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邪魔者は退散しようかしらね、だなんて思って裏庭を後にすれば、どういうわけかすれ違う生徒すれ違う生徒に見返される始末。
いったい何が起きているんだと首を傾げれば、忙しい中時間を割いてくれた両親が「愛乃!」「愛乃ちゃん!」と自分の元へ駆け寄ってくるではないか。
「父さん、母さん、今日は来てくれて本当にありが……」
「そんなことより貴女、同性愛者だっていうのは本当なの? ああ、気付いてあげられなくってごめんなさいね、でも母さんも父さんも貴女の味方だからね、安心していいのよ愛乃ちゃん」
「そうだぞ。だが一先ず相手のご両親には挨拶をしておく必要があるな。愛乃、相手の御嬢さんとそれからそちらのご両親はどちらにいらっしゃるんだ?」
矢継ぎ早に繰り出される両親の言葉に、「まさか」と口元を引き攣らせる。ばっと辺りを見渡し、そしてきらきらと輝く一角に目を止めるなり愛乃は「あいつら……ッ」と額を抑えた。
愛乃の視線の先にいたのは、先程桔梗に振られたばかりの《守護者》の姿があり、彼らこそがこの騒ぎの大本となっているようだ。
どうせ桔梗に振られたことを皆に言うついでにと彼女には愛乃というちゃんとした相手がいるんだという美談を語っていたのだろう。どこに怒りを向けていいのかわからない、と歯をかみしめながら、両親に「ちょっと待っていて!」と卒業証書と形の崩れかかっている花束を押し付けると、裏庭へ戻ろうと踵を返す。あの二人を出して全部説明させなければ、という思いのもとである。
だが、それは目の前に現れたスーツ姿の男によって阻止されてしまう。
勢い余って彼にぶつかってしまい「ぶっ」という奇声を上げてしまえば「愛乃さん、大丈夫?」と心配そうな声が頭上から降ってきた。そんな彼に愛乃が思わず、
「大丈夫もなにもないわよ! あのバカップル連れてこない限り話は終わらないんだから邪魔しないでちょうだい、恵一!」
と言ってしまったことで、辺りはシンと静まり返る。
困ったように、だがどこか楽しそうに笑う己の恋人の姿に訳が分からないと首を傾げようとしたところで、
サッと愛乃の顔色が青く染まった。
周りの生徒たち、とくに女子生徒は「どういうこと!?」「なん、なんで!?!」と騒ぎ、男子生徒も困惑の表情を表する。大人たちは落ち着いていたかというと、教師陣は皆一様に「ま、まさかねえ」「そんな、ただ名前で呼び合っているだけ……」「いやそれはだけとは言えませんよ」と慌てだす。
そんな中唯一、呆れを隠そうともせず、周囲から見たら抱き合っている愛乃と恵一のもとへ歩み寄る一人の男性。
「あんたら、何やってんだよ……ッ ばれないようにするって言ったのはどっちだこの馬鹿夫婦!」
「まて優一、俺たちまだ一応恋人だ」
「そうよ優一、誤った情報を口にするのはよくないわ」
「うるせぇお前らなんて爆弾落とすんだ! 周りみんな驚きすぎて卒業式の大団円ムードが台無しだろう! もっと、どうしてもっと後になってからばらさないんだよ……っ」
「わ、悪かったわよ……」
つい口を滑らせたのは愛乃のため、優一こと担任の榛名に謝る。
だが、この会話で両親はどうやらおおよそのことを察してくれたようで、二人とも顔を合わせてこちらへ来てくれた。
「愛乃、その……そちらは?」
「…………こちら担任の榛名先生。いやだわ父さん、一度会っているでしょう」
「馬鹿言っていないで自分の恋人紹介したらどうなんだ愛乃さん」
葛城でなく、下の名前で呼んだ優一に「ちょっとぐらい誤魔化してもいいでしょう」と恨みがましい視線を向ければぎろりとにらまれる始末。どうしてこんな風に育ってしまったのかしらと首をかしげたくなった。
だがそれよりも先に、恵一が愛乃から少し離れ、彼女の隣に並んだことで愛乃もふざけることをやめる。そして、恵一が口を開いた。
「愛乃さんと、結婚を前提にお付合いさせていただいております、保険医の九重恵一と申します」
「今までだまっていてごめんね、父さん、母さん」
結婚を前提に付き合っていると告げたところで学校関係者は皆一様に驚愕し、保険医といったところで両親はきりと表情を硬くした。
同性愛疑惑は認めてくれた両親だったが、さすがに保険医と交際していることを認めるほど寛容ではなかったか、と顔を伏せようとしたその時、両親が口を開く。
「どこまで手をだした?」
父のその発言には恵一も驚いたようで、戸惑ったように「は、え」と声を上げる。だが父の言葉に続くように告げられた母の「寝てないの? 意気地なしねぇ」という言葉になんだこのデジャヴ感と隣の愛乃を見つめる。
「父さん母さん、一応ここ学校だからもう少し言葉を控えて」
「うちの娘は遊びだというのか!」
「いえまったくそんなことは」
「なら早く寝たらどうなの?」
「一応私未成年だからね。金とらなければ問題ないだろうけどそれでも捕まるの恵一だから、勘弁してあげてよもうなんなのうちの両親!」
恵一の肩に頭を寄せれば、彼もまた「本当になんなんだ!」と愛乃を抱きかかえる。
「高校生だからだめだったのかしら?」
「それなら今日卒業したし問題ないだろう。愛乃、夜は父さんたちに構わなくていいからな。外泊許可するぞ」
「あらだめよあなた。今晩はディナーの予約をしているのよ」
「そうだったな、いや忘れていたよ」
「もうだめねぇ、だから恵一君、貴方もディナーにいらっしゃいなさいな。一人ぐらい増えたって問題ないわ」
「おお、さすが母さん、いい考えだ。愛乃、詳しいことはあとでメールするからゆっくりしてきなさい」
「邪魔者は退散するわね」
卒業証書と花束を愛乃に返却すると、ばいばい、と手を振り仲睦まじくその場を去って行った両親。
愛乃は「嵐じゃないんだからさあ……っ」とため息を吐いたが、残念ながら彼女の両親はまさしく『嵐である』というものが大半だろう。
「……で、この場をどうやっておさめるつもりだ?」
というのは掌で額を覆い重苦しくため息をつく優一。そんな彼にむかって「「どうしようか」」と愛乃・恵一が声をそろえて答えればもっとため息は深くなる始末。
だが残念なことに、もっと混沌と化すことになる人物が現れる。
「愛乃さんどういうこと!? 九重先生と付き合っていたの!? あっ、だからあの時送ってもらうことに賛成だったの!!」
「うわ、この空気なんだ……淀んでないか?」
これまた仲睦まじく手をつなぎ、いかにも初々しいカップルですという雰囲気を醸し出しながら裏庭より戻ってきた桔梗と本堂両名に、ついに、愛乃もキャパオーバーを起こしてしまった。
恵一に肩を抱かれたまま、大きく息を吸い込むと、
「楽しくってたまらないけどめちゃくちゃすぎてもう最高!」
と自棄になり、花束を空高く投げ出した。
これにて完結。6日間、お付合いありがとうございました!




