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第百十二話 同じ卓を選ぶ

実技が終わる。


訓練場を出る前に。


手を洗った。


土。


木の棒の粉。


汗。


水へ流れる。


でも。


手の中にあった感覚までは。


きれいに消えない。


右手を開く。


閉じる。


さっき一度だけ。


周囲の流れが変わった気がした。


同じにはできなかった。


「まだやるのか」


隣でニルが言う。


「今は確認してる」


「それを、まだやってるって言うんだ」


ニルは。


洗った木の棒を布で拭いている。


学園の道具。


借りた物だから。


水気を残さない。


扱いは少し乱暴に見える。


でも。


最後まで見ている。


「棒があると分かる?」


「少し」


「何が違う?」


「飯の後にしろ」


そう言われて。


腹が空いていることに気づいた。


鐘。


昼の時間。


校舎へ戻る人。


寮の方へ向かう人。


食堂へ急ぐ人。


同じ鐘を聞いて。


進む方向が分かれる。


俺とニルは。


人の流れについていく。


食堂は広い。


長い卓。


丸い卓。


壁際の小さな卓。


椅子の形も。


少しずつ違う。


背もたれが高いもの。


低いもの。


尾があっても座りやすいように。


後ろが開いたもの。


ニルは迷わず。


後ろの開いた椅子を選んだ。


俺は向かいへ座る。


「そこ、空いてる?」


盆を持ったレインが立っていた。


「空いてる」


「じゃあ座る」


確認して。


答えを待って。


すぐ座る。


距離を縮めるのが早い。


昨日と同じ。


レインの盆には。


肉。


パン。


野菜。


全部が多い。


「それ、食べられる?」


「食べるから取った」


「まだ食べてない」


「見てろ」


見ていいらしい。


「僕もいいか」


今度はシリウス。


「いいよ」


レインが答える。


俺とニルの卓だけど。


もうレインが答えた。


ニルを見る。


「別にいい」


嫌ではないらしい。


シリウスは。


椅子を少し引く。


隣との間隔を見て。


盆を卓の端へ揃えた。


汁の器。


パン。


魚。


置く位置がまっすぐ。


レインとは違う。


「食事まで観察するのか」


シリウスが聞く。


「違いがあるから」


「違いはある」


「だから見る」


「見る理由にはなるが、見てよい理由とは限らない」


昨日。


似たことを書いた。


「本人に言えばいい?」


「それで断られたらやめるなら」


ニルが頷いた。


同じ意見らしい。


四人。


卓の半分が埋まる。


まだ席はある。


でも。


他にも空いた卓はある。


「ここ、よろしい?」


アイリスが立っていた。


隣にはリリア。


二人とも盆を持っている。


レインが口を開く前に。


俺は答える。


「いい」


ニルも。


何も言わない。


反対ではない。


二人が座る。


六人。


昨日まで。


名前を知らなかった人たち。


今日。


同じ卓にいる。


「集まったな」


レインが言う。


「誰かが集めたわけではないわ」


アイリスが返す。


「でも集まった」


「結果としてはね」


誰が最初?


俺とニル。


次にレイン。


シリウス。


アイリスとリリア。


一人ずつ。


空いた席を選んだ。


でも。


全員が同じ卓を選んだ。


理由は同じ?


