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プロローグ 神との出会い

俺は、いつの間にか椅子に座っていた。


目の前には豪華な玉座。その上には、やたらと威厳のありそうな老人が腕を組んで座っている。


「……なんだここ?」


身体を動かそうとする。


だが、思うように動かない。


というより、身体があるのかどうかすら分からない。不思議な感覚だった。


「おお、異世界の魂よ」


老人がゆっくりと口を開いた。


「お主は残念ながら死んでしまった。元の世界へ戻ることはできぬが、異世界へ転生させることはできる」


老人はそこで言葉を切り、俺を見た。


「どうじゃ?」


「…………」


うん。


夢だな。


ラノベは好きだ。異世界転生ものもよく読んでいた。


だから、こんな夢を見ることもあるんだろう。


明晰夢なら何度も経験してきた。


でも、いつもは自分を外から眺めるような夢だった。こんなにはっきり誰かと会話する夢は初めてだ。


「お主!」


老人が机をバンッと叩いた。


「ちゃんと話を聞かんか! お主は死んだと言うておろう!」


「あー、はいはい。この流れだと、そろそろ目が覚める頃かな」


異世界かぁ。


起きたら仕事か……。


明晰夢って面白いんだけど、時間が分からないのが難点なんだよな。


老人は額に手を当てた。


「まだ夢だと思っておるのか……。死んだのだから目覚めることはないぞ?」


……あれ?


今の俺、口に出したか?


いや。


考えただけのはずだ。


夢って、こんなにはっきり思考まで読まれるものだったっけ。


まあいい。


どうせ起きる直前なら、美少女の一人くらい出てきても――。


「あーっ!」


老人が勢いよく立ち上がった。


「君! 名前は何というんじゃ!」


俺?


俺に話しかけてるのか?


夢の登場人物って、勝手に話が進むものじゃないのか?


