6 闇の神の力 その⑥
関所の門を通過した先は、幸い無人だった。
そのまま街道を城下街目指して進む。
しばらく歩くと、街路脇に廃れた水車小屋があった。
もう水源も枯渇しているようで、何輪廻も使用されていないようだ。
ここで一休みしよう。
中に入り、人気がないことを確認すると、比較的汚れがすくない木の床に藁を敷き詰める。
その上に、気絶したままのシャルをそっと寝かせる。
「……」
天井を見上げると、屋根も朽ち果てて空が見える。
関所に来た時はまだ昼前だったが、すでに夕暮れにさしかかっていた。
ここで夜を明かそう。
幼馴染の少女はまだ目を覚ましそうにない。水車の残骸や壊れた農具で彼女の姿を隠す。
水車小屋にあった木桶を近くの川で丁寧に洗い、水を汲む。そして街道を少し戻り、通り道で見かけた森で山菜を採る。
急いで水車小屋に戻ってきたが、あたりはもう真っ暗だった。すぐにシャルが無事なことを確認してほっとする。
屋根が壊れているから室内でも心配ないだろうと考え、少女を隠していた木片を薪がわりにして、たき火を起こす。
パチパチと、くべた薪が弾ける音がする。
村の裏山でやっていた野宿の経験が、こんなところで生きるなんて。
廃屋にあった鉄製の鍋をしっかりと洗って、汲んできた水で山菜を煮て、スープにして飲む。
意外といける! ほっと一息つきながら、僕はなにげなく、懐から拾ったペンダントを取り出した。
関所での戦闘のあと見つけ、ふと気になって持ち帰ってきたのだ。
ペンダントの中をそっと開けてみる。
「!」
家族の写真が、入っていた。
「これは……」
写真の隅、消えかかったインクペンによる文字でこう書かれていた。
『愛する息子レオニズム 娘ユリア
そして妻メモリア 健やかなる時を』
あの老退魔師と思しき青年と、レオニズムと思しき幼い少年。そして赤ん坊を抱いた美しい女性。
これは彼らの若い頃の……!
「僕は、僕は……。この人たちの幸せを奪ったんだ……僕の復讐のために……」
黒い炎が、視界を満たす。
「が……!」
戦闘で切断された右腕と腹部が蠢く。
「ぐ……!! ぐぐ、うぐぐぐぐ」
熱い……! 身体が……燃えるようだ……!
両腕でかき抱くようにうずくまる。
治まらない高温の発熱に悶えていると、身体を押さえつけている右腕から、髪の毛の束のような黒い炎が噴出する。
「これは……! 関所で戦ったときに放った炎じゃない!! これは、この感覚は……!」
頭が黒い炎で埋め尽くされる。左腕で右腕を抑える。しかし炎は消えない。
顔の刻印がある部分にも熱さが宿り始める。
脳裏に浮かぶ、闇の神の言葉。
《貴様はこれから、人族でも魔族でもない。双方から忌み嫌われる『虚ろな者』として生きよ》
だめだ……もう……意識が……消え……て……。
せめ……て……シャルを……シャ……を……。
地面で悶えながら、いまだ目覚めない彼女のほうに手を差し出し……。
黒い炎が全てを包み込んだ。




