7 魔王の復活 その① ★挿絵アリ★
「う、ううん……」
廃れた水車小屋で、気を失っていたシャーロットが目覚めた。
ハッとして身を起こす。
「ここは……!?」
彼女は今までの記憶を必死に思い出そうとした。
――私とユーリィはリーバインの城下町を目指して乗り合い馬車で移動していた。
――でも馬車は関所で止められ、検閲で来た退魔師に『魔族』とみなされ逃亡を図った。
――あと少しで関所を突破できると思ったそのとき、銀色の騎士に行手を阻まれ、ユーリィの右手が切り落とされてしまった……。
――でもそれで終わりじゃなかった。その騎士は、ユーリィを真っ二つにした! そして私の腕を掴んで、殴りつけられて……!
「そうよ! ユーリィ!! ユーリィは!?」
廃屋の床から立ち上がり、暗がりの中で辺りを窺おうとするシャーロット。
たき火が燃える音だろうか、少し離れたところでパキパキという音が聞こえる。
彼女は火の輝きをそちらに感じ、目を向けると――
不気味に蠢く、巨大な黒い化け物が。
「ひっ……!!」
その威容からあまりの恐怖で身体が凍りつく。
が、
「(えっ……?)」
もう一度目を凝らすと、黒い化け物の姿は消え失せ、そこには見覚えのある背中があった。
丸太に座ってたき火に手をかざしている、幼馴染の少年。
彼の背中を、彼女が見まごうはずがなかった。
「(さっきのは、幻……?)」
そう。あの背中は、亜麻色の髪を持つ少年、ユーリィだ。
しかし、
「ユーリィ、よね……?」
なぜ、真っ二つになったはずの少年が、元どおりの身体でたき火にあたっているのか。
シャーロットはおそるおそる、歩いて少年に近づいていく。
その途中、あらゆる廃屋の残骸が黒こげになっているのが見える。
周りの空気も高温で熱を持っている。つい先ほどまで燃えていたのがわかった。
膨大な量の焼失物をパキパキと音を立てながら踏みつけていく。
「(なんなの……これ……。たき火程度の火じゃ、こんなに燃えないわ……)」
ようやく少年の許にたどり着き、丸太に座る馴染みある背中に向かって声をかけようとする彼女だが、
「!」
そこで動きを止める。
「うっうっうっ……」
ユーリィのすすり泣く声が、聞こえて来たからだ。
彼は、幼馴染の少女に背を向けたままの姿勢で、
「僕は……僕は、変わってしまった。……何人も、殺したんだ……大切な家族がいる、なんの罪もない人を……」
「……」
シャーロットは、背中越しにユーリィが向けている顔の方に目線を合わせる。
たき火の中に、鎖がついた金属のようなもの――あれはペンダントだろうか?――と、今にも燃え尽きようとする写真がくべられていた。
うっすらと、だが。
彼女は、少年の身に何が起きたのか、察した。
――きっとユーリィは、あの闇の神と契約した力を使って窮地を乗り越えたんだ。
――気絶した私も助けながら、生き延びたんだ。
その事実だけは、悟ることができた。
「……」
シャーロットは、亜麻色の髪の少年の背中にそっと抱きつく。
彼の身体がピクリと少しだけ動いた。
「これは、仕方の無いことよ。あなたはこうするしかなかった」
ユーリィは、背を向けたまま動かない。
「それに、この苦しみはあなた一人のものじゃない。私のものでもあるの」
「……? 私のもの?」
「私も、あなたと同じだもの。ねえユーリィ、隣に座ってもいい?」
「……うん」
彼が座る丸太に同じく腰を下ろす。
すると突然、朱鷺色の髪の少女が服を脱ぎ始める。
「シャル!? なにを!?」
彼女の陶器のような肌が露わになり、思わず目を背けるユーリィ。
構わずシャーロットはスルスルと衣服を脱いでいき、上半身が下着だけになった。
「ユーリィ。見て」
「で、できないよ! そんなこと……!」
「お願い。私だって恥ずかしいんだから」
禁忌を犯すことを覚悟し、ユーリィは幼なじみの少女に目を向ける。彼女の顔は羞恥で朱に染まっていた。
下着だけをつけた肌は雪のように白い。触れると溶けてなくなりそうな繊細さを感じさせた。
美しいが華奢な身体つきの少女。その肢体は緩やかな起伏で形成され、胸にはしっかりとした流線の膨らみがあった。
そんな彼女の、心臓部分の少し上には。
ユーリィの顔半分に刻まれたものと同じ黒の刻印が、白い肌に刻み込まれている。
「これは……!!」
「刻印はあなただけじゃない。私にもある」
幼馴染の少女は、そっと少年の手を取る。
「触って、くれる?」
そうして、自らの左胸に当てた。
柔らかな感触が手のひらに伝わってくる。
同時に、闇の契約を交わした証拠がここにあるという事実も伝わってきた。
「まさかあのときの……」
「地下の儀式場で私も黒い炎と契約したから」
そのことを聞いたユーリィは、思わず目を伏せてしまう。
「あ、いま自分のせいだって思ったでしょ?」
「え……?」
「自分のわがままな復讐のために、可愛い可愛いシャーロットちゃんの命を生贄に捧げてしまったー、とか思ってるでしょう?」
すこしおどけながら彼女は否定する。
「それは大きな間違い」
たき火のパチパチという音があたりに響き、二人を明るく照らす。
「ぶっちゃけて言うわね。余計なお世話よ」
「!!」
「私の人生を、勝手に決めないでくれる? あなたが勝手に決められるものじゃないんだから。いつまで私をシスター見習いだと思ってるの? 私だって、もう大人よ。教会の賛美歌斉唱じゃあ代表だって務めたんですから。自分の人生は自分で決めるわ。私は、あなたと一緒に旅をする道を、自分自身の考えで決めたの」
「シャル……」
「アーシア神さまを信じないわけじゃない。……でもいま私が信じているのは、神の奇跡じゃない。人族の生きる力よ」
「でも……僕は君の大切な人生の時間を……!」
少女は、食い下がる少年の言葉を遮るように、
「もしも私が復讐を目指さずに平凡な暮らしに戻ったとしたら。それはとても寂しいことだと思うわ。ずっと、あの『影』に怯えながら生きないといけないのよ。それは死んでいるのと同じだわ」
シャーロットは前を見据えて、
「このまま怯えて死にながら生きるか、それとも復讐のために生きて死ぬか。私は、生きて死にたい」
少年の視界から、黒い炎が消えていく。心の浸食が引いていく。
「ユーリィ。私を守ろうとしてくれてありがとう。でも、もう私たちは引き返すことはできない。あいつらを倒し、仇を討つまで」
「……」
「だから、それまではずっと一緒よ」
そこまで一気に話しきると、幼馴染の少女は真剣な表情をパッと切り替えて明るく笑う。
「はい! というわけで。うじうじしない! 男の子でしょ!」
「……うん、そうだね。その通りだ。ありがとう、シャル」
ヴルカン村で暮らしていたときと同じ調子で振る舞う三つ編みおさげの女の子。
「あーもう、ガラにもないことしちゃった! ね、何か食べるものない? 私お腹すいちゃった!」
「あ、うん、スープがあるんだけど……ねえシャル、その前に……」
「え?」
「そ、そろそろ服を着てもらえると嬉しいんだけど……」
「!?」
幼なじみの少女はハッとして下の方を見る。
その顔が最高潮まで赤く染まって……。
「へ、変態!!」
ユーリィを思い切り突き飛ばした。
廃屋の壁まで吹き飛んでぶつかった少年が呻く。
「そっちが見てって言ったのに……」