「もう一度言う」


老人の声が低くなる。


「お主は死んだ。選択肢は二つ。元の世界の輪廻へ戻るか、異世界へ転生するか」


そこで老人は、少しだけ表情を改めた。


「ちなみに、お主の魂は少々特殊でな。お主の世界の神から、一度違う世界で人生をやり直させてやってくれと頼まれておる」


「…………」


「え?」


ようやく、老人の言葉が頭に入った。


「俺、死んだの?」


「そうじゃ」


「本当に?」


「本当じゃ。大真面目じゃ」


しばらく黙る。


さっきまで夢だと思っていた。


だが、そう言われて自分の人生を思い出そうとすると、不思議なくらい色々なことが浮かんでくる。


ただ一つ。


死んだ瞬間だけが、どうしても思い出せない。


「じゃあ……」


少し考えて、俺は聞いた。


「異世界ならハーレムとか作れたりする?」


老人は深いため息をついた。


「お主。一度、自分の人生を振り返ってみい。今なら思い出せるはずじゃ」


「…………」


言われた通り、思い返してみる。


仕事。


人間関係。


成功したこと。


失敗したこと。


信じたこと。


裏切られたこと。


自分で選んだこと。


選べなかったこと。


…………あ。


「ろくでもない人生だったわ」


死ぬ瞬間だけは思い出せない。


だが、それ以外は思い出した。


努力はした。


本当にした。


それでも、報われないことの方が多かった。


運が良かったのか、悪かったのか。


最後までよく分からない人生だった。


「なんで俺、こんなに他人に甘かったんだろ」


老人は少し申し訳なさそうに目を伏せた。


「死ぬ瞬間の記憶だけは封印しておる。それと……お主の人生が少々うまくいかなかったのは」


妙な間があった。


「元の世界の神の調整ミスじゃ」


「…………」


「は?」


「本来なら、お主は寿命まで平穏に生きる運命じゃった。じゃが、ほんの少し運命が狂ってしまった」


老人は気まずそうに視線を逸らした。


「その詫びとして、お主にもう一度人生を歩ませたい。そう頼まれたのじゃ」


「……いや」


なんだそれ。


「それ、一番最初に言えよ!」


神は咳払いを一つして、小さく肩をすくめた。


「だって、お主。全然話を聞いてくれんかったじゃろ。夢だ夢だ言うて」


「…………」


それは。


まあ。


確かに。


「異世界へ送るにあたり、いくつか願いを叶えてやろう」


神はどこか得意げに胸を張った。


「ほう。ようやくそれっぽくなってきたな」


思わず頬が緩む。


やっぱり異世界転生と言えば、転生特典だろう。


「で? 何を貰えるんだ?」


「うむ」


神は一度頷き、少しだけ視線を逸らした。


「三つくらいなら願いを叶えてやろうと思う」


「ほう。ちなみに何がある?」


「…………」


神は黙った。


俺も黙った。


「……まだ考えておらん」


「おい」


思わず立ち上がる。


「普通そこを一番最初に考えとけよ! 神だろ!? 神なんだろ!?」


「いやぁ、その……」


神は頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。


「転生させることは決まっておったんじゃが、特典までは考えておらんかった。だから、お主の望みを聞いて決めようと思っての」


「……」


ダメだ、この神。


思っていた以上にポンコツだった。


俺は大きくため息をつく。


「ちゃんと考えないと後悔しそうだな……」


不老不死はいらない。


権力にも興味はない。


ハーレムも、前世を思い返せば案外面倒そうだ。


俺が欲しいのは――。


「まず、健康な体」


神は静かに頷いた。


「うむ。それから?」


「前世の知識と経験」


少し考える。


「でも、人間関係の記憶はいらない。良い思い出より、苦い思い出の方が多いからな」


神は少し意外そうな顔をした。


「ほう。普通は前世の記憶をすべて望むものじゃ。いいのか?」


「ああ。知識があれば十分だ」


せっかく別の世界へ行くのだ。


過去の続きを生きる必要はない。


「どうせ新しい人生なら、もう一度自分で歩きたい」


神は優しく微笑んだ。


「面白いのう。よかろう。知識と経験は残そう。人間関係の記憶だけを封印する」


「最後は?」


少しだけ考える。


病気。


怪我。


運の悪さ。


努力しても報われなかった人生。


色々浮かんだ。


けれど最後に残ったのは、もっと単純なものだった。


「ここで話した記憶は残してほしい」


「ほう?」


「自分で選んだ人生だったってことくらいは覚えていたい」


神は静かに頷いた。


「よかろう。この場所での記憶だけは残そう」


「それと?」


俺は少し考えてから答えた。


「平凡でいい」


普通に生きて。


普通に歳を取って。


「寿命で死ねる人生が欲しい」


神は困ったように笑った。


「実は、それがお主本来の人生なんじゃ」


「……は?」


「本来のお主は健康な体を持ち、寿命まで生きる運命じゃった」


なんだ、それ。


「だから、一度だけ」


神の声から、先ほどまでの軽さが消えた。


「本来歩むはずだった人生を送ってほしい」


しばらく考える。


怒る気にはならなかった。


もう死んでしまったのだ。


それなら――。


もう一度くらい、生きてみてもいい。


「分かった。やってみる」


「うむ」


「でも条件がある」


神は姿勢を正した。


「なんじゃ?」


「今度死んだら、普通に輪廻へ戻してくれ」


一度で十分だ。


「もう転生は勘弁だからな」


神は大きく頷いた。


「約束しよう。それは、お主の世界の神とも交わした約束じゃ。安心せい」


そして、はっきりと言った。


「次がお主にとって最後の人生になる」


「そうか」


なら。


もう迷う理由はない。


「よろしく頼む」


神は「あっ」と小さく声を上げた。


「そうじゃ。忘れるところじゃった」


……大丈夫なのか、この神。


「知識と経験、それにここでの記憶は約束通り戻してやる。じゃが、生まれたばかりの赤子では混乱するだけじゃ」


「それはそうだな」


「魂と身体がしっかり馴染む頃……そうじゃな」


神は少し考えた。


「五歳くらいになれば、自然と思い出すようにしておこう。それまでは普通の子供として生きるがよい」


「なるほど。まあ、その方が自然か」


神は満足そうに頷くと、ゆっくり立ち上がった。


先ほどまでの頼りない雰囲気が消える。


空気が変わった。


目の前にいるのが老人ではなく、人とはまったく違う何かなのだと、初めて理解した。


「異世界――ポテンシア」


神の声が静かに響く。


「ようこそ」


白い光が、周囲を満たしていく。


「お主の歩む人生が、幸多きものとなるよう願っておる」


次の瞬間。


世界が白い光に包まれた。


意識がゆっくりと遠ざかっていく。


不思議と恐怖はなかった。


これから始まる人生。


その先に何が待っているのか。


少しだけ楽しみだった。



薄れていく意識の中で、神が一人、小さく呟いた。


「そういえば……」


もちろん、俺にはもう聞こえていない。


「平凡な人生が良いと言っておったからのぅ」


神は何やら考え込み――やがて、名案を思いついたように頷いた。


「貴族の三男くらいなら十分平凡じゃろ」


「うむ。我ながら良い配慮じゃ」


神は一人、満足そうに頷いた。

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