16 最強の魔術師 その③
その時。
ギルドの中央に、球体状の稲妻がほとばしる。
そこにあったはずのテーブルと椅子が、鋭利な刃物で切られたように、すっぱりと球体が出現した部分からすべて切り抜かれた。
これは何だ!?
球体状に迸る稲妻が、床にゆっくりと下りていく。
稲妻であるにもかかわらず、それはぺたりと床に張り付き、魔法陣の文様を形成した。
まさか……!!
「ふん。古代魔術の転移門だ」
火蜥蜴ロラマンドリの言葉どおり、地面に張り付けられたその魔法陣から何者かが浮き出てくる。
まず頭頂の長く青い髪の毛が見えた。
次に、美しい顔立ち。
そして、気品と色気を合わせ持つ身体。
最後に、長く細い脚。
年は十六輪廻くらいだろうか。
着ているものはおそらくどこかの国の民族衣装だろう。やや奇抜だが、その少女にはよく似合っていた。
「よっと」
少女は魔法陣からぴょんと飛び跳ね、木造の床に降り立った。
あたりはまだ騒然としたままだ。
周りの男どもも、突然の出現と、その出てきた人物の意外な風貌にあっけにとられていた。
もちろん、僕とシャルもだ。
青毛の少女は、きょろきょろと見回して、
「あ、いた」
すたすたと歩いてきて、受付の中を覗き込んだ。
「うちらのことを喋ったら死に至る呪いの古代魔術。ちゃんと発動してた。うーん、この世界って便利ぃ」
……やはり。
こいつだ。
黒いフードローブは被ってはいなかったが、
疑いは確信に変わる。
僕は、ついに仇に出会った。
意を決して尋ねる。
「……あんたが、ヴルカン村のみんなを殺したのか?」
「は? どこのだれをどう殺したとか覚えてるわけないじゃん」
「……そうか」
黒い炎は、僕の心を消し炭にする。
「安心したよ。お前を殺しても、なんの罪悪感も抱かなくて済む」
「ふうん……偉そうじゃん、キミ。そーゆーの、わたし好きじゃないな」
挑発的なその言い回しに、僕は思わずムキになった。
「まだ聞きたいことがある! あんたたちは……なんで、なんであんなひどいこと……!」
瑠璃色の髪の少女は、僕の言葉を無視して、手に持つ薄い板金のようなものの表面をなぞる。
いったい、何をやっているんだ……?
「えっとぉ、これか。沈黙の魔術……『だまるやつ1』と」
板金から、魔術の詠唱が聞こえてきた。
しかも、恐ろしいほどの高速詠唱だ。
なんなんだ、あれは!?
「ぐっ!? むぐ、むぐぐぐぐ!!」
そう思った途端、僕の口が閉じて二度と開かなくなった!
「ちょっと静かにしてて。わたしが話してるんだから」
反論しようとしても、自分の意志とは裏腹に、まったく口を開けることができない。まるで巨大な万力であごを押さえつけられているようだ。
僕は忌々し気に『影』の少女をにらみつけることしかできない。
「さっきの質問についてだけど。もしかして一週間くらい前の、田舎の村のことかなぁ」
青毛の少女は、顎に人差し指をつけてうーん、と考えるしぐさをする。
ギルド内は、この呑気な行動に全員が違和感を覚えたが、僕にかけた奇妙な魔術のせいもあるだろう、その場にいる屈強な男たちは固唾をのんで、僕と少女のやりとりをみている。
「……」
「仮にそこだとして。つまりあんたは家族や知り合いを全部失ったクチよね。オーケー。事情はわかったわ。でもね、わたしたちにもいろいろやることがあるのよ。そのためには仕方のない犠牲だった。ただそれだけ」
「……!」
こいつは……。
「世の中ってさ、自分の力じゃどうしようもない理不尽なことってあるのよね。それはいつ降りかかってくるかわからない、気まぐれな天気雨みたいなもの。んで、今それがあんたの上にふってきたってわけ」
こいつは一体……。
「そーゆーとき、どうすればいいかって? 『諦める』の。自分の無力さを知るところから、人生ってはじまるからさ♡」
こいつは一体、何を言ってるんだ。
僕の心が、黒い炎で満たされていく。
「ってのがわたしの言いたかったこと。わかったかな? ファンタジー世界のイケメン君。――ほい」
青毛の少女が人差し指をくるっと回す。
「ぷはっ!」
顎を締め付ける万力のような力がなくなった!?
「……あ、あんたたちに、どんな理由があろうと、僕の家族を殺していいなんてことは……!」
「……あのさ、わたし、自分でもびっくりするぐらいすごく短気なの。元の世界でもそれで何度も失敗してきたけど、こればかりは治らなかった」
「な、なにをいって……?」
「結局、あなた同じことしか言わないんだもん。つまんない。もういいわ。そろそろ終わらせましょう」
手元の板金の表面をなぞり始める少女。
また、あの奇妙な魔術が発動する前に!
「僕は、お前を、許さない!!」
右手で剣を引き抜き、仇敵に挑みかかる。
しかし、青毛の少女のほうが早かった。
「障壁の魔術『くるな!91』」
こだまする高速詠唱。
僕の突撃は、青毛の少女に当たることはなかった。
たどり着く中途で、透明な壁のようなものに僕は激突した。
「があっ……!!」
全力で向かうところにぶつかった衝撃は相当なもので、めまいでくらくらしたが、そんな場合ではない。僕は目の前にある透明な壁を砕こうと剣で斬りつけるが、まったく効果がない。ことどとく弾かれてしまう。
「なんだ、これは……!」
ひきつづき、壁を斬りつける。
その僕の姿を滑稽だという目でみながらあざけ笑う少女。
「うーん、なんかキミ、威勢がいいわりにしょぼくない? リーバイン? かどっかの近衛騎士団長さんのほうが手ごたえあったな。火炎の魔術『ほのおのりゅうをぜんたいに73』」
こだまする高速詠唱。
瑠璃色の髪の少女を中心として、真っ赤な炎が竜の姿に変わる。
さらにその竜の口からより巨大な炎が放たれる。
ギルド内は真っ赤に燃え上がった。
唖然として周りにいた屈強な男たちもその炎の巻き添えになった。
男たちが、火に覆われてもだえ苦しむ。
「ひ、ひいいいいい!!!!」
「た、たすけてくれええええ!!」
引火を免れた男たちも、館から次々と逃げて行った。
そこに残されたのは。
僕と、シャル。
そして『影』だ。
「ほいっと」
青毛の少女の軽快な声とともに、真っ赤な炎の竜が、僕めがけて業火を解き放つ!
その炎の奔流は、僕が苦しめられた透明な壁を通り抜け、僕と幼馴染の少女を一瞬で燃やし尽くそうと――!!
しかし、
その炎はいともたやすく霧散した。