多分違う。


「どうしてここにした?」


聞く。


レインがすぐ答える。


「知ってる顔があったから」


「昨日知ったばかり」


「知ってるには入るだろ」


シリウスは。


少し考える。


「実技の話を確認できると思った」


目的がある。


アイリスは。


水を一口飲んでから答えた。


「他の卓より、会話を選べそうだったから」


「会話を選ぶ?」


「家の話から始めなくてよさそうでしょう」


なるほど。


名前。


家。


身分。


そういうものから話す卓もある。


ここでは。


まだ誰も聞いていない。


リリアは笑う。


「私はアイリスがこちらへ来たから。それと、皆さんと話してみたかったから」


「二つある」


「理由は一つでなくてもいいでしょう?」


「いい」


最後。


ニルを見る。


「俺は最初からいた」


「俺と一緒だったから?」


「食堂までの道が同じだっただけだ」


一緒に来た。


でも。


一緒に食べると決めたわけではない。


ただ。


別の席へ行く理由もなかった。


選んでいないようで。


残ることを選んでいる。


俺は。


自分の理由を考える。


最初に空いていたから。


ニルが座ったから。


尾のための椅子があったから。


壁から少し離れていて。


周囲が見やすかったから。


一つではない。


「アルスは?」


リリアに聞かれる。


「理由が多い」


「どれか一つでいい」


「一つにすると正確じゃない」


レインが笑った。


「やっぱり面白いな」


「何が?」


「そういうところ」


分からない。


でも。


悪い意味ではなさそうだった。


食べ始める。


食器の音。


周囲の話し声。


遠くで椅子が動く音。


六人とも。


食べる速さが違う。


レインは速い。


宣言した通り。


多かった肉が減っていく。


シリウスは一定。


パン。


汁。


魚。


順番もあまり変わらない。


アイリスは。


周囲の話を聞きながら食べている。


視線だけが時々動く。


リリアは。


会話が途切れそうになると。


誰かへ問いを置く。


「ニルは、棒を持つと分かりやすかったの?」


ニルの手が止まる。


俺が聞いた時は。


飯の後にしろと言った。


今は食事中。


「少し」


答えた。


「握ったところ?」


「違う。動く前」


短い。


でも。


答えている。


リリアは急がない。


次の言葉を待つ。


ニルが続けた。


「棒を動かそうとすると、腕より先に何かが動く。止まって探すと分からない」


「私は逆だった」


アイリスが言う。


「周りの声が気になって、最初は自分の中が分からなかった。静かにしてから見つけたわ」


「それなら、離れた場所の方がよかった?」


リリアが聞く。


「最初はね。でも、周囲に人がいる条件でもできなければ困る」


条件。


ティア先生が言っていた。


できる。


できない。


その間にあるもの。


食堂でも続いている。


「レインは動いた方が分かった」


俺が言う。


「そう。じっとしてると、考えすぎる」


「課題の条件は変えた」


シリウスが言う。


「またそれか」


「条件を変えたことが悪いとは言っていない。変えた後の結果を、最初の課題と同じに扱うなと言っている」


レインが。


パンを持ったまま止まる。


「同じじゃない?」


「違う」


「分かったならいいだろ」


「何をした時に分かったか残さなければ、次に使えない」


二人の言葉が。


少し強くなる。


喧嘩?


まだ違う。


考え方の場所が違う。


リリアが二人を見る。


アイリスは。


すぐには止めない。


俺も聞く。


レインが先に笑った。


「じゃあ、動いたって書けばいいんだろ」


「最初からそう言っている」


シリウスも。


少しだけ表情を緩めた。


終わった。


対立ではなかった。


違いを消さずに。


同じ紙へ置ける形を探していた。


「アルスは?」


アイリスが聞く。


「一度だけ外側が変わった気がした」


全員がこちらを見る。


視線が集まる。


少し変な感じ。


「外へ出せたの?」


レイン。


「分からない」


「先生は何と?」


シリウス。


「一度だけ起きたものを、できるに入れるな。起きなかったことにもするな」


「正しいと思う」


シリウスはすぐ頷く。


「もう一度は?」


アイリス。


「できなかった」


「残念だった?」


リリア。


止まる。


残念。


多分。


もう一度できれば。


条件を比べられた。


でも。


できなかったから。


一度だけという場所が見えた。


「半分」


「残りの半分は?」


「次に見るものが増えた」


リリアが笑う。


「それなら、全部残念ではないね」


全部ではない。


感情にも。


間がある。


食事が終わる。


レインの盆が最初に空になった。


本当に全部食べた。


「見たか」


「見た」


「できるだろ」


「一回」


「食事まで条件を付けるな」


シリウスが。


小さく笑った。


今度は分かった。


冗談。


多分。


盆を返す。


食堂の出口で。


次の教室が二つに分かれていた。


一般教養。


魔法理論。


時間割を見る。


俺たちは同じ方。


でも。


全員が並んで歩くわけではない。


レインは先へ行く。


シリウスが時間を確認して追う。


アイリスとリリアは。


食堂に残った知り合いへ挨拶してから来る。


ニルは。


返した棒の状態をもう一度見に戻った。


俺は廊下で待つ。


待つと決めたわけではない。


時間割を見ながら。


次の教室の位置を確かめていただけ。


少しして。


ニルが戻る。


「行かないのか」


「一緒に行く?」


「道が同じだ」


また。


それだけらしい。


並んで歩く。


前に。


レインとシリウス。


後ろから。


アイリスとリリアの声。


同じ卓で食べたから。


同じ集団になったわけではない。


友人?


まだ早い。


同級生。


それは合っている。


知っている人。


昨日よりは合っている。


帳面を出す。


歩きながらは書けない。


頭の中に残す。


『同じ場所を選んでも、理由は違う』


次。


『違う理由で集まった人が、話すことで互いの条件を知る』


最後。


『関係は、名前を知った時ではなく、次も近くを選ぶかで変わる』


今日は。


同じ卓を選んだ。


明日も同じとは限らない。


でも。


次に空いた席を見た時。


俺は多分。


今日の六人がいるかを探す。


ティア先生


挿絵(By みてみん)

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