた『黒い炎』で。
竜が放つ『赤い炎』を打ち消したからだ。
「へえ……? やるじゃん」
「(そう。僕には、この力が……!)」
「今の魔術、レベル的には73もあったんだよね。この世界って詠唱は同じでも発動する魔術の威力はその術者の魔力に比例するみたい。私の魔力はMAXなわけだけど、狭い範囲内でランダムに威力が変動するのよね。常時MAXの100ってわけにはいかない。にしても73よ。73」
「(くそ、あいつがなにを言ってるのか、さっぱりわからない……!!)」
僕は、意外そうに驚き饒舌になる青毛の少女を見据えて、
「(まだ透明な壁は残ってるみたいだ……。とにかく、どうにか、どうにかあいつの近くに……!!)」
「ねえねえ、それどういう仕組みなの?」
興味津々と言わんばかりに、空気を読まずこちらに訪ねてくる。
と、肩のロラマンドリが僕の耳元で助言を始める。
「気をつけろ人族。忌々しいことだが、あの『影』は、我が魔族の術式を自在に使えるようだ」
「え……」
「太古より何千年もかけ磨き上げられた術法までもな。魔術を行使するには、もって生まれた血筋に沿う鍛錬が欠かせぬにもかかわらず、だ。それどころか、あの小娘からは一雫の魔素の匂いすら感じぬ」
「魔素を、感じない……」
無学な自分でもわかる。この世に命ある限り、どんな生き物にだって魔素は宿っている。その辺に生えている草木にだって、もちろん人族にだって。
アーシア神さまが世界を創造した際に、どうしても拭いきれなかった『紛れ』だと言われている。
「ああ、我の鼻をもってしてもひと嗅ぎもできん。命ある万物すべからくそうあるはずなのだ……しかし、あの小娘からは……」
「……」
「我が世界の理を逸脱しているとしか思えん」
「世界の理を逸脱……」
「ふん。勘違いするなよ人族。貴様がここで滅せられては、懐にいる我まで被害が及ぶから助言しているだけだ。マリアン様が事の行く末を見届けよというから――」
「……トカゲさん」
「だからトカゲでは――むぎゅ!」
僕は抗議するロラマンドリを押さえつけ、小声でささやく。
「透明な壁はどうやったら突破できますか!」
「あれは古代クロムディア王国の術式だ。解術するにはそれ専用の術式を組み上げねばならん」
「それは、どれくらいかかりますか!?」
「だからー、こそこそ話してないでさ、さっきのディスペル、どうやったか教えてよ。わたし、短気だっていったよね?」
「……即席の、刹那の解術だけならそこまで時間は――」
「期待してます!」
「むぎゅ!」
僕は火蜥蜴を懐に隠した。
トカゲさんの解術が頼りだ。あの透明な壁をどうにか無くすことができれば、目の前の『影』にも、僕の黒い炎が届く。
だから、どうにか時間稼ぎをしないと……!
僕は、限られた時間しかないことを自覚し、急いで思案する。
そして、ある方法を思い立つ。
時間を稼ぐための方法。
そう……関所でリーバインの青年兵士にカマをかけたあれを、もう一度やるんだ。
実際に、僕を魔王と兵士に思わせることができたんだ。
だから。
それと同じことを、いちかばちかで、もう一度やるしかない。
集中しろ――。
僕は、青毛の少女に向き直る。
平静を装いながら、挑発をはじめる。
「……なあ。あんたは、さっき『ふりかかる理不尽は諦めるしかない』っていったな」
「は? なに? 突然」
目を細めながら様子を窺う少女。
「……なんか、こいつ、雰囲気変わった?」
よし、いくぞ。
なるべく威厳高く。あの『闇の神』のような口調だ。
「確かに僕……いや、余もそう感じるところだ」
「は?」
キョトンとする瑠璃色の少女。
「幾千という魔族と戦い、血を流し、平伏させた」
「……」
「この大陸全土を、かつて統べた魔王、その現身が余である」
すぐ近くで、驚いてこちらを凝視するシャルが見える。
時間を、時間を稼ぐだけ稼ぐんだ……!
『影』の少女は、疑り深い表情でこちらを見つめ、次の言葉を待っている。
しかし、これも長くは持たないだろう。
でも、やるしかない。
僕は覚悟を決めた。
演説をするその後ろ手で、懐からナイフを取り出し、僕は自分の背中を引き裂いた。
「(ぐっ……! ぐぐ……!)」
い、けええええ……!!
僕の背中の傷口から、黒い炎が噴き出す。
それはきっと、『影』側からしたら。
あたかも闇の炎を纏う、おどろおどろしい魔族の王のように見える、はずだ……!
「……!」
闇の炎のオーラを纏った(ように見える)僕は続ける。
「その余からすれば……貴様は、たんに魔術に頼るばかりに見え、ひどく滑稽だ」
「魔王って……」
イライラとしているのが手に取る様にわかる。
僕は、トカゲさんの言葉を思い返していた。
――魔素を身体に宿さない人族は存在しない。
――世界の理から逸脱している。
その真相に行き着くことはもちろんできない。だけど、ひとつ確かなことがある。眼前に立ち塞がる青毛の少女は魔素を持たないはずのに、魔素を必要とする高位魔術を行使している。それはつまり、自分の力ではない、何者かの力を借りて偉そうにしているってことだ。……今の僕と、同じように。
だったら、こうだ。自分自身への皮肉を相手にそのまま伝えればいい。
「そう、まさに滑稽である。なんの力も持たぬ小物……いや、傲慢なだけのただの弱虫か」
トカゲさん、解術を、早く……!
僕の胸元では、火蜥蜴が必死に詠唱を続けている声が聞こえる。
芝居を、続けるんだ……!
「どうせ偶然手に入れたのであろう? 身に余る武器を怖がって愚かに振り回す木っ端よ」
あと、あと少しだけもってくれ……!
「ふん。余の幾千の眷属に比べ、貴様は何枚も落ちる。魔術使いの面汚しだ」
「――!!」
一瞬で。青毛の少女の顔が、真っ赤に染まった。
「(――え?)」
「おまえ……、おまえ、今、お、落ちるだってぇ!? お前、わたしが落ちるっていったかあああああ!!!」
何かが怒りの琴線に触れたのか、激高する影。
やばい。
「(い、いけない! 間に合わない!!)」
「もう遊びは終わり。さっさと死ね。即死の魔術『おまえはしぬ100』」
火蜥蜴の解術詠唱が組みあがる前に。
「があ!?」
僕の身体の一部、
左胸で動いていた心臓が、いきなり破裂した。
激痛を経て。
意識は消失し。
暗闇のち、死。
そして、虚無。




